第18話 魔獣の正体
クエルは突然のルクスの動きに不安そうに質問する。
「ど、どうしたの?」
誰かの足音。
戦闘中、村の中に人がいる気配はなかった。
魔獣は全て片付けたはずである。
予期せぬ事態の連続にルクスの表情が瞬く間に険しくなる。
状況の把握ができていないクエルは不安そうにルクスの服を摘まむ。
「……クエル、一歩後ろに下がれ。誰かわからないがこっちに向かってきてる」
「え?でも……」
「そこにいるといざという時に動きが制限される。大丈夫。守ってやるから心配すんな」
「……わかった」
クエルは小さく一歩下がる。
その間にも足音は迷うことなく地下へ続く階段を下りてくる。
ルクスは左足を下げて重心を落とし、守るように左腕をクエルの前へとかざす。
「おや!もしかしてルクス君ですか?
おかえりなさい。顔が見れてうれしいですね。
もしかして、あなたが彼らを送ってくださったのですか?あれは心が痛みますからね~。ありがとうございます」
階段から現れた男からは一切の魔力が感じられない。
しかし、ルクスの背後にいたクエルがしゃがみ込み小刻みに震え始める。
「オース神父……であってるよな?」
「おや!私の名前を覚えてくれていましたか!うれしいですね~」
心からの笑顔でオースがルクスに歩み寄ろうと体を傾けた瞬間。
「動くな!!一歩でもそこから動いたらその瞬間てめぇを敵とみなす!」
ルクスが怒気を飛ばす。
「?何か気に入らない事でも?
私が何かしましたか?
ああ!もしかして何もしなかったから怒っているのですか?
それは申し訳ない。急用がありまして──」
「その手に持ってるもんはなんだ?薬か何かか?」
オースの右手には一本の注射器。
その中にオーラが目視できるほど、禍々しく強力な魔力を帯びた真紅に輝く液体が入っている。
指摘されたオースは自慢するように薬を掲げる。
「これに目をつけるとは!ルクス君、やはりあなたは素晴らしいですね!
これは
この薬いまだ未完成ですが、完成した暁には人という種族は新たなステージに到達できるやもしれない!いや、必ずや私が到達させてみせます!」
「新たなステージ?」
「その通りです!人が魔族に並ぶ、いや、超える存在となるかもしれない!
そう、この薬により人は新たな種族へと進化するのです!」
「進化?てめぇも魔神の御先とかいうやつか!?」
進化と言う言葉を聞きルクスの魔力が高まる。
その様子を見たオースが慌てて一歩踏み出す。
「ルクス君、魔力の放出をやめなさい!」
「一歩でも動いたら敵と見なすと言ったはずだぜ!」
オースを敵認定したルクスの魔力が一気に高まる。
直後、クエルが呻き声を上げながら苦しみ始める。
クエルの様子は尋常ではない。
小さく丸まり、頭を抱え込み、苦痛に耐えるように体を捻る。呼吸が荒く、時折痛みを誤魔化すように床に頭を打ち付ける。
「何をした!?」
ルクスは怒気を帯びてオースに問いかける。
「彼女が今苦しんでいるのはあなたの魔力が原因ですよ」
「なんだと?」
ルクスは半信半疑でありながらも発していた魔力を抑える。
だが、既にオースはクエルから興味を失い冷静になっている。
「かわいそうに……そこまで症状が進行してしまってはもう手遅れですね。
……残念です。せっかく素晴らしい才能の持ち主であったのに、こんな形でダメになってしまうとは……」
後半は会話ではなく、ブツブツと独り言のように呟きながらルクスに背を向ける。
追いかけて問いただしたいルクスであったが、今なお苦しんでいるクエルのことが気がかりとなり動くことができない。
「おい、待て!俺の魔力が原因ってどういうことだ!!」
「そのままの意味ですよ。やはりあなたの魔力は他人に干渉することが出来るようですね。
神に愛されたその力、非常に羨ましいですね~。
……しかし、クエルは何百年かけてやっと現れた外部魔力を制御できそうな子だったのですがね……本当に残念です。
ああ、別に責めてはいません。私が目を離し、時間を空けてしまったせいですから。また努力するのみです。
そうだ!クエルはあなたが送ってあげてください。その方がクエルも嬉しいでしょうから」
オースは足を止めて振り向き、穏やかに返答する。
オースの言葉が終わる直前、クエルの呻き声の質が変わった。
激痛に悶える声から唸るような声になり、体がビクンビクンと脈打つ。
「ウガ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!」
「クエル?クエル!?」
明らかに異常な状態に、ルクスは片膝をついてクエルに呼びかける。
「ア゛ガッグウウウウゥゥゥゥギア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ガッガッ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
「おい!どうなってんだ!!」
ルクスが振り返った時オースは既に姿を消していた。
ルクスはオースを追う訳にはいかない。目の前で起こっている状況がそれを許さない。
クエルの背中がボコボコッと膨れ上がると、肉が外へと押し出されるように体が肥大化し、全身に白く太い毛が生え揃ってゆく。
そのまま地下室の天井を突き破ると、煙の切れ目から月光が差し込む。
「こいつは……!?」
人の形に近い手に鋭い爪、全身を白い毛で覆われた腰の曲がった長毛犬のような姿。
「こいつは……前、村を襲った……クエルが…魔獣に…………送ってやれだと…彼ら?……なら…じゃあ…じゃあ……!!」
「キィィヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
「オォォォォーーーーース!!!」
今の状況が、オースの言葉の意味が、自身のしたことが、ルクスの脳内で結びついてゆく。
理解した内容を整理し呑み込みたいルクスであったが目の前の状況がそれを許さない。
魔獣となったクエルが容赦なくルクスに左手を振り下ろす。
叩きつけた振動により地下室の天井が瓦礫となって降り注ぐ。
「くっ、地形が悪い」
ルクスは床を強く蹴ると地上へと着地し、一つ呼吸するとクエルと相対する。
「ふぅーーー」
「グウウウウキィヤアアアァァァ!!」
クエルの先制攻撃に対し、ルクスは側面を取るように加速する。
側面を取ったルクスは両手に魔力を集中させ、クエルの脇腹めがけて突っ込む。
建物ごと薙ぎ払うクエルの腕を空中へ回避し、背中へと手をつくとクエルを元の姿に戻そうとする。
「動きながらだと効果が薄いのか!?」
クエルに変化はない。
目を青白く血走らせて、なおもルクスへと襲いかかる。
「じっとしててもらうぞ」
クエルの攻撃を回避しながら、赤黒い血液でできた糸を生成する。1本1本が蜘蛛の糸のように細い。
ルクスはクエルの間合いへと踏み込む。
攻撃をギリギリのところで回避しながら、何度もクエルの周囲を素通りする。
ルクスを捕らえることのできないクエルは咆哮しながら辺り一面に当たり散らし、瓦礫と埃が舞う。
準備のできたルクスはクエルからほんの少し距離を取ると、自らに繋がった糸を思いっ切り引く。
すると、糸が絡み合い編み込まれ太い綱へとなってゆく。その綱がクエルへ絡みつき、行動を制限する。
足を取られたクエルは地面へと倒れ込む。
すかさずルクスはクエルの上空へと飛躍すると、ルスヴァンが見せた要領で超巨大な鎹を生成する。そのまま7ヶ所地面へと打ち付け、クエルを固定する。
「グルルルル……」
「先生の技、見といてよかったぜ」
思い描いた拘束の形になったルクスはクエルを何とか元の姿に戻そうと、ゆっくりとクエルに近づき鼻先に手を伸ばす。
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