第35話 上には上がいる
「なんだ知ってるじゃないの。だったらアタシの気を損ねたあんたらどうなるかわかってるわよね?」
ラトリーが言い終わるか終わらないかのタイミングでエリメールが矢を放ち、アルメールが突っ込む。
しかし、ラトリーは矢を躱すと涼しい顔でアルメールの攻撃を捌く。
「なんだい、アタシとやろうってのかい?」
ラトリーはアルメール目がけて鞭を振るう。
音速で迫るその攻撃をアルメールは寸でで避ける。
が、ラトリーの鞭が自立しているように動き、後方から物理法則を無視した軌道でアルメールに襲いかかる。
「アル!?」
エリメールの声を聴いたアルメールは、超反応で何とか直撃を避けたものの片耳を失ってしまう。
「ぐっ!?」
「なんだ、あんたも魔力持ちかい?なるほどあいつらじゃ勝てないわけだ。でも、だったら手加減はいらないね!」
アルメールは痛みから距離を取るが、相手は長射程の鞭である。防戦一方となってしまう。
剣士であるトックは魔力を保有している2人の戦いに入って行けず、エリメールもアルメールの邪魔になること危惧して武器を構えるだけで動くことが出来ない。
「なんだい、逃げ回るだけかい!?」
(距離を詰めないと!)
アルメールは鞭が振り抜かれるタイミングで、鞭の嵐の中へと飛び込み一直線に距離詰める。
ラトリーは距離を取るようにステップバックしながら鞭を振るう。
(鞭の軌道が甘い!?)
チャンスとみたアルメールは攻撃を打ち込むため、ラトリーの鞭を掻い潜り深く踏み込む。少し遅く、アルメールは自身の失態に気付く。
(左手!?)
ラトリーは鞭を左手に持ち替えている。
アルメールの攻撃にカウンターでラトリーの右拳が下から顎を打ち抜く。
アルメールの体が空中に浮き上がる。
浮き上がったアルメールの腹部にラトリーの後ろ回し蹴りが突き刺さる。
「ガハッ!?」
アルメールは後方へ転がると血と一緒に夕食を吐き戻す。
「ハハハ!汚いガキだねー!」
ラトリーの慈悲の心はない。
鞭の痛みから蹲っているアルメールへ、一直線に容赦なく襲いかかる。
ガキンッ!
トックが割って入り、鞭を弾く。
即座にラトリーの上空からエリメールの曲射が降る。
エリメールは出来る限り矢に重力を乗せるため、そしてラトリーの視覚外となるために高所である屋根に上っている。
不意を突きにいった曲射であったが、燃え上がる炎のせいでチカチカと光を反射してしまい不意打ちにならない。
だが、ラトリーが矢を見上げた瞬間を逃がさず、戻ってきたアネルの鞭がラトリー目がけて走る。
パッシンッ!
「一丁前に連携して鬱陶しいね、まったく」
「ダメか……」
エリメールの矢もアネルの鞭もいとも簡単にいなされてしまう。
トックがアルメールに声を掛ける。
「大丈夫か!?」
「うっ……ぐう……エハッ……」
アルメールは返事をしようとするが痛みから声が出ない。
「まずい。内臓がいってるかもしれない」
「トック!アルメールをお願い!ここは私が!」
アネルはラトリーに鞭を構える。
その姿を見てラトリーがニヤリと笑う。
「一番弱そうなのが張り切るじゃないか!」
「同じ鞭使い同士勝負よ!」
「同じ?一緒にするんじゃないよ!」
ラトリーの鞭がゆっくり揺れる。
アネルが振り被りラトリー目がけて鞭を振るう。
スパンッ!
次の瞬間、アネルの鞭は破壊され、アネルの左腹部が引き裂かれる。
声を上げる間も与えず、折り返したラトリーの鞭がアネルの首に迫る。
突如アネルの体が後方へ移動し、ラトリーの鞭は空を切る。
「よかった。間に合った」
「ルク…うっ……」
「怪我してんだからあまりしゃべらない方がいい」
前触れもなく起こった不可解な現象にラトリーは攻撃を止める。
(なんだ?何が起きた?あの女、何かに引っ張られたように……。急に現れたアイツがやったのか?どうやって?)
「ルクス!」
トックがアルメールを抱えて走ってくる。
アルメールはお腹を押さえ苦しそうに唸っている。
「見せろ!」
「え?」
ルクスはアルメールに触れるとすぐ手を引く。
「ルクス?」
「もう大丈夫」
痛みに唸っていたアルメールは気を失っている。
ルクスはラトリーの方を見る。
ラトリーからは逆光になっていて見えなかったルクスの顔が、月明かりに照らされ映る。
途端にラトリーの目の色が変わる。
「おっ!?」
ラトリーの鞭が素早くルクスの体に巻き付くと、ラトリーはルクスを引っ張り山へと走り出す。
ルクスは特に抵抗することなくラトリーに連れていかれる。
「ルクスーーー!!!」
アネルはルクスを追いかけようとするが、腹部の痛みに膝をつく。
「うッ!?」
「アネル!!」
「トック!ルクスをお願い!」
「でも──」
「お願い!!!」
アネルの気迫にトックは迷う。
冒険者チームは互いに命を預け合う関係である。、故に、家族よりも固い結束で結ばれている。命の危機に瀕した経験があれば尚更。
そこにきて、トックは『白妙の光』のリーダーである。『白妙の光』のチームメイトであるアネルはまともに動けず、アルメールに至っては気を失っている。そんな状況で仲間を置いて他の人を追うというのは、例えそれが依頼者であっても本来あり得ない。
迷って動けないトックを見て、アネルがルクスを追いかけようとして、再び膝をつく。
「お願い……」
「アネル……。!?」
アネルが顔を上げた時、トックはある事実に気付く。
「アネル!?そのお腹!?」
アネルの腹部を見ると傷が塞がっている。というより、元から怪我などしていなかったかのようにきれいな状態である。
アルメールの耳も再生している。
「ウソ!?なんで……?うっ!?」
自身の腹を撫でたアネルの顔が痛みで歪む。
「俺には確かにやられたように見えた。その証拠に服は破けてる……」
「それよりも、ルクスを追って!お願い!私は大丈夫だから……」
「トック先輩!アイツが走っていた方に紐付けた矢を放っておいたんで、ある程度なら今からでも追えるはずっす。ここはうちに任せて行ってください!」
エリメールが屋根の上から駆けつける。
「任せる!」
仲間の意志を汲んだトックはルクスを追って山へと走る。
ラトリーに捕まったルクスは、ラトリーが崖を駆け下りたところで鞭を外す。
鞭からルクスが脱出したことで重さが変わり、ラトリーはバランスと崩して地面に手をつく。
放り出されたルクスは側転するように体勢を立て直すとふわりと着地する。
「あら?傷つけないように意識しすぎて拘束が甘かったかしら?」
「なぁ、なんか用?」
「ええ。あなた私のモノになりなさい」
「なんで?」
「あなたが可愛いからよ!かなり好みだわ!部下をやられてイライラしてたけど、あなたさえ手に入れば、もう正直どうでもいいわ。それで?素直に私のモノになってくれるかしら?」
「嫌だけど」
「もう!しょうがないわね!じゃあ言う事を聞くいい子に調教してあげる」
そう言うとラトリーは笑みを浮かべて鞭を構える。
ルクスも応戦するようにストレッチをし始める。
「別に待たなくてもよかったのに」
「フフフ。小生意気なとこも調教し甲斐があって好みだ、わ!」
ラトリーが鞭を振るう。
同時にラトリーの左腹部がら血が噴き出す。
「え?なに……?」
ラトリーは何が起きたかわからず、血が噴き出す自分の腹部を見下ろし擦る。
ラトリーは手に付いた血を見て初めて自覚した。目の前にいる存在が格上であると。
ルクスの手には鞭が握られている。
「鞭……」
ラトリーが瞬きした一瞬でルクスの手から鞭が消えている。
「……まさか……」
「終わりじゃねーぞ」
「まっ──!?」
ルクスの拳がラトリーに捻じ込まれる。
強烈な一撃により内臓を破壊され、ラトリーの腹部にあいた穴から大量の血が押し出される。
ラトリーは勢いよく吹き飛ぶと崖壁に激突し、ピクリとも動かない。
ルクスがゆっくりと近づきラトリーを見下ろす。
倒れたラトリーは激痛から悶絶していた。
「あ!そう言えば賞金掛かってたんだっけ?死んだらまずいのかな?」
ルクスはラトリーとラトリーの鞭を拾うと崖上へ飛びあがる。そのまま引きずって村の方へと歩く。
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