第42話 入山前夜

 修行が終わったルクスとアルメールは受付嬢に報告し、宿への道を歩く。


「公爵様のとこの旦那。ちょいとばかし武器を見ていきませんか。きっとお目当てのモノもご用意がありますよ!」


 鍛冶屋のドワーフがルクスに声を掛けながら、アイコンタクトをする。


「アル、少し寄ってもいいか?」

「いいですけど……師匠、武器使うんですか?」

「いや。でもどんな武器があるのか知っておくのは大切だ。一瞬が勝敗を分ける勝負の世界では知識も重要な武器だからな。いろいろと話を聞いておいて損はないだろう」

「なるほど。勉強になります」


 アルメールはルクスに感心しながらついて行く。

 店は売り場の裏に鍜治場が付いており、すぐに修理ができるようになっている。繁盛しているようで客もそれなりに入っている。


「らっしゃい」


 鍛冶屋は挨拶をしながら奥へ案内しようとするが、ルクスがそれを制止する。


「武器を見ても?」

「え?もちろん構いませんが……」

「アルも適当に見てきていいぞ」

「はい。わかりました」


 アルメールが店の中を散策し始めると、ルクスは適当な剣を取ると世間話を始める。


「ここには魔道具も置いてるのか?」

「ええ、まぁ……」

「魔道具ってどうやって作るんだ?」

「この世界には魔力が大量に流れてる場所があります。そこを魔力の地脈と言うんです。ここの山もそうです。

 魔力の地脈が走ってる場所では稀に魔力が結晶化し、魔石というモノになる。それを加工すると魔道具になる。

 魔石の加工は難しくて、俺たちドワーフの中でも一部の者にしかできんのです。だからこそ俺たちは鍛冶の腕を食い扶持に出来ていたんです。だが……山が閉鎖しちまって……。重宝されてきたんだがな……どうやらお払い箱のようだ」


 鍛冶屋は悔しそうに唇を噛みしめる。


「なるほど。最近他に変わったことはあるか?例えば魔物が出るとか」


 そう言いながらルクスはスッと鍛冶屋へ手を伸ばす。

 それに気づいた鍛冶屋は「う~む」と悩みながらポケットから素早く鉱山の地図を渡す。


「魔物……すまんがわからん。ただ、山が閉鎖されてすぐの頃、子どもが消える事件が多発していたな。今は落ち着いたみたいだが、解決には至ってないはずだ。気をつけた方がいい」

「……そうか。邪魔したな」


 そう言ってルクスは剣を返す。

 ルクスと店主との会話が終わったことに気が付いたアルメールが寄ってくる。


「もういいんですか?」

「ああ」


 ルクスたちが店から出ると後ろから声を掛けられる。


「アルー!」


 エリメールが元気に手を振り走ってくる。

 そのまま商店を見て回ていたアネルとエリメールがルクスとアルメールに合流した。


「修業はどうだった、アル?」

「ダメダメだったよー。自分がまだまだ未熟だって思い知ったよ。

 それに、やっぱ師匠は凄いよ!魔力の扱いが次元が違うもん!魔力操作で空中に立てるんだよ!そんなこと、きっと王都の魔道士だってできないよ!」

「相当楽しかったのね。いいな~」

「お2人はどうだったんですか?」

「楽しかったわよ」

「うちもっす!でも、よかったんすか、アネルさん。トックさんと一緒じゃなくて?」

「なんでトック?」

「え?お二人は思い合ってるじゃないんっすか?」

「はあ?アイツと?ないない。だってアイツ女癖悪いもん」

「またまたー」


 そこから宿までトックとアネルが好き合っていると信じてやまないエルメールに、ひたすらアネルがトックの女癖の悪さを熱弁していた。


「わかったっす!わかったすよ!お二人はそういう関係じゃないんすね。……なんかショックっす」


 アネルの説明を流そうとするエリメールと納得させたいアルメールは言い争いしながら、自分たちが今日泊まる部屋の前へと差し掛かる。

 するとルクスとトックが泊まる予定の部屋から物音と複数の女性の声がする。

 「まさか!」そう言ってアネルが勢いよく扉を開ける。

 部屋の中には呆れる光景が広がっていた。


「「うーわ」」


 部屋の中ではトックが女性を3人も連れ込み、裸で体を重ねまさに大フィーバーしているところであった。

 アネルは呆れたように汚物を見るような眼をトックに向ける。

 双子は部屋の中の惨状から視線を外すと、「最悪……」と小声で吐き捨てる。

 ルクスは……いつも通りである。

 そんなルクスたちを見た女たちが勝ち誇ったように宣言する。


「あら、悪いわね!ルクス様は先に戴いたわ!こういうのは早い者勝ちが鉄則でしょ?」

「ルクス?」

「オレ?」


 勝ち誇っていた女たちであったが、ルクスたちの態度に困惑の表情をする。


「あなたたちルクス様を狙ってたんじゃないの?」

「ルクス?そいつはトックっていう小物だけど?」

「え?うそ!?だって──」


 女たちはトックを見る。

 トックはタラタラと冷や汗を流しながら、全員から目線を逸らす。


 パンッ!


 乾いた音が部屋に響き渡り、トックの頬が赤く染まる。

 女たちは脱ぎ散らかされた服を拾い上げると、ルクスの方へと近づいてくる。


「ねえ、あなたがルクス様なんでしょ?今晩、お姉さんたちといいことしましょ?極上のサービスをしてあげるから」


 そんな女たちから守るようにアネルがルクスの体を引き寄せる。


「ちょっと!あんた邪魔しないでよ!」

「「そうよ、そうよ!」」

「あら、こういうのは早い者勝ちが鉄則じゃなかったの?情報力の低いハイエナは、そこのルクスモドキで満足しておけば?誰も奪ったりしないから」


 文句を言う女たちにアネルは勝ち誇ったように言い放つ。

 女たちは返す言葉が見つからない。

 諦めた女たちは「最悪!」と言いながらプリプリと部屋から出ていった。


「最悪なのはこっちなんすけどね」


 女たちが出て行くと次は当然トックの番である。


「トック~?」


 アネルに呼ばれてもトックは叩かれ顔を背けた状態で動かない。


「トック!!」

「はいっ!」


 アネルに一喝されトックは飛び上がる。


「あの人たちトックさんを師匠と間違えてましたよね?」

「ウソついたんすか?」

「ウソはついてないんだ!向こうが勝手に勘違いしてたから黙ってただけで……」

「最ッ低っすね」

「死んでください」

「ア、アネル……」


 双子に冷ややかな目で見られ、アネルに助けを求めるトックであったが軽く一蹴される。


「今から宿の人に頼んで別の部屋を用意してね。

 あんたとあのあばずれたちの体液が飛び散った部屋とかルクスがかわいそうでしょ?あんたはこの部屋で寝るか野宿するかしてね。できなかったら私たちは辺境伯様のとこに行くから」

「オレは別に気にしないけど……」


 アネルの迫力にルクスも恐る恐る意見する。

 アネルはニコリとルクスに微笑む。


「いいルクス、こういうのはしっかり反省させないとダメなのよ。

 痛みを持って反省を促さないと虫以下の知性しか持ち合わせてない奴らは学べないんだから」

「お、おう」

「なにしてるのかしら?早く行動しなさい!」

「すぐに!」


 アネルの圧に負けトックは急いで宿の主人へ頭を下げに行く。


「ほらね。女癖悪いでしょ?」

「幻滅っす」

「ゴミです」


 高級宿のため金銭的に余裕がなくなってしまうトックは宿屋に必死で頭を下げて泊まる部屋を空室と交換してもらった。

 無事部屋の交換が済み、一つ安堵したトックがルクスの顔色を窺う。

 ルクスはドワーフが作成した鉱山の地図を静かに見ていた。


「あ、あの~ルクス?その~部屋のことなんだけど……」

「さっきも言ったがオレは気にしてない。部屋で休んでくれ」

「いいのか!」

「ああ。山で足手纏いになられる方が困る。それよりも何か書くものないか?」

「書くものって……ペンとかか?流石に……持って……」


 ハッスルと緊張で一気に疲労が溜まったトックはそのまま眠りに落ちた。

 ルクスはトックを起こさないようにゲミニ辺境伯家へ向かう。

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