第40話 ゲミニ辺境伯
アルメールが指す先には立派な館が見える。
ゲミニ辺境伯の館は大きさはさほどでもないが、夕日のように明るいオレンジ色のレンガを基調に翠色の屋根が美しく、庭は色鮮やかな草花が見事に剪定され、まるで庭園のようである。門も傷一つなく光が反射するほど磨き抜かれており、明らかに周りの家とは雰囲気が違う。
「公爵様の時もそうだったけど、やっぱり貴族様のお屋敷は緊張するね」
「ルクス、お願いだから失礼のないようにな」
「わかった。これどうやって入るの?」
ルクスは館の門の前で首を傾げる。
「ここっすよ」
そう言うとエリメールは門に付いた紐を引っ張る。
一見特に変化はない。
しかし、暫くすると館の中からメイドと思わしき女性が2人やって来た。
「こちらはゲミニ辺境伯様のお屋敷です。本日ご来訪の予定はなかったと記憶しておりますが、どちら様でしょうか?」
ルクスはギエール公に用意して貰った配色が白と黒のみのシンプルな服。『白妙の光』はいかにも冒険者といった格好である。
当然、メイドたちは警戒する。
すると、エリメールとアルメールが深く被っていたフードを取る。
「いいから通して」
「失礼いたしました!」
双子の姿を見たメイドたちは驚いた表情をすると1人が慌てた様子で館へと走り、1人がルクスたちを館へ案内する。
館の応接室に入る直前、勢いよく走ってくる足音が近づいてくる。
「おかえりーーーーーーーーー!!」
走ってきた男はそのまま双子に飛びつこうとする。
が、エルメールはひょいッと避け、アルメールはルクスの後ろに隠れる。
躱された男とは寂しそうな顔をした後、アルメールが引っ付いたルクスのことを睨む。
そんな男に対して、ルクスは変わらず涼しい顔をしている。
が、色々と察してしまったトックとアネルは顔面蒼白、冷や汗ダラダラである。
「旦那様?」
客人に対し失礼な態度を取る男に、メイドは青筋を立てて威圧する。
「す、すみません」
その圧に男はビクンと肩を跳ねさせ、すごすごと応接室に入る。
「どうぞこちらへ」
メイドに促されルクスたちは応接室へ入る。
ゲミニ家は応接室だけならドゥニージャ家以上の豪華さである。多種多様な武器と宝石が壁に飾られ、そのどれもが透明なガラスで覆われている。他にも魔獣のものと思われる巨大な顔の剥製や、モノクロで描かれた水彩画のような掛け軸など目を引くものが数多く飾られている。
貴族の応接室に初めて通されたトックとアネルは、美術館にでも入ったかのように辺りを見渡す。
席に着いた男が切り出す。
「私はここ、モンディーナ村を女王陛下並びにドゥニージャ公爵様からお預かりしているゲミニ・シーカーである。我が娘であるエリとアルが屋敷を飛び出した後、冒険者になったとは聞いていたが……君たちが娘たちの冒険者仲間かね?」
「はっ、はい!我々は『白妙の光』と名乗らせてもらっていまして、わ、私が『白妙の光』リーダーのトックです」
トックはガチガチに緊張してしまっている。
辺境伯は優しく微笑む。
「そうかそうか。娘にちょっかいをかけてはないだろうね?」
「も、もちろんです」
「それは良かった!もし手を出していたら殺すところだったよ。ハハハハハ」
辺境伯は愉快そうに笑っているが、トックの顔は引きつっている。
双子は辺境伯の行動や発言に明らかにイライラしている。
「それで?私に何の用かな?」
辺境伯の発言を合図にルクスが一歩踏み出す。
「ワタクシはドゥニージャ公爵家でお世話になっております、ルクスとモウシマス」
「「公爵様の!?」」
ゲミニ辺境伯とメイドたちが同時に驚く。
「そ、それで?」
「……」
言葉を選ぶことが面倒になったルクスは、ギエールからの手紙を取り出そうと懐に手を入れる。
その挙動にメイドたちはゲミニ辺境伯の前に立って警戒した様子で構える。
「よい」
辺境伯の制止でメイドたちが下がったのを見て、ルクスは悪意がないことを伝えるためゆっくりと手紙を出す。
手紙は赤黒い封筒に覆われている。しかし、その封筒はルクスが作り出したものであり、次の瞬間には剥がれ落ちて消える。
驚いている辺境伯を意にも介さず、ルクスは手紙を差し出す。
「これを」
「拝読しよう」
辺境伯は封を開け手紙を読み始める。
その間、誰もしゃべらず誰も動かない。静寂が応接室に広がる。
辺境伯は手紙の後半に差し掛かってところで驚嘆の声を出す。
「魔法!?」
ガタンと大きな音を立てて椅子から立ち上がると、ルクスを見つめる。
「どうかなさいましたか、旦那様!?」
メイドたちは辺境伯を心配しつつルクスへの警戒心を高める。
辺境伯は交互に何度もルクスと手紙を見る。
「あなたがルクス殿に相違ないですよね…」
「ああ」
「そうですか……公爵様からの件全て承りました。入山許可の手続き並びに公爵令嬢様の件、すぐに進めさせます」
「ギエール公への使者は少し待って欲しい。こちらで手紙を用意したいです」
「畏まりました。その手紙はどなたが?」
「オレが持って行く」
「では、ルクス殿から受け取り次第出立させます」
「助かる、です」
辺境伯の態度が先程までと明らかに違う。強者のを迫力感じさせる獅子から一変、尻尾を丸めた子犬のようになっている。
そのことをルクスと辺境伯の2人以外全員が感じていた。
「つかぬことをお聞きしますが、ルクス殿は我が娘たちとどういったご関係で?」
「依頼人と請負人」
「そうですか……。では、娘たちのことをどう思われておいでですか?」
急な質問に双子は訝しげな顔をする。
「周りがよく見えてるし、判断も早い。二人とも冒険者として優秀だと思うけど……」
「いや、そういうことではなく、二人のどちらかを気に入ってくださってたりしないでしょうか?」
「「ちょっ、お父様!!」」
父親の質問の意図を理解した双子が辺境伯を慌てて止めようとする──が、ルクスの発言で二人ともその場で止まる。
「オレは2人とも好きだよ」
「2人ともですか……」
双子は耳を真っ赤にしながら声にならない声を上げる。
トックとアネルは頭を抱えている。
辺境伯は「2人ともでもありか……」などとぼそぼそ呟いている。
「いや、失礼。何か私どもの方でお力になれることがございましたら何なりとお申し付けくださいませ。そうだ!今晩お泊りになられるのはどうでしょう?歓迎の準備をさせますので」
「悪い。今日は温泉宿に泊まるとみんなと約束しているんです」
「そうですか……では何か他に入用なものはございますか?」
そう言われルクスは悩む。
するとトックがそっと近づき耳打ちする。
「あっそっか。温泉のある宿を紹介して欲しい」
「畏まりました。ではぜひご宿泊費は私に出させてください」
「いいの?」
「もちろんです。今後ともぜひ娘とゲミニ家をよろしくお願いいたします、ルクス殿。宿を準備させますので屋敷にて少々お待ちください」
辺境伯とメイドたちは応接室から退室する。
その際に、ゲミニ辺境伯は双子に来るように手招きする。
双子は嫌な顔をしたが、トックの「行ってこい」との言葉により一緒に退出する。
応接室から出た辺境伯は真剣な顔で娘たちに話す。
「他言は禁止、本人に言うのも絶対禁止だ。いいな」
「なんなの?」
「手紙に書いてあったのだが、ルクス殿は魔法が使える」
「!?魔力じゃなくて?」
双子は真実か確認するように父親の顔見る。
ゲミニ辺境伯は頷く。
「そこでだ。ルクス殿をゲミニ家に招きたい。温泉はいい雰囲気になる。大丈夫。お前たちは間違えなく美人だ。少々ムチムチ感が足りない、ガッ──ッ」
「最ッ低ー!」
「死んでほしいです、お父様」
娘たちにシバかれて辺境伯は悶絶する。
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