第二章

2-1 勇者、ケイレブに到着する

「ユーシャ、あれがあたし達のホーム、ケイレブシティだよ」


 部活船の艦橋ブリッジで、アリアがメインディスプレイを指さす。そこには灰色の星と、その側に浮かぶ巨大な構造物が映し出されていた。


「あれは……車輪? 君たちは車輪に住んでるのか?」


「あはは、確かに似てるかも! トーラス型っていってね、周りのドーナツみたいなとこが街になってんの」


 シティは真横から見ると車輪のような形をしていた。中心に宇宙船が発着するハブステーション、そこから放射状に細長いエレベーターが伸び、外側のドーナツ部分に繋がっている。人々はそこで生活しているらしい。


「あの灰色の星は? あそこには住めないのか?」


「惑星ケイレブ? 残念だけどムリ。惑星改造テラフォーミングするってなると何百年かかるやら……ちょっと説明してあげよう」


 アリアが何かを操作すると、映像がより広角を映すように切り替わった。


 遠くに太陽のような燃える星があり、いくつかの惑星がその周りを回っている。そのうちの一つ、灰色の惑星にケイレブと名前が付けられていた。


「古代ネイター人は、居住可能な惑星と、それに近い星を恒速道路スターウェイで結んだんだ。ケイレブもその一つなんだけど、今は星を改造なんて出来ないから資源を取ってるだけ」


 次は映像が拡大され、惑星ケイレブの近くに浮かぶドーナツ型の構造物が映る。


「そこで作られたのがこのシティ。ここは恒速道路の要所でね、街があると都合が良かったわけ。惑星ケイレブの周りを公転してる宇宙居住地スペースハビタット、それがケイレブシティ」


「なるほど……うん」


「へへ、ホントに理解者できた?」


「いや全然」


 もはや悔しさもわかない。宇宙に来てからというもの、分からない事ばかりでもう開き直っていた。


「理解への第一歩は自分の目で確かめること。初めての時はいつだってそうしてきた」


「エッ!? 初めてって……?」


「未知の敵と戦う時とかかな。よく観察し、弱点を探る。先に生殺与奪の権利を得られるように」


「ああ、そういうこと。生殺与奪って、歯医者さんに治療されてる時みたいな? うぐぐ、何も出来ね~! って気分になるよね」


「例えがよく分からない」


 話している内に、部活船はハブステーションへ近づいて行く。アリアがディスプレイを操作し、外の風景を映してくれた。


 近づくほど、その巨大さに圧倒される。車輪の中心に見えたハブステーションでさえ、王国のどの都よりも大きい。


「おお……まるで神話の世界だな。神々が住まう、遥かなる都みたいだ」


「住んでるのは普通の人だけどね。人口は300万人くらいかな? 半分はあたしみたいな標準人類ノーマンで、あとは獣化人類ビスタ長精人類エルマーがほとんど。ちょっとだけ希少人類レアリィがいて、この人達は種族はバラバラなんだけど数が少ないからひとまとめにされちゃってる」


「そこだけ似てるかな。僕のいた世界でも、たくさんの種族がいた。実は、はるるを見た時に懐かしいと思ったんだ。獣人族という強力な戦士達がいたから」


「あはは、もしかしたら はるるの親戚かも。あのコも強いんだよ、船を斬っちゃうユーシャほどじゃないけど……あっ!」


 不意に、何かを思い出したようにアリアは声を上げた。


「ユーシャってさ……あの光る剣はいつでも出せるの? ちなみにシティとか壊そうと思えば壊せる?」


「えっ? ああ、まあ……いつでも使えるよ。本気でやれば、この大きさでも斬れると思う。もちろん人々が住んでいるからやらないが」


「おおぅ、まじかぁ……」


 アリアは何やら考え込む。

 唇を尖らせ、人差し指で頬をむにむにしながら黙ってしまった。


 そこへ、ケートーの声が割り込んだ。


『入港許可が下りました。本船はまもなくステーションに到着します。あーりん、例の件についてはどうしますか?』


「ノアにはVボイスメール送ったから返事待ち。はるるは九龍クーロンホテルで連中の情報収集、けいちぃは軍の異動記録抜いといて。あたしはデート……じゃなかった、ユーシャに街を案内してくる」


『了解。くれぐれもお気をつけて』


 やり取りの意味がわからなかったが、二人の様子は真剣だった。デートという単語が気になるが……聞き間違えたのかもしれない。


 勇者は、自分にも何か出来ることはないかと聞いてみた。


「あー……アリア? 僕にもやれる事があるなら遠慮なく言って欲しい。助けて貰ってばかりじゃ申し訳ないから」


「いいの? じゃ、まずは あーりんって呼んでよ」


「えっ!? いや、それは……」


「さっき、はるるって呼んでたじゃん。あのコは良くて何であたしはダメなの?」


「いやっその……特に理由はないよ。ただ、君をそう呼ぶのは抵抗があるんだ。自分でも何故だか分からないけど」


「ふーん……それはつまり逆にアリってこと? オッケー! 無理しなくていいからね、好きに呼んでいーよ。じゃあ別のお願いしても?」


「ああ、僕に出来ることなら」


「シティに入ったらさ、あの光る剣は出さないでくれる? それと、何があってもあたしを信じて欲しいかな」


「わかった」


「返事はやっ! いいの? あたし裏切るかもしんないよ? ユーシャを貴重なサンプルとして売っちゃうかも」


「君はそんな事はしない。人の真意は行動で示される。あー……アリアが僕を心配してくれる気持ちは本物だ。宇宙の事は分からなくても、それは分かる」


「ぅわ……惜っしい! あーりんって呼んでくれたら落とされてたかも。やるね、もしかしてけっこうモテてた?」


「僕は真面目に言ったんだがな。友達も恋人もいなかったよ。いや……友達は一人だけいた」


 脳裏に魔王の姿がよぎる。

 あの強い男なら、今も勇者の帰りを待っているだろう。黄金色の瞳に強い意志を秘めて……。


 アリアがこちらを見る。妙に嬉しそうな顔で、目を輝かせて笑う。


「えへへ、今はあたしも友達じゃん? はるるやけいちぃとも友達になれるよ。それと……信じるって言ってくれてありがとね。素直に嬉しい」


 そういえば──勇者は今頃気がついた。

 はにかむ彼女の瞳が、魔王と同じ黄金の色をしている事に。

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