第31話 白妙の光

「何事じゃ!」


 騒ぎを聞きつけたアーギンが2階から転げ落ちるように駆け下りてくる。

 冒険者たちはギルド長に助けを求めるようにルクスを指差す。

 アーギンは騒動の中心となったルクスと周りに散乱している得物に気付く。

 ある程度の状況を把握した上で、深いため息をつくと受付嬢へ事情を聴く。


「何があった?」

「あっ、えっと、そこの冒険者たちがその子に絡んで、そしたらその子が……」

「ルクス、これはどういうことだ?」

「そいつらがギエール公から貰ったお金を取ろうとした」

「いや!俺たちはそのガキの依頼を受けてやろうと──」

「お前らは黙っとれ!!」


 アーギンに怒鳴られ冒険者たちは口を閉じる。


「お前たちは知らんだろうがな、ルクスは公爵様の食客しょっかくだぞ」

「「公爵様の!!?」」


 冒険者たちと受付嬢が同時に驚く。


「そうだ。つまりルクスの依頼は公爵様の依頼である可能性もある。お前たちもこの地域の冒険者だ、公爵様の依頼を失敗したらその後の生活がどうなるかはわかっとるよな?」

「ええ、も、もちろん」

「なら、失敗しない覚悟があって依頼を受けようとしたってことでいいな?」


 アーギンは圧を込めて冒険者たちに詰め寄る。


「いや~……俺たちはその~、その子がまさか公爵様の食客とは知らなくて……」

「は~馬鹿どもが。罰則は覚悟しておけよ。今日の所は伸びてる3人を連れて帰れ」


 冒険者たちは完全に酔いが覚めた様子で、気を失っている3人を連れてそそくさと冒険者ギルドを後にする。


「悪いが掃除しといてくれるか?」


 アーギンは隅でビビっている新人に掃除を頼むと、ルクスに頭を下げる。


「俺の教育が行き届いてないせいだ、すまん。収まらんかもしれんが今回の所は勘弁してやってくれ。……それでギルドへはどうして?」

「依頼をしに来た」

「依頼?」


 アーギンは確認のため受付嬢を見る。


「はい。北の高山地帯の下見に行きたいと」

「北の高山地帯?てことはレギュラー級扱いか……あの飲んだくれどもには無理だな」

「今日中に頼みたい」

「今日中!?そいつはちょっと無理だな……お前も知ってると思うが先日発見したゴブリンが思ったより厄介そうでな……残ってた優秀な奴らもそっちに回しちまってるんだ。だから──」

「あれ?ルクス?」


 ルクスとアーギンは声がした方へ振り向く。

 そこにはトックとアネル、それと新顔が2人いた。


「やっぱりルクスだー!久しぶり!」


 トックとアネルがルクスの下へ駆け寄ってくる。

 他の2人はルクスのことを知らないため遠慮気味にトックとアネルについて来る。


「久しぶり」


 ルクスは挨拶すると初見の2人をチラリと見る。

 2人はよく似ている。

 どちらも青の混じった金髪に碧い瞳。同じ身長に同じような体型をしている。


「メンバー増えたの?」

「いや、他の2人はあの後冒険者を辞めちゃったんだ……まぁ、あんなことがあったらしょうがないと思うけどね。それで俺とアネルの2人になっちゃったから新メンバーに入って貰ったんだ!紹介するよ!」


 そう言うと新顔2人をルクスの前に出るように促す。


「え、えっとエリメールっす」

「アルメールです」

「ルクスです」


 お互い頭を下げる。

 緊張している2人に変わってアネルが詳しく2人について話してくれる。


「2人は双子なのよ。一応エリメールがお姉ちゃんでアルメールが妹なんだって。年齢はルクスよりちょっぴり下で13、トックと同郷だって。それでね!それでね!」


 そこまで言うとアネルはルクスの耳に口を寄せ、囁き声で続ける。


「実はアルメールはルクスと一緒で魔力を持ってるのよ」

「そうなの?」

「実はね。でもあんまり言いたくないのよね」

「なんで?」

「だって魔力を持ってるなんて知られたら、面倒ごとに巻き込まれるかもしれないでしょ。アルメールはまだルクス程強くないし」

「なるほど」

「て言うのは建前で、本当は他所のチームに取られたくないの」


 アネルはペロっと舌を出す。

 冒険者チームは入れ替わりが激しい。

 冒険者は命を落とすこともある危険な職業である。

 死んでしまったり、辞めたりしてメンバーが減ることは日常茶飯事。安定してチームを維持するためには優秀な人材の確保は必須である。

 また、冒険者ギルドの依頼システムも人材の入れ替えに起因している。

 依頼は基本、冒険者の階級によって褒賞金が違う。階級が高い上位チームの方が金銭を稼ぎやすい。

 また、冒険者ギルドの依頼は掲示板に張り出されている一般の依頼の他に、冒険者を指名する特別な依頼がある。特別な依頼は当然報酬も良く、成功すれば箔もつく。しかし、そういった特別な依頼は上位チームしか指名されない。そのため、優秀な人材は自ら上位チームへ志願したり、上位チームからの引き抜きが行われたりする。

 結果、上位チームは増々強くなり、下位チームは一向に強くなることが出来ない構造が出来上がっており、冒険者同士で実力を隠していることもよくあることなのである。


「トック、帰ってきたってことは任務完了か?」

「はい!」


 アーギンに返事をしながら、トックは任務完了報告を受付に提出する。


「そうか!今回も速かったな!最近お前たちは頑張ってるって評判だぞ!このままならレギュラー級まであっという間かもな!」

「マジすか!ありがとうございます!」


 アーギンはトックたちを労う。

 受付嬢が処理を終え、任務完了を受領する。


「任務完了確認しました。見習い用任務を既定の数達成したため、研修終了です。今後は自由にビギナー級冒険者任務の受注が出来ます。これからも頑張ってください!」

「「おっしゃあああああああ」」


 トックたちは拳を突き上げる。

 チームメンバー同士で笑い合い、いい雰囲気である。

 アネルはルクスに自慢する。


「一ヶ月で研修終了よ!凄いでしょ!」

「よくわからん」

「そこはわかんなくても、凄いねーっていうところでしょ」


 アネルは嬉しそうにルクスの頬を引っ張る。

 一頻ひとしきりトックたちが喜び合うのを待って、受付嬢が声をかける。


「正式にビギナー級冒険者になりましたので、チーム名を決めることが出来ますがどうします?」

「『白妙しろたえの光』にします!」


 トックは即答する。


「それってレジェンド級冒険者『漆黒の陽光』になぞらえたのか?」

「はい!いつか『漆黒の陽光』と並ぶ冒険者になろうとみんなで決めました!」

「ガハハハッ。でかく出たな!若い奴はそうじゃないとな!」


 アーギンは嬉しそうにトックの背を叩く。


「『白妙の光』ですね。登録しておきます。チーム名は後で変更することも可能ですが、その際は必ずギルドへの報告をお願いしますね」

「はい!」


 勢いのある『白妙の光』を見て、アーギンが愚痴を溢す。


「他の奴らも見習ってほしいもんだな……」

「そういえば、さっき俺らと行き違いで死にかけの冒険者がギルドから出てきましたが、もしかしてマスターが?」

「いや」


 アーギンは顎でルクスを指す。

 『白妙の光』は一斉にルクスを見る。


「あいつらが悪い」


 ルクスは不服感を示す。

 トックは納得の表情をし、エリメールとアルメールは驚きの表情をしている。

 アネルは特段気にする様子もなくルクスに質問する。


「ルクス、今日はどうしたの?何か依頼?」

「あ!そうだった!アーギン、依頼何とかしてくれ!」

「いや、何とかって言われてもな~」


 困って頭を掻くアーギンにトックが質問する。


「どんな依頼なんですか?」

「どんなって……ルクスが北の高山地帯を散歩したいんだと」

「散歩じゃない。調査」

「冗談だよ。それで、調査する時の案内人を今日中に用意してくれって無茶言っててな」

「なるほど……マスター!それ私たちにやらせてください!」

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