第24話 ウル・ドゥニージャ

「よーし!出発だー!気合い入れろお前ら!」

「「おう!!」」


 ドゥカスの号令に、休息を取った冒険者たちが気合い満々で応える。

 精神的にも肉体的にも完全に疲労が取れたわけではないが、日が既に傾き始めている。

 ドゥカスはウェーネの下へ駆け寄ると頭を下げる。


「すいません、休憩いただいてしまって。到着がだいぶ遅れちまいそうです。急ぎますんで!」

「構いません。ルクス様は気にしておられないので」

「ありがとうございます」


 出発の準備が始まったことを確認して、ルクスは馬車の屋根から飛び降りる。

 一行は公爵家までの道を急ぐ。疲れているからこそ野営は避けたいというのが全員の共通認識であった。

 一方、ルクスは初めての乗馬にご機嫌である。

 乗馬に際し、ウェーネと一悶着、二悶着あったがルクスがわがままを通した結果であった。

 ルクスの後ろに乗馬している見習いの女の子が話しかける。


「ル、ルクスだっけ?私アネル、よろしくね」

「ん、よろしく、アネル」


 アネルが何か喋ろうと口を開いた時、ドゥカスが馬をルクスの隣につけ並走させてくる。


「礼が遅くなっちまった。ありがとう、ルクス。助かった」

「いいよ、別に。オレだってあんたらの仕事にケチ付けちまったし」

「いや、あれは俺の判断ミスだ。プライドを捨てて最初からお前に頼るべきだった」

「じゃあ、お相子な」


 ドゥカスはキョトンとした顔をした後、声を上げ豪快に笑う。


「あーーーくそっ!俺も小せー男だな!」

「急になに?」

「まぁ、なんだ……魔道士ってのは選ばれた存在なんだ」


 チラリと馬車の方を確認すると、少し音量を絞って話を続ける。


「普通、魔力を持ってる奴ってのは俺たちみたいな持ってない奴を見下してる。大概の奴がそうだ。でもお前は違った。態度はでけーが見下してはない。それはわかる」

「?」

「つまりな……魔道士に見下されてるんだって俺が勝手に俺を見下してたって話だ」

「さっきからでてくる魔道士って?」

「え?えーとな、魔の道をゆく者だっけ?……要は魔法を使える奴らだ!……あれ?でも資格がいるんだったかな?」

「じゃあ、オレは魔道士ではない?」

「どうなんだろうな?魔道士でいいじゃねーか?それにしても、俺も初めて見たんだがよ、やっぱ魔道士ってのはすげーんだな!たった一人で戦況を変えちまう」

「大したことしてないだろ。ゴブリンとかいうのを1匹殺しただけだ」

「いやいや、お前にはわからんかもしれんがゴブリン1匹倒すのも俺たちにとっては命懸けなんだ。魔道士には一般人がどんだけ束になろうが敵わないなんて聞いてムカついていたが、意味が分かったよ」

「そう……ならオレはもっと強くならないと……」


 パトリア村での出来事を思い出し、ルクスは決意に満ちた暗い表情をする。


「そうか……色々あるんだろうが理由は訊かん。俺もお前に負けんように精進するさ!改めてみんなを救ってくれてありがとな!」


 ルクスの表情を見たドゥカスはあえて明るい笑顔を見せ持ち場へと戻る。

 ドゥカスがいなくなると今度はアネルがお礼を言う。


「あのさ、私もありがと。助けてくれて……」

「どういたしまして」


 アネルは落ち着きなくもじもじしており、まるで不審人物である。

 その様子はルクスも流石に気になる。


「なに?」

「へ!?えっ、えーと、ウェーネさん……ってどんな人?」

「さあ?今日会ったばっかだしよく知らん」

「そうなの!?……ど、どう思ってる?」

「?……めんどくさい。……なに?やっぱ冒険者はウェーネ苦手なの?」

「そうじゃなくて……ルクスって何歳?」

「たぶん14」

「たぶん?って14!?……わかってたけど、年下…………。そ、その~……年上とかってどう思う?」

「?別に。年とか気にしたことないけど?」

「ほんとに!?そっか……そうだよね!私ね──」


 その後、ルクスは目的地であるウル・ドゥニージャに着くまでアネルの自分語りに付き合うことになった。

 日が沈み、灯りが必要になった頃、ルクスたち一行は公爵家があるウル・ドゥニージャの裏門の前に到着する。

 ウル・ドゥニージャはこの一帯を治めるドゥニージャ公爵が住んでいる都市であり、魔族からの襲撃に備え都市全体を高さ5メートル程度の木柵の防壁で囲っている。


「お~お!」


 高さ5メートルになる巨大な鉄の門を、ルクスは体をのけ反らして見上げる。

 一行は門の前で一度止まる。

 ドゥカスが馬車の横へ寄り、ルクスにこっちへ来るようにジェスチャーする。


「ウェーネ殿、ウル・ドゥニージャに到着しました」

「そうですか」

「ルクス、馬車の中へ入ってくれるか?お前をあまり人目に晒したくない」

「なんで?」


 ルクスは眉を寄せる。


「公爵様からの依頼でな、あまり人目に付かぬようにと……まぁ、公爵様も断られた場合のメンツがあるからな。従ってくれると助かる」

「わかった」


 ドゥカスにそう言われルクスは素直に従う。


「すまんな。狭いだろうが我慢してくれ」

「その必要はない」


 馬車の中から声がするとフェミナが出てくる。


「フェミナ!?お前平気なのか?」

「問題ない。ルクスくんだっけ?馬を替わろう」


 ルクスはフェミナと交代で馬車へ入る。

 アネルは少し残念そうにしている。

 ルクスが馬車に入ったことを確認して、先頭の冒険者が門へ向けて灯りで合図を送る

 すると門の横に設置された守衛室から門番が出てくる。出てきた一人が、ドゥカスに気付き手を挙げる。

 ドゥカスも手を挙げ返すと、隊をその場に留めさせ一人で門番の下へ馬を進ませる。



「開門ー!!」


 しばらく待つと門番の声とともに巨大な門が開き始める。

 街に入ったルクスたちは再び待たされることになる。

 『フィールムベイス』のリーダーであるドゥカスが渋い顔をして馬車の扉をノックする。

 カーテンを閉めたままウェーネが応える。


「どうしました?」

「そ、それがその~……衛兵長のプラレスという男がいるのですが……そいつに顔見せがいるみたいでして……」


 ウェーネがカーテンを開ける。明らかに不機嫌である。


「なぜですか!?」

「ルクスはこの街に滞在しますよね?その場合、見慣れない人物は治安確保のため、衛兵に事情聴取されます。その際、衛兵長と顔見知りであれば面倒が減ると思うんです」

「ルクス様のためだと?」

「そうなりますね」

「わかりました。それで?どれくらい待たせるつもりですか?」

「それは、その~公爵様の客人であることは伝えてますんで、すっ飛んでくるとは思うんですが……」

「はぁ~」


 ウェーネは自分のせいではないとルクスにアピールするため大きく溜息を吐く。

 ドゥカスは公爵と街の治安に板挟みにされ非常に苦い顔をしている。何度も天を仰いだり頭を掻いたりして苦悶した後、意を決して提案をする。


「あの~よろしければなんですが、我々の冒険者ギルドに寄っていただけないでしょうか~……」

「はあ!?」


 ウェーネが蟀谷に血管が浮き出る勢いで威圧する。

 ドゥカスはまるで客先を怒らせた営業マンのように下手にでながら理由を話す。誇り高きレギュラー冒険者のリーダーの姿は形無しである。


「もう夜も遅いので、公爵様もお休みになられているかもしれないですし……その~一応ギルド長に顔を見せとしておくと、衛兵長同様に後々都合がいいかと……」

「あのですね!こんな時間になったのはあなた方がノロノロしていたのが原因ですよね!?それに、ギルドに来い!?挨拶ならそっちからルクス様の下に来るのが筋じゃなくて!?」

「いや、おっしゃる通りで……」


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