第38話 冒険者としての覚悟

「さて!改めてギルドに挨拶に行くか!」

「顔を売るのは大事よね。ルクスは?」

「中見てみたい」

「じゃあみんなで行きましょ!」


 モンディーナ村の冒険者ギルドの中はウル・ドゥニージャの冒険者ギルドよりもずっと清潔である。1階は受付用のスペースと飲食用のスペースできっちり分けられており、受付の前には赤いカーペットが敷いてある。


「なんか雰囲気違うな」

「上品な感じよね~」

「ここは特殊だからな。ミラリアム王国の端っこの方だし、山にも囲まれてる。だから余所者が比較的少ない。

 加えて特産品と温泉があるから経済状況も安定……してた、この村の居心地を気に入って居つく奴も多い。

 そういうわけでここの秩序を乱そうとする奴は排除され、同じような奴が量産される。よく言えば安定している。悪く言えば変化しない」

「ふ~ん」

「まぁ、ここの教育体制もあるけど……」


 トックはボソッと呟く。


「教育体制?」


 ルクスがトックの発言した教育体制について聞こうとした時、冒険者ギルドの奥の鉄扉が開き、中からスラッとした手足と腹筋が美しい女性が現れる。

 後を追って青ざめた顔をした若者5人が今にも吐きそうな表情で出てくる。


「あれだよ」

「なにあれ?」

「行ってみるかい?」


 そう言うと、トックは奥の扉の方へ向かう。


「久しぶりだな。リーエル」

「あら!もしかしてトック?久しぶりね~!ちょっと、というかだいぶ雰囲気変わったわね」

「まあな。また嫌がらせか?」

「あら!嫌がらせなんて失礼しちゃうわ!大切なことよ。ところで後ろの子はどちら様?」


 リーエルは顔ににこやかな表情を張り付けながらルクスを警戒する。

 そんなリーエルにトックがルクスを紹介する。


「こちらはルクス。公爵様の客人で今回の俺たち依頼人だよ」

「公爵様の!?」


 リーエルは声を張る。

 公爵という言葉に一部の冒険者たちがざわつく。


「声がでけーよ」

「ごめんごめん。公爵様のお客人とは……うっうん、失礼。私はモンディーナ村の冒険者ギルド長、ムスクル・リーエルと申します。公爵様には大変よくしていただいておりまして、村の者皆公爵様に感謝しております。お手間でなければぜひ公爵様にもよろしくお伝えください」

「ああ。それで?扉の奥で何してたんですか?」


 固い挨拶を適当に流し、ルクスは気になったことを直球で聞く。

 その質問にリーエルは困った顔をする。


「え~とですね、ルクス様……」


 そこにトックがフォローをする。


「ルクスなら別に大丈夫だよ。たぶん俺たちよりもずっと慣れてる。さっきのは何日目?」

「何日?」

「あいつらは2日目よ」


 ルクスは2人の話が分からず首を傾げる。


「なぁ、何言ってるかわからん」

「ごめんなさいね。その~、このギルドでは冒険者になるための教育というか試練があってね……」

「試練?」

「口で説明するより見せた方が早いだろ」


 トックにそう言われ、リーエルはルクスを扉の奥に案内する。

 『白妙の光』もその後に続く。

 鉄扉の奥にある試練場は高い鉄の塀で囲まれた円形の広場である。きれいに清掃されており何も置いてない。が、土に血が染み込んでおり、生臭い匂いが広場に漂っている。


「ギィイギィイギィイ」

「ガウガウガウ」

「ゴブリンと……コボルト?……それに……」


 試練場の中央に紋章の入った首輪を着けられたゴブリンとコボルトが計5体生きたまま地面に張り付けられている。

 小人狼コボルトとは、ゴブリンと同じく二足歩行する小型の人型魔族。顔と腕、脚は毛のない犬のような見た目であるにも関わらず、尻尾は大きくフサフサしている。人の部分も犬の部分も尻尾も全て鼠色である。

 ルクスの発言にリーエルは感心する。


「ご存じでしたか」

「ああ、ギエール公の屋敷の本で知った。実物を見るのはゴブリンが2回目、コボルトは初」

「では特性もご存じで?」

「いや、見た目と強いか弱いかだけ。ゴブリンとコボルトは弱いって書いてあった」

「なるほど……侮りを生みかねない雑な表記ですね」


 そう呟くとリーエルはまるで授業をするように解説し始める。


「ゴブリンは見た目に似合わず狡猾です。オスしか存在しないため、繁殖の際は他種のメスを攫い繁殖を行います。当然、人も繁殖対象です。

 繁殖力が高く、一度に10匹ほど産み母体によっては耐えきれず死んでしまうこともあるそうです。加えて成長も早いので放置するとあっという間に被害が広がります」

「家畜のメスだけ消えたら気をつけろって言い伝えがあるっすよ」

「女性冒険者は向かわせるなってルールもあるな」

「コボルトは?」

「コボルトは臆病で慎重な性格です。基本群れで行動し、群れのリーダーはオスとメスのペアです。

 子どもの肉を好み夜闇に紛れて行動するため、気付いた時には手遅れだったということもよく聞く話です。一定期間で寝座を変えるため一掃という意味ではゴブリンより難易度が高いと言えます」

「寝室は家族一緒が望ましいって言い伝えがあるっすよ」

「昼に寝込みを襲うのが鉄則ね」


 ルクスはうーんと唸る。


「みんな詳しいんだな」

「そりゃあ冒険者だもの。知識がないと生きていけないわ」

「基本的な魔族だけですけどね」


 ルクスは再び視線を試練場の中央へ戻す。


「それで?試練ってなにすんの?」

「あれを殺すんですよ」

「戦闘ってこと?」

「拘束は解かないから戦闘ではないな」

「無抵抗?意味あるのそれ?」


 ルクスの発言を聞いたアルメールとエリメールは驚愕の表情をする。

 一方、リーエルは悲しそうな表情をしている。


「これはね、殺しの覚悟を試す試練ですよ」

「殺しの覚悟?」

「ええ。冒険者であれば遅かれ早かれ命を奪わなければならない状況に必ず遭遇します。その時に躊躇ったら、殺されるのはこっち。無駄死にさせないためにも、殺せるか殺せないか試験する必要があるんです」

「2日目ってのは?」

「試練は3日間に亘ってやるの。1日目は犬や猫などの獣。2日目は今見ているように人型の魔族。で、3日目は……」


 リーエルはそこまで言って言い淀む。


「3日目は?」

「人間だ」

「「人間!?」」


 トックの言葉にルクスではなくアネルと双子が声を上げる。


「人間って言ってももちろん犯罪者よ。それでも猿轡さるぐつわを嚙ませたりはしないから全力で命乞いされるけどね」

「トック以外は試練受けてないの?」

「私はこの村の出身じゃないからね」

「うちらもウル・ドゥニージャで冒険者になったっすから……」

「たぶん他所ではこんなことやってねーよ。この村だけ」

「じゃあトックはこの試練突破したんだ」


 ルクスにそう言われトックは黙る。

 黙ってしまったトックに代わりリーエルが返答する。


「トックはね、3日目で脱落したわ」

「「そうなの!?」」


 ルクスと『白妙の光』のメンバーがハモる。

 一斉に視線が集まったトックは座りが悪そうに頭を掻く。


「魔族は問題なかった。なんなら猫の方が吐きたい気分だった。で……人間は無理だった……。当時はどうしても殺せなくて、結局ウル・ドゥニージャで冒険者になったんだ」

「ほんとはね殺せなくていいのよ。殺しなんて可能な限りやらない方がいいし、冒険者にだってできることならならない方がいいんだから」

「かもな。でも俺には冒険者しか生きる選択肢がない」


 トックはルクスを見る。


「ルクス、お前には感謝してんだ。お前がいなければ俺は、殺す覚悟もなくあそこで殺されて人生終了してた。よくねーのかも知れねーけどよ、お前のあっさり殺す姿をかっけーと思った。だからここまでこれた。ありがとな」

「私も!ありがと!」


 アネルがルクスに抱きつき、重たかった空気を明るくする。

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