2-2 勇者、リニアに乗る

「これが街? 人が、建物が……!」


 勇者は唖然あぜんとしていた。

 船から下り、アリアに手を引かれながらエレベーターという移動する箱に乗る。重力の変化を感じながらシティへ入ると、そこは大きな広場になっていた。


 標準人類ノーマン獣化人類ビスタ、それに体の一部が機械化された人達などがたくさん行き交っている。服装も様々で、まるでお祭り時のような賑わいだった。


 遥か上には透明な天井があり、宇宙の景色が見えていた。周りの建物は高く、青や緑、ピンク色の立体看板でいろどられている。

 そして大通りの先には、空を飛ぶ乗り物が列を作って進んでいた。


「ふふ、めっちゃ驚いてんね。どう? なかなか凄いっしょ」


 アリアが振り返って笑う。彼女は銀色の髪をサイドでまとめ、白いシャツにネクタイ、紺色の短いスカートをはいていた。なんでも学校の制服らしい。


「予想以上だ。もう、何が何やら分からないよ。初めて魔物と戦った時と同じくらい震えてる」


 勇者は手の平を見る。全く未知の世界に、体が武者震いしていた。


「あはは、そんなに? 繁華街のほう行ったらもっと凄いよ。そだね、まずはユーシャの服買いに行こっか」


 こちらを見る視線が上から下へ移動する。勇者の服は、ハルに借りた作業着でサイズが小さいため、腕や足の袖がりてなかった。靴に至っては予備のサンダルだ。


「すまない。あ、かかった費用は必ず返すから。ギルドはあるか? 魔物退治の依頼があればいいのだが」


「依頼の斡旋所はあるけど……魔物は無いかなぁ? じゃさ、あたしのボディーガードやるってのはどう? それでチャラにしよ」


 屈託のない笑顔でアリアは言う。他に稼ぐ手段もないため、勇者は快くうなずいた。


「護衛なら多少は経験がある。わかった、君を絶対に守る」


「おぉぅ……」


 どうしたのか、アリアは急に後ろを向いてしまった。そして急に大きな声で話し出す。


「じゃ、じゃあ行こっか! ほらこの街ってドーナツの形してるっしょ? ぐるっと回るリニアがあるからそれに乗ろ。車でもいいけど、今二人きりはヤバいかなぁ……あたしが」


「任せるよ。君に近づく奴は全員倒すから安心して欲しい」


「それはやり過ぎ!」


 叫んだ彼女の顔は、なぜか真っ赤だった。



 ☆☆☆


 ドーナツ型の都市を周回する、リニアという長い乗り物に乗る。勇者は最初、大きな蛇かと思ったのだがこれも機械らしい。

 車内はそれなりにいていたが、アリアに手を引かれて立席たちせきのスペースへ移動する。


「ユーシャは立ったままでも大丈夫だよね。ごめんね、あっちのお婆ちゃんに座って欲しかったからさー」


 そちらを見れば、獣化人類の老婆がちょうど席に座った所だった。


「僕なら平気だ、体力には自信がある。三日間ずっと戦い続けた事もあったし」


「まじ? 働きすぎじゃん。ちゃんと休まないと肌荒れちゃうよ。休みの日とか何して遊んでたの?」


「やす……み?」


「え、そんなキョトンとするレベル?」


 思えば……休んだ事などあっただろうか?

 起きてる間は魔族と戦い、寝ている間も奇襲に備えて気は抜かなかった。他人との会話すら、ほとんどしていない。


「……そうだな、僕は遊んだ事が無いかも。ずっと戦うか鍛えるかだったから」


「なかなかロックな人生送ってんね~。じゃさ、ここにいる間はお休みってことにして、いっぱい遊ぼうよ?」


 笑顔にドキッとした瞬間、次の駅へ到着した。大勢の人が乗ってきたため、二人は窓際へ押されて密着する。


「おっと……」


 彼女を守ろうとして、自然と顔が近くなる。改めて……綺麗な少女だと思った。

 銀色の髪は月光をかしたようで、大きな瞳はまるで黄金の水晶。


 戦いの使命で押し殺していた思春期が、少しずつ甦ってくるのを感じていた。勇者は内心のたかぶりを悟られないよう、話題を変える。


「そ、そういえば……腕が鋼鉄のようになってる人がいたけど。彼らは戦士?」


「どうだろ? 身体拡張やってる人は多いかな、特に標準人類は。戦闘目的もあれば事故で体の一部を失くしちゃった人もいるし。単に気分で変える人もいるよ」


「気分……それで体の一部を変えるって、なかなか勇気がいると思うんだが」


「友達にはね生やしたコいるよ。オシャレが全てを上回るのだ~とか言ってた。一応、武器とかは規定があるんだけどね。頭イジってる人は少ないかなぁ」


「あ、頭? そんな所まで改造するのか?」


 その質問に、アリアは珍しく真面目な顔をして答える。


「昔はね。ネットの世界に直結しようとした人達がいたんだよ。でも、あたし達の技術って古代ネイター人が残した遺産を再研究してる部分が多いから……」


 どうも現代の科学にはいびつな所があるらしい。宇宙に巨大な建造物を作る技術はあっても、新たに恒速道路を作る事は出来ない。その核心の定理などは未発見なのだそうだ。


「あたし達がネットに接続するには、このスマプ使うのが普通。頭で考えるだけでネットにアクセスするなんて、幻の希少人類レアリィクオリアくらいじゃないかなぁ」


「希少人類は、いくつかの少数種族をまとめたものだっけ」


「正解! よく覚えてたね、エラいエラい。クオリアってデータには登録されてるけど未知の種族なんだよね。噂じゃ精神生命体なんだって」


 連邦政府セントラルが管理するデータバンクには、多数の種族が登録されている。

  現在、居住可能な6つの惑星の他、ケイレブシティと同じような宇宙居住地が14。合計20の場所で生活する人々の記録も、ある程度は把握しているらしい。


「宇宙全体ならとんでもない量になりそうだ。僕みたいな異邦人もいるだろうし」


 そう言った瞬間、アリアの顔が近づいた。耳元に口を寄せ、そっと呟く。


「ユーシャのID……身分証ね、それ偽造した物だからナイショにしてね」


「えっ……!? そうだったのか?」


「普通に手続きするといつ許可が下りるかわかんなくて。だいじょぶ、よっぽどのことがない限りバレないから」


 耳のくすぐったい感覚にゾワゾワしていると──すぐ後ろで男達の声がした。


「お? こいつは……おもしれぇ奴がいるじゃねぇか」

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