1-2 勇者、自己紹介される

 翌朝、勇者が部屋のすみで目覚めた時には、アリアはすでに着替えて髪をかしていた。


 清潔な白いシャツに紺色の短いスカート。美しい銀色の髪を頭の横で結びながら、笑顔で言う。


「おはよ。ごめんね、あたし蹴っ飛ばしちゃった?」


「いや……隅で寝たかっただけだ。君のせいじゃない」


「ホント? よかった~! ベッド狭いからやっちゃったかと思った。ほら、ユーシャも着替えてご飯いこ」


 アリアに渡されたシャツを着て、狭い通路を進んで行く。途中、自動でお湯が流れる台で顔を洗い、食堂に案内された。


「好きなとこ座ってて。朝はたまごサンドなんだけど、アレルギーとか大丈夫?」


「アレル……? わからないが、今まで腹を壊した事は一度もない」


 食堂は10畳くらいの部屋だった。船らしくテーブルは床に固定されており、棚には可愛い小物や植物などが置かれている。

 やがて奥の厨房から、アリアがの朝食を持って戻って来た。


「もうちょっと待ってね、が来るから。あ、その前に……はい、これあげる」


 手渡されたのは、一枚の細長いプレートだった。幅5センチ、長さは15センチほど。薄い金属のようだが、非常に柔らかい。


「ありがとう。不思議な手触りだな、ミスリルみたいだ」


スマートプレートスマプっていうマルチデバイスだよ。これ着けてると自動で翻訳してくれたり、色々できる便利なやつ」


「なるほど、魔道具の一種か。魔力は感じないが……ウワッ!」


 表面を触っていたら、突然四角い画面が空中に飛び出した。


 宇宙に浮かぶ、ピンク色のイルカが写っている。良くみれば生物ではなく、全長50メートル程の流線型の何かだった。


「あ、ホーム画面はうちらの船ね。ケイレブ第三高校、社会奉仕ハピスマ部の部活船Punkyパンキィ Dolpinドルピンだよ。カワイイっしょ?」


「帆は無いんだな……ああ、確かに美しい。海で漂流していた時、僕を陸まで運んでくれた生き物に似ている」


「漂流? あたしも経験ある~! あれヤバいよね、なんでそんなアドベンチャーするハメになったん?」


「乗っていた船が海獣に襲われたんだ。倒したが船も壊されてしまった。木の板にしがみついていたら、海の生物に助けられた」


「それ、イルカかもね。ユーシャの星にいるかはわかんないけど。なんつって」


「え?」


「あはは! スマプの機能は他にもいっぱいあるからさ、後で教えてあげる。柔らかいから好きな所に着けてね」


 アリアはそう言って、スマプを手首に巻いてくれた。顔が近づき、料理の匂いにフワリと甘い香りが混ざる。

 なぜだかドキドキしてしまった瞬間、食堂の扉が開かれた。


「んぁ? 密輸野郎じゃん。目ぇ覚めたんっすね」


 入って来たのは、背の低い少女だった。短い金髪には所々黒のメッシュが入っている。肌は褐色で、動きやすそうな作業服を着ていた。

 可愛い顔立ちだったが、こちらを見る目付きは悪い。人種が違うようで、耳にフワリと毛が生えている。


「はるる、その言い方だと密輸してたヤツみたいじゃん。ユーシャはされてた側だから、荷物側だから。ちゃんと荷物の気持ちになってあげて」


「荷物の気持ちってなんすか?」


「ナマモノ注意って言われたらナマモノだってなんかでしょ?」


「意味わかんないっす……」


「名前で呼んでってこと。ほら、ご飯食べながら紹介するから早く座って」


「あーい。いっただっきまーす」


 小さな虎のような少女が向かいに座ると、隣のアリアが口を開いた。


「改めて自己紹介するね。あたしはアリア・イオリベ。あーりんって呼んでね♪ いちおう標準人類ノーマンの高二で17、彼氏募集中でーす! イェイ!」


 こちらに向かって片目を閉じるが、どういう意味なのか分からない。アリアは気にせず話を続けた。


社会奉仕ハピスマ部って、ノリで世界平和やっちゃう? みたいな内容でね。この部活船で色々やってるんだ~。あたしは船長 兼 部長だから、ここのボスってわけ」


 すかさず虎のような少女がつっこむ。


「船の胴体にPunkyパンキィ Dolpinドルピンって書いたのあーりん部長なんだけど、バカだから『h』書き忘れたんっすよね」


「あれは自分でもびっくりしたわ。ま、ドルピンでも可愛いからいいじゃん? ユーシャ、そこの生意気な後輩は はるる。『H』で頭がいっぱいの新入部員」


「いっぱいじゃねえ!! ったく、変なこと言うんじゃねーよ。こいつが信じたらどーするんすか」


「え、でもこの前発情しサカッて……」


「わああ!! うるせえうるせえ!! おい、全部デマだからな!」


 はるると呼ばれた少女は、立ち上がって否定する。褐色の肌でも分かるくらい顔が赤く染まっていた。


「はるる、何ハッスルしてんの? 早く自己紹介して。ユーシャも困ってんじゃん」


「誰のせいだと……ちっ、ユーシャっつったか? うちはハル・ワダル。獣化人類ビスタの一年。ここじゃうちが先輩だかんな、を付けろよを」


「はるるって呼んであげてね。見ての通り、からかうと面白い。カワイイっしょ」


「はあ!? ナ、ナメてんじゃねーぞ!」


 怒鳴ったハルの口に、大きな犬歯が覗く。勇者はかつて戦った獣人族を思い出したが、目の前の少女は小さな虎が吠えているようで確かに可愛かった。


 とにかくこの二人が自分を助けてくれたらしい。まだちゃんと礼を言ってなかったと思い出し、勇者は背すじを伸ばして言う。


「二人とも……改めて、礼を言わせてくれ。助けてくれた事、そして温かい食事と寝床を用意してくれた事に。本当にありがとう」


 頭を下げると、隣のアリアが優しく肩を撫でてくれた。


「あはは、気にしなくていーよ。悪党アウトローの船でさ、裸の少年見つけちゃったら誰でもそうするって。あ、検査したけどお尻も大丈夫だったから安心して」


「お、お尻? どういう意味だ?」


「おおっとぉ、何でもないよ? とにかくユーシャは気にしないで。ここまで運んでくれたのも はるるだし」


「そうだったのか。は……はるるさん、ありがとう。お陰で助かった」


「ちっ、うちは部長の指示に従っただけだ。あと……やっぱはナシでいーぜ。こっちも密輸野郎とか言っちゃったしな。それより部長、ケートーの紹介はもう終わってるんすか?」


「んや、まだ。ユーシャ、部員はもう一人いるんだけど……今スネてるってゆーか、おへそ曲げてるってゆーか。ほら、ケートーけいちぃそろそろ機嫌なおしてよ~?」


『はぁ……仕方がありませんね』


 アリアの言葉に誰かが反応した。

 その声は──なぜか天井から聞こえてきた。

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