第30話 初めてのお遣い

 ルクスの提案を受け、ギエールは考え込む。


「ないわけではないのですが……」

「なんだ?」


 ギエールはウル・ドゥニージャ周辺の地図を持ち出すと机の上に広げる。


「ドゥニージャ領の北にマーガス鉱山などがある高山地帯があります。かつて鉱石の発掘が行われていた場所でして、記録には炭鉱夫たちが使った坑道や一時的に寝泊まりするための洞穴があるそうです。そこであれば今の要望に合致するとは思うのですが……正直お勧めできません」

「なんで?」

「公式の記録上では鉱石を掘りつくしたため採掘を中止したと記されているのですが、炭鉱夫がつけていたと思われる手記には魔獣に襲われて断念せざるを得なかったと記されていまして……真偽がいずれにせよ現在、魔獣や魔族の住処になっている可能性もありますので危険かと。ただ、他の場所と言われても……」


 ギエールは困ったように唸る。

 対照的にルクスは楽観的である。

 多くの生物は魔力を保有しておらず、魔力を保有している魔族でさえも魔法を行使できる存在は上澄みである。この世界で魔力を持つということが、魔法を行使できるということが、如何いかに圧倒的なことであるかをルクスは学んだ。

 結果、今のルクスは自信に満ち溢れていた。


「まぁ、行ってみればわかるだろ。先客が居たとしたら、悪いが退いてもらえばいい」

「ちょっと待ってください!危険かもしれない場所に娘を送り込む親はいない!わかってるでしょ!」

「安心しろよ。いきなりペトラを連れってたりはしないさ。

 当然、一度オレが行って安全を確保する。ギエール公はペトラが炭鉱に行く時に備えて、炭鉱と炭鉱までの道に人が近づかないように根回ししといてくれ。じゃないと人が倒れるぞ」

「1人で行く気ならやめた方がいい」

「別にオレその辺の魔獣なら負けないと思うけど?」


 甘い思考をしているルクスをギエールは厳しく叱責する。


「戦闘であればな。山を甘く見過ぎだ。特に鉱山には高山病だけでなくガス突出の可能性もある。場所のみでなく安全なルートも確保するのだろ?知識ある冒険者を連れて行った方が賢明だ。

 それに、日帰りできる距離でもない。行きだけでも2~3日は有するぞ。土地勘がなければもっとかもな。その間の食料などはどうするつもりだ?一人で抱えて歩くのか?戦闘になった時、確実に動きが鈍くなるぞ」

「…………」


 ルクスは何も言い返せない。


「厳しい言い方をしてすまない。だけど、私の中ではね、君も大切な人になってしまったんだ。失いたくない。それに、娘の悲しむ顔は見たくない」

「……ちょっと知識がついて調子に乗ってたみたいだ……間違いなくあんたが正しい。ちゃんと冒険者に依頼するよ」

「聞いてくれてありがとう」

「こっちこそだ。それで、その~……」

「ははは。わかってるさ」


 ギエールは机の引き出しを開け、小袋を取り出す。


「冒険者への依頼料はこれで十分足りるはずだ。必要なものは出発までにこちらで用意しておこう」

「ありがと」


 ルクスは屋敷を飛び出る。


「ルクス様!」

「おお、ウェーネか」


 ウェーネはルクスを連れてくる依頼の莫大な達成報酬を蹴ることで、ドゥニージャ家のメイドとして自身を雇うようギエールへ交渉していた。

 ウェーネの圧に押されたギエールはこれを了承し、ウェーネは現在ドゥニージャ家のメイドとして働いている。


「どこかへお出かけですか?」

「冒険者ギルドに行ってくる」

「冒険者ギルドですか?」


 ウェーネは露骨に不満そうな顔をする。


「戻ってきたらまたすぐ出発する予定だから、ギエール公の手伝いをしてあげてくれ」

「畏まりました」


 冒険者ギルドはガランとしている。

 冒険者ギルド内は受付の他には、右も左もわかっていない成り立ての冒険者見習いたちと、隅の方で日の明るい内から酒を飲んでいるやる気のないビギナー級冒険者たちが数名いる程度である。

 依頼が張り出されているボードには張り切れない程の大量の依頼が張り出されており、あまり依頼が消化されていない。

 ルクスが依頼者用のドアから入ると、受付のお姉さんが声をかけてくる。


「ようこそウル・ドゥニージャ冒険者ギルドへいらっしゃいました!こちらのカウンターにお願いしまーす!」


 ルクスは指示に従いカウンターへと歩いてゆく。

 その間、冒険者たちは品定めするようにチラチラとルクスの様子を窺う。


「本日はどのようなご用件ですか?」

「北の高山地帯に向かうための案内人を依頼したいのですが」

「北の高山地帯ですか?えーと目的は?」

「下見です」

「下見……少し待っててね」


 受付嬢は裏へと引っ込むと資料を持ち出し戻ってくる。

 そして資料をペラペラと捲ると困った顔をする。


「ごめんね。高山地帯は現在、準危険地帯に指定されているの。だから、レギュラー級冒険者以上への依頼になっちゃって……お金がいっぱいいるんだけど」


 受付嬢はルクスを完全にただの子どもであると思っている。優しいお姉さんを演じながら、噛み砕いた言葉で説明する。


「これで足ります?」


 ルクスはギエールから貰った小袋を机の上に乗せる。

 受付嬢は中身を確認すると「えッッ!?」と声を上げる。その後、慌てて机の引き出しから用紙と筆記用具をカウンターへ並べる。


「えーっと、お金は十分足りていますので、この依頼用紙に記入をお願いできるかな?今、人手が足りなくて依頼達成にちょっと時間がかかちゃうと思うんだけど……」


 時間がかかるという言葉にルクスの手が止まる。


「それは困る。今日中には冒険者を決めて欲しい。です」

「今日中は流石に……他の依頼もあるし半年後とか……」

「ダメ。飲めない」

「そう言われても……」


 ルクスと受付嬢が揉めていると、冒険者ギルドの隅で酒を飲んでいたビギナー級冒険者たちが絡んできた。


「おいおい坊主。うちの美人ちゃんを困らせるんじゃねーよ」

「そーだぜ、ガキが来る場所じゃねーぞ」

「なぁなぁ、こんなガキほっといてよ~俺たちと遊ぼうぜ」


 酔った冒険者たちは受付嬢にも絡み始める。

 受付嬢は慣れた様子で対応する。


「あなたたちお客さんの迷惑になるでしょ。暇なら依頼をこなしてきてください。今なら選び放題ですよ。」

「そう連れないことを言うなよ~。まぁ強気なところもそそるがな!エヘヘヘヘ」

「おい、ガキ!お家に帰れや!おめーに冒険者ギルドはまだ早えーよ」

「そうだ、そうだ!ここはガキのお遣いを受ける場所じゃねーぞ!」


 酔った冒険者がルクスの胸を押す。

 ルクスの眉間に皺が寄る。

 受付嬢も冒険者の態度を流石に看過できないと怒る。


「ちょっと!お客さんに失礼でしょ!」

「客?このガキがか!?どうせ依頼料だって──」


 冒険者の一人が机に置いてあった小袋に目をやる。


「なんだ、金持ってきてんのか!」


 そう言って小袋に手を伸ばす。

 小袋を掴んだ男の手首をルクスが抑える。

 ギエールから貰った小袋に触れられたことでルクスのイライラはピークに達していた。


「袋からその汚ねー手を離せ」

「なんだよ!てめーの依頼を俺らが受けてやろうってんじゃねーか!」

「3度目はねーぞ。離せ」

「だからよー」


 パキッ


 男の手首が潰れる。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛痛でええええええええええええええ。痛てーじゃねーか、クソッ!!」


 男は折られた手首を抑えて悶絶する。

 仲間の冒険者たちが激昂し、得物を抜く。


「「このクソガキ!ぶっ殺してやるぞ!」」


 冒険者の殺意にルクスのスイッチも入る。

 目の前で悶絶している男の胸ぐらを掴むと入り口の扉へとぶん投げる。

 投げられた男は頭を強打し、気を失う。

 男の衝突音を合図に剣を持った冒険者がルクスへ襲いかかる。

 だが、魔力を持たない彼らでは当然ルクスの相手にならない。

 ルクスは喧嘩というモノを知らない。

 ルスヴァンとの試合も魔法を使わないなどの縛りを付けたことはあるものの、手を抜いたことはなかった。故にルクスは上手く加減が出来ない。


 ズドンッ


 先陣を切った冒険者の頭が床に沈む。間髪置かず、反応することすら出来ていないもう1人の冒険者の顔面をルクスの拳が貫き、壁に勢いよく衝突する。

 残った冒険者たちは恐怖におののき頭を抱えて地面に伏せる。

 ルクスに殴られた冒険者は2人とも顔面が潰れピクリとも動かない。

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