大切な人

第21話 門出

 一台の馬車がパトリア村に向かっている。

 重装備の冒険者が10人、一定間隔を保ちながら広範囲に展開して護衛している。

 会話は少なく、非常に物々しい雰囲気。

 全員が騎乗しているものの、辺りに細心の注意を払っているため行軍速度が遅い。


「うわっ!?」


 先頭にいた冒険者が声を上げる。

 全員が同時に足を止め、各々の武器を構える。

 即座に隊の陣形が馬車を中心に縮小する。

 目配せで互いに異常がないことを確認すると、冒険者のリーダーであるドゥカスが小声で状況確認をする。


「どうした?」

「いや、すまん。前方に魔獣の死体が……」

「──!?場所と数は?」

「場所はパトリア村全域、数は……不明。……ただ……」

「なんだ?」

「かなり数かと……」

「「!?」」


 隊全体が驚愕と不安に包まれる。


「お目当ての魔力があるという人物なんて本当にいるのか?」

「魔獣が大量に死んでいるなら、そもそも生きてないかもしれないんじゃ?」

「その人が魔獣を殺したのかもしれないだろ」

「それはそれでそっちの方が危険では?」

「見間違いの線は……」

「……ドゥカス……」


 ドゥカスはぐるりと隊全体を見渡す。

 警戒よりも士気の低下の方が後々足を引っ張ると判断したドゥカスは部下の不安を取り払うため、声を抑えることを止め、隊を鼓舞する。


「この先山道を抜ける!俺たちはこのままの陣形でパトリア村へ入ることとする!為すべきことは変わらない!総員、改めて気を引き締めろ!」

「「おう!」」


 外の雰囲気が変わったことを察した馬車に乗っている人物が、外の様子を確認しようと内側からノックする。

 辺りを警戒し慎重にドゥカスがノックで返す。


「ドゥカスさん、どうかしましたか?」

「仲間の一人が魔獣の死体を視認いたしましたので一時停止を」

「死体なのですよね?」

「はい。ですが、相当数あるようで……魔獣の死体の山を築ける者……やはり危険かと……」

「そうですか……ですが……」

「わかっております。レギュラー冒険者の誇りにかけてお任せを」

「お願いしますね」


 士気を上げた部隊であったが、村の前に来た頃には多くの冒険者の顔が蒼くなっていた。

 大量の汗をかき、呼吸が浅くなっていく。

 目の前には数える気も起きない魔獣の死体。冒険者たちにとって、ここはこの世の光景ではなかった。

 隊の異常を感じ取ったドゥカスが歩調を強め先頭に立つ。


「怯えるな!腰が引ければ後手を踏むぞ!不安ならば私語も許可する!」


 ドゥカスが先頭に立ったことで再び覚悟を取り戻した一団は、唾を飲んでパトリア村に踏み入る。

 村は無残に破壊され、100を超える魔獣の死体が至る所に転がっている。

 死体は全て焼けており、焼け焦げた匂いが辺りに充満し、腐臭は特に感じない。


「誰かいるかー!!」

「おーい!!」


 反応がないか呼びかけながら村を一団で探索する。


「この数……どうなってんだ!?」

「……まさに地獄だな」

「こいつらが生きてた方が地獄だろ」

「ちげーねー」


 自らを勇気付けるために冒険者たちはつとめて明るく振舞おうとする。

 それでも不安が拭い切れるわけではない。


「……けど……この地獄を作り出した化け物がいるってことですよね?」

「この世のどこかにはな!ここにいるとは限らん!」

「いたとしても我ら人類の味方であること願うぜ」


 そんことを言い合いながら、一団はわずかに建物の形状を残している孤児院の前で足を止めた。


「ここがラストですね」

「ふー、どうやら生きている魔獣はいないようっすね」

「最後まで気を抜くな。まだ任務完了じゃない!」


 ドゥカスが一歩踏み出る。


「誰かいるか!!」


 ルクスはドゥカスの声で目を覚ます。

 気怠けだるそうに体を起こすと、声のした方へと元気なく歩き出す。

 足取りがフラフラしており、散乱している瓦礫に躓く。


 カラン


 孤児院の中から聞こえた物音に冒険者たちの緊張感が一気に高まる。

 一時の静寂。

 だが、冒険者たちにとっては平静を保つことが難しい長い静寂。沈黙に耐えきれなくなった数名の冒険者たちが武器を構える。


「武器を下ろせ!刺激になったらどうする!!」


 ドゥカスが慌てて振り返り命令する。


「誰だあんたら?」


 全員の注目が逸れてしまった時に声をかけられた結果、冷静だったドゥカス含め全員が反射的に戦闘態勢に入ってしまった。

 孤児院から現れたルクスは当然その殺気を感じ取る。


「あ゛?」


 先日、地獄を経験したばかりのルクスは不機嫌を露わにする。


「……子ども……?」


 冒険者たちは声をかけてきたのが子どもだとわかり安堵する。

 気を抜いた冒険者たちをたしなめつつ、ドゥカスが一歩前へ出る。


「済まない。我々も気が張っていた故、許してくれないだろうか?」

「…………それで何の用?」

「我々はドゥニージャ公爵に雇われたレギュラー級冒険者チーム『フィールムベイス』、俺はこのチームのリーダーをしているドゥカスという者だ。」

「レギュラー級?何それ?」


 聞きなれない言葉にルクスは首を傾げる。


「知らないのか……レギュラー級とは冒険者のランクの一つだ。

 冒険者は[ビギナー][レギュラー][エース][レジェンド]の4段階にランク分けされてて、それぞれのランクに合った依頼を受けることが出来るんだ」

「じゃあ下から2番目?」

「否定はしない。

 ただ、レジェンド級はその名の通り伝説で一応用意されてるだけだそうだ。だから基本は3階級だと考えてくれ。

 それにエース級は王都にしかいないからな、レギュラーでも結構凄いんだぞ。

 この辺なら1番だと思ってくれていい」

「ふーん」

「それで君、名前は?」

「ルクス。で──」


 ルクスが名乗ったところで、『フィールムベイス』に囲まれていた馬車の扉が開く。

 ゆっくりと開く扉にルクスは言葉を止め、警戒するように目を細める。

 馬車からは若い女性が現れた。

 白い肌に後ろできれいに纏められた黒い髪、黒いロングの修道服に身を包んでいる。

 しかし、何よりも目を引くのは女性の目が紫色の布に覆われていることであった。

 女性はまるで見えているかのように『フィールムベイス』を避けてルクスの前へと歩み出ると、ひざまづく。


「わたくしはエカトール・ウェーネと申します。ウェーネとお呼びください。

 お目にかかれて光栄にございます。選ばれし御子、ルクス様」


 ウェーネが跪いたことに『フィールムベイス』全員が驚く。

 ルクスもウェーネの発言の意味を理解できない。


「御子?どういう意味だ?」

「神にお会いになられたのでしょう?」

「何のことだ?」

「私の目は少々特別でして、神に選ばれたかそうでないか判別できるのです」

「……」


 『フィールムベイス』はいまだ信じられないといった様子でお互い顔を見合わせる。


「……で……では、こちらの子どもが依頼の人物で……?」

「ええ、ルクス様で間違いないでしょう」

「依頼?どういうことだ?」


 話が見えずルクスは首を傾げる。

 そんなルクスにドゥカスが答える。


「先ほども少し話したが我々はドゥニージャ公の依頼でこの村に来た。

 依頼内容はこの村にいる魔道士をドゥニージャ公の屋敷に招くことと道中の護衛だ。

 ここにいるエカトール殿は魔法を扱える者を判別できるとのことで今回ドゥニージャ公に雇われ、我々に同行している。だから、エカトール殿の護衛も我々の任務に含まれている。

 という訳なのでルクス君、ドゥニージャ公の屋敷まで同行してもらえないだろうか?」

「いいよ」

「「…………!?」」

「?」


 即答したルクスに全員が停まる。


「そ、即決していいのか?」

「?なんで?会うだけだろ?」

「いやいやいや。貴族に会うってことはその後出されるであろう依頼、というか命令だな、それを受ける意思があるってことに他ならない。

 向こうも立場があるからな、断らせるわけにはいかん。力づくで依頼を遂行させるということも考えられるんだぞ?」

「そうなの?まぁ、いいよ。この村にはもう何も残ってないし、ちょうどよかったよ」

「……そうか……なら準備してこい。でき次第出発するぞ」

「準備するものなんてないよ」

「なら、出発だ。帰還するぞー!!」


 ドゥカスの号令で『フィールムベイス』が一斉に配置につく。

 ルクスはウェーネに手を取られ馬車に乗り込むと、パトリア村をあとにする。

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