第28話 ドゥニージャ・ペトラ

 ウェーネに疑いをかけられたギエールであったが、一切動じることなく丁寧に解答する。


「先ほどお2人とも体感していただけたとは思いますが、娘のペトラの魔力は尋常ではなく、並の人間では近くにいるだけで目眩や嘔吐を引き起こし倒れてしまいます。

 そのため、この部屋の壁には封魔液ふうまえきという特殊な液体を練り込んであるのです。

 ですので、娘の魔力が外へ洩れることはありません。それもあって、ウェーネ様であっても壁を挟んでの魔力感知ができなかったのだと思われます」

「封魔液?」

「ええ。数年前に王都で開発された魔力を封じることのできる不思議な液体です。これにより、即時処刑するしかなかった犯罪を犯した魔道士を処刑するのではなく拘束することも可能になりました。加えて、封印系や拘束系の魔法が使えずとも魔物を封印したり拘束したりできる他、室内で飼うこともできるようになったとか」


 魔力を封じるという言葉に、魔道士であるウェーネは嫌悪感を示す。

 ルクスも封魔液には引っかかり質問する。


「その液体があれば魔力のない奴でも魔力のある奴に勝てる?」

「可能性はなくはないですが、不可能に近いでしょうね。魔力は身体強化もされますから……魔力のない人では太刀打ちできないでしょうね。ただ、魔力を持つ者同士で片方が封魔液を所持していた場合は、もしかしたら戦闘は一方的になるかもしれませんね」

「ふーん。なるほどねー」


 聞きたいことが聞き終わったルクスは、封魔液の施された部屋に入るのを渋っているウェーネに言い放つ。


「ウェーネ、部屋に入りたくなければドゥカスたちの所に戻ってもいいぞ?別に今顔合わせをしなければいけないわけではないからな」

「いえ、お供させてください」


 ルクスはドアを開けペトラの部屋へと入る。

 ペトラの部屋はパステルカラーの女の子の部屋と言った配色である。

 しかし、部屋の中にはペトラの苦悩と我慢の跡が見える。

 机やベット、床にはぬいぐるみや本が散乱しており、服も脱ぎ散らかされている。その上、いくつかのぬいぐるみや服は引き裂かれボロボロになっている。

 ルクスはチラリと部屋の様子を確認すると、毛布に包まっているペトラを真っ直ぐと見る。

 ギエールやウェーネと異なり平然としているルクスに驚き、ペトラは思わず声をかける。


「おぬしは苦しくないのか!?」

「別に」

「そ、そうか……」


 嬉しそうにするペトラを見て、部屋の前で尻込みしていたギエールは根性を見せる。

 ウェーネとともに部屋へ入るとドアを閉め、互いを紹介する。


「ペ、ペトラ、こちらがさっき紹介した魔法が使えるルクス君だ」

「よろしく」

「私の娘のペトラです」

「ペ、ペトラじゃ」


 ペトラは下から窺うようにルクスを見る。

 対照的にルクスは見下ろすようにペトラを見る。その角度はまるで格下を蔑んでいるように映る。


「な、なんじゃ!?」


 ルクスの圧に押されたペトラが小さく威嚇する。


「なぁ、ギエール公、魔力のコントロールにはそれなりの覚悟と精進がひつようになるんだが…こいつ根性なさそうだけど大丈夫なのか?」

「なんじゃと!?父様ととさま、なんなんじゃこの失礼な奴は!?」


 ルクスの素直な感想にペトラは不快感を露わにする。

 ギエールはそんなペトラを宥めるようにルクスのことを説明する。


「え~とね、こちらのルクス君はペトラがみんなと一緒に暮らせるよう、魔力のコントロール方法を教えてくれる魔法の先生だよ。

 それと、ルクスは田舎で育ってあまり世の中のことを知らないようだから、ペトラはルクス君に世の中のことを教えてあげる先生になってあげて欲しいんだ」

「ワシが先生?なんじゃ、おぬしアホなんじゃな!」


 ペトラがさっきのお返しと言わんばかりに煽る。

 その発言にルクスの蟀谷がピクリと跳ねる。


「あ゛?お前は客が来てんのにビビって毛布に包まってる逃げ腰のひきこもりだろうが。知ってるか?挨拶する時には立つのが常識なんだぜ」

「ビビっとらんわ!」


 ペトラが掛布団を取っ払い、ベットの上に立つ。 

 ふわりとした赤みの強いブロンドの髪に、琥珀のような美しい瞳。肌はあまり陽を浴びることができなかったため白く、小柄な体格。小さな口からは八重歯が覗いている。


「こらこら、はしたないからベットの上に立つんじゃありません」


 ギエールがペトラを注意する。

 注意されたペトラは素直にベットから降り、腰に手を当てルクスの前へと進み出る。

 ベットから降りるとペトラの背の低さが余計際立つ。

 ルクスはギエールに不安をぶつける。


「なぁ、こいつ本当にオレより知識あるのか?」


 ギエールが入る間もなくペトラがくってかかる。


「今、ワシの背を見て言ったじゃろ!失礼な奴め!おぬし歳いくつじゃ!年下じゃったら許さん!土下座じゃからな!」

「14だけど。お前は?」

「なぁっ!?ムぅ……レディーに歳を聞くのは失礼なんじゃぞ!常識じゃ!」


 ルクスはペトラのことを鼻で笑う。


「レディーって。ちんちくりんのお前がか?」

「むうー。女の子にもダメなんじゃ!それとお前じゃない!ワシにはペトラと言う名があるのじゃ!」

「はいはい。ペトラな」


 元気に言い合うペトラを微笑ましく思いながらも、ペトラの魔力に耐え切れずギエールは膝をつく。

 ウェーネもしんどそうに汗を拭う。


「父様!?」

「大丈夫だよ。そ、それでルクスくん、依頼を受けてもらえるだろうか?」

「とりあえず魔力のコントロールは教える。第一印象よりかは根性ありそうだし。魔法に関しては…また別だ」

「ワシも先生やるぞ!このアホに常識というモノを叩き込んでやるのじゃ!」

「2人ともありがとう。何か必要なものがあったら遠慮なく言ってくれ」


 こうしてルクスとペトラはお互いがお互いの先生となった。

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