第一章
1-1 勇者、夢を見る
もう少し詳しく聞きたかったが、アリアは眠いと言ってまた横になってしまった。
勇者は部屋の
しかし疲れが溜まっていたのか──気づけば夢の世界にいた。
世界の果てにある魔族の都、イズベルグ。その中心に
謁見の間──。
「どうした魔王よ! お前の力はその程度か!!」
勇者は玉座を睨みつけながら、隣で片膝をつく魔王へ声を張り上げた。
「ふ、言ってくれる……! 俺が奴の力を防がねば、貴様もとうに死んでいるのだぞ!」
答えた魔王は重傷だった。
額の角は折れ、見事な肉体のあちこちから血を流している。同性でさえ見惚れてしまうほど美しい顔が、苦痛に歪んでいた。
(くそッ! 悔しいが魔王の言う通りだ。僕たち二人がかりでも勝てないなんて……!)
勇者は心の中で舌打ちをする。
二人が対峙しているのは、玉座に浮かんだ一つの腕輪だった。
その下には、燃え尽きた遺体が一つ転がっていた。
「ちぃっ、ザリグめ! 死んでからも俺の手を
魔王が吐き捨てる。
その遺体は、魔王のかつての部下だった。
アグナールの腕輪。
世界中から魔力を集める恐るべき魔道具。上手く扱えれば強大な力となるが、失敗すれば……。
「まずい、腕輪が限界だ……! 魔王よ、もう一度だ! もう一度、僕たちの力をぶつけるんだ! 世界が消し飛ぶ前に!!」
「よかろう……ぐッ」
魔王は立ち上がろうとするが、崩れ落ちて膝をつく。
暴走した腕輪は今、世界中から集めた膨大な魔力を凝縮している。その凄まじいエネルギーは、やがて限界を迎え一瞬で解放されるだろう。大陸どころか……世界を滅ぼす程の大爆発が起きてしまう。
その前に止めようにも、超高密度の魔力の障壁によって一切の攻撃を受け付けなかった。それどころか、その魔力を乗せて自動で反撃してくる有り様だった。
「くそっ、こうなったらもう……」
手は一つしかない。
勇者は剣を下ろし、構えを解く。
「貴様……勇者ともあろう者が、諦めるのか!?」
「見くびるな! 魔王よ、もはや時間は無い。僕の命と引き換えにすれば、抑えられるかもしれない」
「何だと!? 貴様……決着をつける約束はどうした!?」
「仕方がないだろう! 僕は勇者だ、世界を救わなければ! そう造られたんだ!」
胸に刺されたような痛みが走る。
……ずっと、国のために戦ってきた。
親を知らず、名前を与えられず、物心ついた時には既に「勇者」だった。友も仲間もおらず、たった一人で戦ってきたのだ……。
しかし倒せば倒すほど、そのあまりの強さに人々は恐れ、そして離れていった。
『……あの化物が首尾よく魔王を討ったなら、盛大な祝いの席を設けましょう。そこで殺せば良いのです』
『悲劇の英雄としてな。獲物を狩り尽くした猟犬に居場所など無い。英雄など物語の中にだけいればよい……』
走馬灯のように甦った記憶は、偶然聞いた国王達の会話だった。
勇者は苦い思い出を忘れるように、頭を強く振る。
「僕は……それでも僕は勇者なんだ! 他に生き方を知らない。すまない、魔王よ。約束は果たせそうにない」
「ふん、全く情けない。こんな弱気な男に友情を感じていたとはな」
「……えっ?」
魔王は立ち上がった。その美しい顔に怒りを浮かべ、血を流しながらも勇者の肩に手を置く。
「何があったのかは知らん。だが貴様ほど、この俺に
魔王の燃えるような黄金の瞳に、心が沸き立った。
確かに……ずっと一人だった勇者にとって、魔王ほど自分と向き合った存在はいない。命をかけて戦い、そして今は……共に肩を並べて戦っている!
勇者の頬に笑みが浮かぶ。
「ふ、ふん! 今にも死にそうなくせに格好つけるな! いいだろう、
「それでいい。俺も貴様と決着をつけるまでは死ねん。それでどうする? 手はあるのか?」
「……僕は光の勇者だ。光を完璧に操作すれば、止めるだけなら出来るかもしれない。だけど可能性は低い。だから……魔王よ、僕が腕輪を抑え込んだら空の彼方へ飛ばしてくれ。力の限り遠くへ!」
「……わかった。だが勝ち逃げは許さぬ。必ず帰ってこい!」
不思議と背中が暖かくなる。
帰ってこいと言われたのは初めてだった。
勇者は両手を広げ、玉座に向かって進む。
腕輪はまるで小さな太陽だった。魔力が凝縮され、輝く光と化したそれを全力で抱き締めた。
「ぐッ! うおおおお!!!!」
聖なる光の加護を受けた勇者だ。耐性はあるはずだ……!
輝きは激しく収縮し、やがて──。
腕輪の崩壊を止める事に成功した!
「う、ぐ……ッ! 魔王よ、長くはもたない! 早く!!」
「
魔王の両手に青い光が現れる。
渾身の魔力を
直後、勇者は巨大な氷の竜巻に包まれた。
空高く吹き飛ばされ、雲を突き抜け、周りが暗くなっていき──そして意識を失った。
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