第22話 ゴブリン

 ルクスを乗せた馬車はあっという間にパトリア村を抜ける。

 公爵家へと向かう一行は、行きとは違い足取りが非常に軽快である。

 特にパトリア村より二回り大きな村で補給をした後は、『フィールムベイス』は土地勘があるため、ほどよく肩の力が抜けている。

 会話に花を咲かせながらも時折、同時に同じ方向を警戒する様は手練れの冒険者チームといった様子である。

 行きには閉められていた馬車のカーテンと小窓も、ルクスの要望により開け放たれている。


「……きれいだな」


 ルクスはポツリと呟く。

 深い緑の平原に黄と白の小さな花が咲き誇っている。

 爽やかな風が駆け抜け、小さな生き物たちが活発に動き回っている。

 パトリア村とはまた違ったのどかな景色。

 人の往来も多いのだろう、踏み固められ平らになった土は幅5メートル以上であり道として完成している。

 馬車の振動がかなり少ない。


「全体減速ー!」


 先頭の冒険者から号令が飛ぶ。

 それに合わせ隊列を狭めながら全体がゆったりと減速する。


「どうしたー?」

「前から武装した一団!他の冒険者かと!」

「了解!武装状況は?」

「完全武装です」

「全体一旦停止!」


 ドゥカスの停止指示により、ルクスを乗せた馬車は道の端へ寄り停止する。


「すみません。安全のため停止します」


 ウェーネが馬車から身を乗り出し、警戒した様子で前方から来る冒険者たちを目視する。

 つられてルクスも反対の小窓から確認する。

 遠目に見える冒険者たちは5人、10代後半の男女という非常に若いチームである。

 若い冒険者たちはルクスたちに気付きより慎重に周囲の様子を探っているが、チーム全体の動きがぎこちなく経験の浅さが露呈している。

 ルクスは興味を失い、馬車の中に引っ込む。

 ウェーネも同じ感想を持ち、ドゥカスたちが停止したことに疑問を持つ。


「減速ではなく停止ですか?」

「ええ、完全武装の冒険者が来たら情報を交換するのが鉄則です」

「なるほど……」

「それにどうやらあちらはやけに周囲を警戒しているように見えるんですよね……こちらも完全武装なんですが、あちらは隊列を狭めませんし警戒状態を解く気がないんでしょうね」

「敵対の可能性が?」

「どーでしょ。ないとは言えませんね。新人とは思いますが、あれが演技なら相当なもんですね……」


 ルクスたちが停まり敵対意思がないのを見て、前方の冒険者たちは不用心にも手を振りながら小走りでパタパタと近づいてくる。

 その様子に『フィールムベイス』は互いに顔を見合わせ、呆れたように肩を竦める。


「こいつは……」

「どう見てもド新人だな」

「お前ら一応気を抜くなー」


 そう仲間を注意するドゥカスも頭を抱えてため息をつく。


「止まれー!」


 マニュアル通り『フィールムベイス』が武器を構える。

 完全に気を抜いた緩慢な動きであるにも関わらず、若い冒険者たちは驚いて両手を挙げる。


「あ、あの!俺たちは怪しい者じゃなくて──」

「我々はレギュラー級冒険者。私がリーダーのドゥカスだ。見ての通り現在護衛任務中である。そちらは?」

「へ?あっはい!俺た、我々は冒険者見習いで、え~っと……お、俺はリーダーのトックです!」


 しどろもどろになりながら自己紹介するトックにドゥカスは冒険者の先輩として優しく応対する。


「そうか、トックか。ここでは何を?」

「はい!俺たちはギルドの任務でこの辺りの調査に来ました!」

「完全武装でか?」

「はい!最近この辺に魔物らしきものが出るそうなので!」

「魔物?」


 ドゥカスは確認のため仲間へと視線を送る。

 ドゥカスの仲間の一人が答える。


「確かにここ1年ほど魔獣及び魔族の動きが活発化しているという情報はギルドから伝達されてはいた。……けど魔物相手に新人を送り込むとは……」


 ドゥカスは視線を見習いに戻す。


「今ギルドはどうなっている?他の奴らは?魔物相手なんて調査であっても見習いの仕事じゃないだろう?」

「はい!なんか王都付近でも魔物が暴れたとかで、大半の先輩たちは王都に出稼ぎに行きました。他の人も各地の魔物騒動に対処しなければならないそうで、調査偵察は今俺たちみたいな見習いが請け負ってます」


 トックの言葉に『フィールムベイス』がざわつく。


「王都でも!?」

「どうなってんだ?」


 周囲の動揺の中、一人の冒険者が目の端で動く影を捉え、腕を横へ伸ばし全体に静かにするよう指示を出す。

 その後小声でドゥカスに指示を仰ぐ。


「リーダー!?」

「わかっている。目視できたか?」

「いや、正確には。恐らく赤だと思う……」

「トック!周辺調査してたよな。この辺の草木の高さは?」

「え?はい!1メートルないかと……あ、あの何が?」

「全体!即時警戒態勢!推定小鬼ゴブリン!数不明!」


 ドゥカスの号令とともに『フィールムベイス』は一斉に行動を開始する。


「馬車を道の中央に!」

「見習いは俺たちの中に入れ!」


 統率の取れた『フィールムベイス』は瞬く間に隊列を完成させる。

 馬車が停止して以降、暇となり中でうつらうつらしていたルクスは、周囲の気配が変わったことに気付き外へと身を乗り出す。

 辺りを見回すと近くにいた見習いに話しかける。


「なぁ、どうしたの?」

「きゃ!?」


 緊張状態の中、急に話しかけられた女の子は尻もちをつく。


「大丈夫か?」

「へ?あ、うん」

「それで何があったの?」

「ゴブリンがいるかもしれないんだって。危ないから隠れてた方がいいわよ」

「ゴブリン?」


 女の子の言葉にルクスは首を傾げる。


「え?きみゴブリン知らないの?倒せたら一人前と言われている魔物なのよ」


 ルクスがゴブリンについて詳しく聞こうとした矢先、ドゥカスから号令がかかる。


「見習いは近くの馬に乗れ!一気に撤退する!」


 ドゥカスは撤退の判断を下す。

 相手の正体も数もわからいない状態はかなり不利である。

 その上、今回の任務は護衛である。任務成功のためには危険はできるだけ避けることが鉄則である。

 更には見習いという重荷の存在。

 ドゥカスの撤退の判断は正しいものであった。

 しかし、撤退しようとしたその時、相手から引け腰の雰囲気を感じ取ったゴブリンが一体草むらから姿を現す。


「ギィギィギィギィ」


 注目を集め挑発するように棍棒をかざし、声を上げる。

 当然、ルクスの視線もゴブリンに注がれる。


「あれがゴブリン……」


 赤くブツブツとした皮膚に不格好な小さな角。目と鼻が大きく耳は尖っている。背が低く基本痩せているのに腹だけがポッコリと出ている奇妙なシルエット。

 なめしていないごわごわとした皮を腰に巻き、石でできた棍棒を手にしている。


「あれを殺せれば一人前だ!」


 挑発に乗せられた見習いの一人が短刀を構えると、ゴブリン目掛けて走り出す。


「やめろ!行くな!」

「待て!スタルト!!」


 ドゥカスとトックが同時に止めようとするがもう遅い。

 スタルトが草むらの中へ突っ込み棍棒をかざしたゴブリンに迫った瞬間、草むらに隠れていたゴブリンたちにより足を折られ倒れる。

 ゴブリンたちは倒れた獲物を逃がさない。

 スタルトから短刀を奪い取ると逃げられないように片足を切り落とし、殺さないよう頭を避けて一斉に殴りかかる。


「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 見習いの一人が取り乱して弓矢を構える。


「よせ!それは──」


 護衛たちが止める間もなく見習いは矢を射かける。

 矢はゴブリン目掛けて正確に飛ぶ。

 しかし、矢が刺さったのはゴブリンではなかった。


「ギャッギャッギャッギャッ」


 ゴブリンたちは瀕死のスタルトを盾に、その後ろであざけるように笑う。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああ!!」


 目の前で行われている仲間へ対しての残虐な行為に見習い4人はパニックを起こす。

 特に矢を射かけた子は絶望に飲まれ、弓矢から手を離し頭を抱えてしまう。

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