第20話 一欠片

「こら!!ちゃんとみんなに謝りに行きなさい!!」


 母親が少年を叱りつけている。


「なんでだよ!俺悪くねーじゃん!イジメてたあいつらが悪いんだろ!」

「レン君もダイチ君もみんな怪我させて、アイちゃんは女の子なのよ!」

「男とか女とか関係ねーじゃん!イジメは悪いことだって言ってたろ!オレは間違ったことしてない!!」

「ちょっとあなたもなんか言ってやってよ!」

「父さんだってオレに、悪いことする奴は心の弱い奴だ!正しいことができる心の強い人間になりなさい!って言ってたじゃん!!」


 近くで言い争いをしている2人の様子を窺っていた父親は、急に飛び火したことによりバツが悪そうに頭を搔く。


「あー……確かにイジメはよくないことだな……」

「ほら!!」


 父親の言葉に少年は勝ち誇ったような表情を母親に向ける。

 対して、母親は圧を込めてキッと父親を睨む。


「た、ただな……今回はやり過ぎだ……やり過ぎは……ダメだぞ。ほ、ほら止めるように話し合うとかな……」

「何回も注意したよ!!でもあいつらバカだから止めねーんだもん!!」

「バカとか言わないの!怪我させたんでしょ!ちゃんと謝ってきなさい!!」

「なんでだよ!!オレ間違ってねーって!!」

「ほら、父さんも一緒に行ってやるから。謝りに──」

「もういい!!悪いことするなって言ってたくせに、悪い奴の味方する母さんも父さんも大っ嫌いだ!!」

「あっ!こら!!待ちなさい!!」


 理解してもらえないと分かった少年は、ドアを勢いよく開けて外へ走り去る。

 後方から聞こえる声を無視して、悔しさと歯がゆさを抱え、振り返ることなく近くの森の中まで走り続ける。

 森の中に入った少年は巨木に出来たうろで小さくなり、決して帰らないと心に誓う。

 そうしているうちに疲れからか、少年は静かに眠りに落ちる。


「「うわああああああああああああああああああああああ!!」」


 遠くから響く叫び声に少年は目を覚ます。

 寒さに体を震わせ両腕を擦る。辺りを見渡すと完全に日が落ちており、森の中には暗闇が広がっている。

 目を擦り視界がはっきりした時、村の方向だけ異様に明るいことに気づく。

 徐々に頭が起き始め、思考がしっかりしてくるにつれ、不安な気持ちが奥底から這い上がってくる。

 少年は村へ走っていた。

 夜の森は少年の急ぐ足を阻む。少年を森へ留めるように何度も何度も足を引っかける。

 泥だらけの少年が村に着いた時には全てが終わっていた。

 村には火が放たれ、家は荒らされ、辺りには抵抗しようとした者もいたのだろう、バラバラの方向を向いた村人たちの遺体が転がっている。


「……父さん……母さん!!」


 少年は不安に押し潰されそうになりながら自分の家へと走る。

 周囲に目をやり、父と母を探すが動いている人すら見当たらない。その事実が少年の不安を一層駆り立てる。

 家に着いた少年は絶望する。

 壊された家。血の池に倒れ込んでいる父親の姿。


「父さん!?父さん!!」


 うつ伏せに倒れた父親の元に駆け寄り、体を揺する。しかし、反応がない。

 必死になって父親の体を仰向けにする。

 少年は数歩後退りすると尻餅をつく。

 父親の体には肩口から腰まで深々と斬られた跡。少年は瞬時に自身の父が絶命していることを悟ってしまった。


「か……母さん?母さん!?どこ!?返事してよ!!」


 動揺に震える声で必死に母親を呼ぶ。


 ガサッ


 家の外で物音がしたのを聞き、少年は急いで外へ出る。

 物音の主は年配の男性であった。

 男性は重症ではあるがまだ息があり、必死に地面を這っている。


「おっちゃん!?」

「生きてたのか……ボン……よかった……」

「なぁ、どうなってるかわかる?何があった?」


 少年は今にも息を引き取りそうな瀕死の男性に質問する。

 今の少年には男性の容体を心配する余裕もない。


「ゴフッ……赤影団せきえいだん……有名な……盗賊集団だ……カハッ……奴ら……金どころか……子どもたちも女たちも……奪っていきやがった……ア……アミが……娘が……」

「奪っていったってことは、まだ生きてんだな!待ってろ!すぐにオレが取り返してきて──」


 男性は力を振り絞り少年を掴むと、血が出るほど下唇嚙みながら首を横に振る。


「ダメだ……死にに……行く……気か……」

「だけど──!!」

「あ゛……ありがとな……ボンは……優しい子……強く…………生きろ……」

「おっちゃん!?おっちゃん!!?」


 その日、少年は全てを失った。

 家族も、仲間も、村も、温もりも、生きる希望さえも。

 自宅で膝を抱え寝ず飲まず食わず、絶望の中ゆっくりと死を待つ。

 放置された村人の死体からは蛆が湧き、村中に腐臭が漂い、ハエが飛び回っている。

 それから4日後。


「どうだー?誰か生きてるかー?」

「こちらに生存者はいません!」

「こちらもです!」


 遠くから声が響く。


「キミ!大丈夫!?」

「だ……え……」

「生きてる!こちらに生存者一名!!かなり衰弱しています!!」


 4日ぶりに聞く人の声に少年は顔を上げる。

 目の前には軍服を着た女性が屈み込んでいる。

 その女性に介抱され、少年の空の胃袋が温かい食事で満たされてゆく。徐々に目に光が戻り、意識もはっきりしてくる。

 女性は優しく語り掛ける。


「もう大丈夫だからね」

「……おせーよ」

「え?」

「来んのがおせーよ!もうみんな死んじまったよ!大体、赤影団というのは有名な盗賊団なんだろ!?なんで野放しにされてんだよ!」


 少年は自らの発言がただの八つ当たりであると理解していた。そんなことをしても何にもならないことも。

 今にも溢れそうな涙を、怒鳴ることで必死に堪えている少年を見て、女性は自分のことのように苦しそうな表情で答える。


「ごめんね」

「──くそっ!」


 そんな女性の表情を見た少年はもう何も言うことが出来ない。

 冷たい地面に突っ伏して涙が零れぬように唇を噛みしめる。涙とともに腹の中に渦巻く感情が零れ落ちないように──。

 少年は復讐のため強くなることを誓った。

 2人の様子を近くで見ていた隊の長が全体に号令をかける。


「サクリ村での作戦を終了する!王都へ戻るぞ!シンショウ、その子はお前に任せる」

「はっ!」


 誰よりも悪を憎む少年は、一人の女兵士であるシンショウ・トワに拾い上げられた。



 遠くから声が聞こえる……。

 ルクスはゆっくりと目を開く──。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る