ミチなる世界はギャルびより! ─宇宙童貞の勇者、密輸されていた所をギャルに救われ部活船の下働きになる─ 

戸吹いちこ

プロローグ

勇者、ギャルに抱かれて目覚める

 目を開けると──知らない天井が見えた。


 時間は夜だろうか?

 薄暗い部屋に、窓の外からぼんやりと淡い光が射し込んでいる。王国の宿屋ではない……天井が磨いた石のようにつるりと綺麗だった。


「ここは……?」


 頭が重い。記憶がはっきりしない。まるで泥が詰まっているような感覚だ。


(僕……僕は勇者だ。世界を滅びから救う、選ばれし光の者。確か魔王と……そうだ! はどうなったんだ!?)


 右の手首にめたを確かめようとして──腕が動かせない事に気がついた。


 柔らかく、温かい何かに包まれている。

 ムチムチとした弾力。

 しっとり汗ばんだ感触。

 まるで、肌と肌が触れあっているような……。


「なんだ? ……おひゅッ!?」


 勇者はギリギリで悲鳴をこらえた。

 自分の隣に──知らない少女が寝ていたからだ。


「すぅ……すぅ……」


 銀色の髪に、白い肌を持つ少女が眠っている。その顔は、つい見惚みとれてしまうほど美しい。彼女が呼吸するたび、吐息が勇者の肩をふわりと撫でた。


(だ、誰だ!? なんで僕の隣に? いや待て……なんてこった、僕は裸じゃないか!!)


 胸やお腹に当たる毛布の感触、それに少女の体温。自分が今、下着だけしか身に付けていないのは明らかだった。


 そして困った事に、彼女も同じらしい。

 勇者の右腕は抱え込まれ、手の先は太ももでギュッと挟まれているようだ。


(落ちつけ、落ちつけ……僕は勇者だ。勇者なら、こんな事で動揺しない。ドラゴンに囲まれた時も冷静に対処し……おぅッフ!!)


 首筋がゾワゾワする。少女の顔が上を向き、吐息が首に当たっていた。


 密着した肌の熱さ、漂う甘い香り。

 そのどれもが、童貞の勇者には経験のないものだった。


(ハァ……ハァ……息苦しい。これは緊急事態だ。早くここから脱出しなければ……)


 天井を見つめながらそう思い、ふと隣を向くと──少女と目が合った。


「……おはよ。起きたばっかだけど、続きヤる?」


「はうッ! お、おお……おはよう。 続きって、何の続き……??」


 顔が近い。お互いの吐息がかかる。

 少女の大きな瞳は黄金色おうごんいろだった。その美しい輝きに、目が離せなくなる。


 静かに見つめ合った後──少女は可笑おかしそうに吹き出した。


「ぷっ、ジョーダンだってば! 意味わかる? あたしはわかんないけど」


「……は? か、からかうのはめてくれ……!」


 うぶな反応を笑われたらしい。

 ムッとした気持ちに任せ、右手を引き抜いて起き上がる。そして少女を見ないよう背中を向け、ベッドに腰かけた。


「助けてくれたのなら礼を言う。僕は勇者だ。魔王と……いや、魔王を倒すために旅をしている。君は誰だ? ここはどこなんだ?」


「ユーシャって名前なの? カワイイね、女の子みたい」


「僕は男だ! そんな事より質問に答えて……待て、あれは何処どこへやった!?」


 勇者は右の手首に嵌めたあれ──腕輪が無いのに気がつき、慌てて辺りを見渡した。

 壁に固定された小さなデスク、衣類の散らばった床など……狭い部屋のどこにも腕輪は見当たらない。


「あれってなぁに? ユーシャは見つけた時からまっぱだったよ」


「なんだって!? くそ、僕とした事が! あの腕輪を失くしてしまうなん……おわッ!?」


 つい振り返って少女を見てしまい、慌てて顔をそむける。彼女は、胸と腰に薄い布を巻きつけただけの淫らな姿だった。


「腕輪? わかったってば、話すから落ちついて。え~っと、まずは自己紹介かな? あたしはアリア・イオリベ。あーりんって呼んでね♪ この部活船の船長やってまーす」


「ぶかつせん……船の中なのかここは? 揺れを感じないし、しおの匂いもしないが」


「うー……ん? 学校の宇宙船だよ。恒速道路スターウェイのちょい手前だから空間も安定してる。ふふっ、もしかしてユーシャって宇宙初めて?」


「ウチュウ?? 世界のあちこちを巡ったが……知らない名前だ」


「ワオ! 今どき珍しいね。じゃあ窓の外を見てくれる?」


 勇者は彼女……アリアの方を見ないよう気をつけて、窓の前に立つ。


 そこには──。


 闇が広がっていた。


 暗く、黒く、全てが深い。

 音もなく水もない。生物の姿さえ見えない。遥か遠くに光の粒が散りばめられた、未知なる世界が広がっている……。


「こ、これは冥界!? 伝説にある死者の海では……僕は死んだのか?」


「や、チガウチガウ」


「えっ」


 またアリアの方を向いてしまう。

 しかし、今度は目をらせなかった。黄金に輝く瞳に、真っ直ぐに射貫かれてしまったからだ。


「ユーシャもあたしも生きてるよ。ほら、あったかいじゃん?」


 右手を取られ、優しく両手で包まれる。慣れない感触に、胸が激しく高鳴った。


「ユーシャはね、悪党アウトローに密輸されてたんだよ。それをあたし達が助けたってワケ。腕輪は無かったけど、一緒に探してあげるから安心して。だからさ……」


 手を握ったまま、アリアはすう、と息を吸い込む。そして──明るい太陽のような笑顔で言った。


「友達になろうよ!」



 これがアリアと──不思議な宇宙ギャルとの出会いだった。

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