第17話 焼け落ちるパトリア村
魔人の御先の包囲を抜け、森に入ったルクスは振り返ることなく村へと走る。
かなりの速度が出ているものの全速力ではない。村へ着いた後のことを考えると力を使い果たすような真似は出来ない。
それでもルクスの心中は穏やかではなかった。
普段、何が起きても声色一つ変えることの無かったルスヴァンの声が、焦りを帯び僅かに高くなっていた。その事実がルクスに嫌な想像を働かせていた。
「ユーリス、お前がいるんだ……問題ねぇよな……」
村の様子を探るための魔力を感じることが出来ないどころか、光すら射さない紅黒城の口の中、微かに村からの音がルクスの耳に届く。最初は聞き取ることさえできなかった音が徐々に大きくなる。
パチパチと何かが弾けるような音、耳心地の悪い獣の咆哮と耳を覆いたくなるような悲鳴。
ルクスは強く地面を踏み込んで加速する。
次第に周囲の温度が高くなり、比例するようにルクスの呼吸も浅くなる。
長い暗闇の終わり、目の前に現れた光の中へ飛び込む。
勢いよく森を抜けたルクスの足が減速し止まる。
「────なっ!?」
ルクスの目に飛び込んできたものは、青い草木と土色の家や道のコントラストが美しい見知った景色ではなく、空までオレンジと灰に染まった景色であった。
混乱しているルクスは、何かに導かれるように行動を開始していた。
村の現状を把握するため見晴らしの通る紅黒城の口の最も近くに存在する
相変わらず獣の咆哮は鳴り響いているものの、悲鳴はもう聞こえない。
道は赤黒く染まり、無事な家は見当たらない。
空中を蹴り、物見櫓へと飛び乗ったルクスは村全体を見渡す。
家も農作物も家畜も全てが炭となり、周囲を囲む森や山にまで火が移り始めている。
3メートル近い大きさであるヤギの顔をしたサルの魔獣が、何百体も村を我が物顔で闊歩している。
黒く長い毛が全身を覆い、頭からは小さな4本の角が生えている。大きく丸い目は、破壊しつくされた村で今なお獲物を探すように白く光っている。
ルクスは違和感を覚えていた。
(至る所に血痕が残ってるってことはみんなバラバラに逃げたんだよな?
いや、魔力を垂れ流してるこの大量の魔獣を、ユーリスがそんな状況になるまで気付かないなんてことがあるか?あり得ない!
なら既にみんなどっかに逃げてる?
じゃあ、さっきの悲鳴はなんだよ!
そもそもこの魔獣たちの目的はなんだ?なんでこの村を襲った?さっき奴らが操ってんのか?
あーくそっ…落ち着け、落ち着け……)
ルクスはやるべきことに集中するため、拳を口に近づけ大きく深呼吸する。
一呼吸置いたところで、ルクスを影が覆う。
背後から飛び掛かる魔獣の攻撃を躱すと同時に、生成した赤黒い刀で真っ二つにし、物見櫓から降りる。
近くにいた他の魔獣たちが警戒声を上げる。
それを引き金に魔獣たちが四方八方からルクスへ向かって襲い掛かる。
「ふっっ」
正面から突っ込んできた一体を切り伏せる。
即座に振り返り、同時に襲い掛かってくる二体を僅かに後方へステップを入れることにより間合いを保ちながら処理する。
ルクスは周囲の魔力を感知することにより前後左右上下の状況を把握し、死角外からの攻撃も的確に対処してゆく。
それでも百を超える圧倒的な数と一切衰えることの無い魔獣の猛攻にルクスの体力も精神も徐々に削られてゆく。
体力が削られることにより、最初の頃は一撃で仕留められていた攻撃が二撃、三撃と必要になる。一体あたりに必要な攻撃が増えれば増えるほど体力の減りは加速し、隙も生まれるようになってゆく。
ルクスは近辺に魔獣を操ることのできる魔神の御先の仲間が潜伏している可能性を警戒していた。
(戦闘中に周囲の気配を探っても人っ子一人いる気配がねぇ。にもかかわらず、魔獣はパトリア村から移動する気配がない。理由はなんだ?)
常に周囲を警戒しそんなことに思考を割きながらも、まだ掠り傷一つ負うこと無く全ての攻撃を捌いていた。
不意に魔獣の攻撃を捌いていたルクスはある事実に気付く。
(こいつらオレを村から逃がさないように村の外から中心に追い立てるように攻撃してんのか!?──上等じゃねぇか!!)
ルクスは魔獣たちがパトリア村から離れない理由、そして身を潜めているかもしれない魔人の御先を探すように、辺りに目を配りながら回避優先で戦闘し続ける。
そして、孤児院が視界に入った瞬間にルクスの脳裏に希望の光が差す。
(孤児院の地下にはシェルターがある!なるほどな、みんなそこに避難してるってわけか。だったら、とっととこいつら掃除するか!)
ルクスは一匹、また一匹と徐々にヒツジの頭にサルの形をした魔獣を減らしてゆく。
「こいつでラスト!」
襲い掛かってきた全ての魔獣を駆除したルクスは、安全確認のため再度村全体を見渡す。
木造であった建物は多くが崩れ落ち、勢いよく燃えていた火は二酸化炭素の充満により沈下しつつある。日が落ちた暗い空を覆う分厚い煙が、人の声も獣の咆哮も虫の音すらもしない無音の空間に妙にマッチしている。
「一匹も残ってねぇな……おしっ、孤児院の地下行くか!」
孤児院の地下に繋がる礼拝堂、ルクスは警戒していた。
孤児院の地下から微量ではあるが魔力が感知できる。
「ユーリスの魔力ってこんなんだったか?」
真っ暗な礼拝堂を警戒しなが進むルクスの目に、礼拝堂の床から薄っすらと明かりが漏れているのが見える。
「やっぱし!」
村の住人は地下室に逃げていたという希望を得たルクスは、小走りで地下へと降りてゆく。
「え!?」
しかし、地下には1人しかいなかった。
動揺したルクスは思わず渡りを見渡す。だが、やはり他に誰もいない。
いるのは恐怖からかカタカタと小刻みに震えている少女だけ。その少女からルクスが警戒していた魔力が感じ取れる。
「…………クエル?」
「どう……あたし……せい……ちが……あい……おー……せい……でも……せい……よう……よう……」
孤児院の地下で膝をついて震えているクエルは一人小さな声で何かを呟いている。
ルクスの足はその場で完全に止まってしまっている。
「ぐっ!?ううゥ……いぎッ……うううううううううぅぅぅぅぅぅゥゥゥゥッ!!」
クエルは突如頭を押さえて呻き始める。
「クエル!?」
警戒していたルクスであったがその様子を見て慌てて駆け寄る。
クエルの側に片膝をついてしゃがみ、背中を軽く叩いて自分の存在を気付かせる。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ!!!──違う違う違う違う違う」
驚いたクエルは飛び退くと触れたのが誰かを確認することなく、膝を抱え顔を伏してブツブツと呟きながら震え続けている。
「クッソ!混乱してんのか!?」
情緒不安定となっている状態のクエルから状況を聞こうとルクスは穏やかに声をかける。
「落ち着いてくれ、クエル。何があった?」
「違うの!あたしこんなこと考えてなかった!あいつが!!」
「あいつ?クエル、クエル!一旦俺の話を聞いてくれ!」
「ごめんなさい。ごめんなさい!ごめんなさい!」
「俺のことを見ろ!!」
ルクスはクエルの顔に両手を添え、強制的に目を合わせる。
真剣さが込められた強くまっすぐな瞳がクエルの意識を捉える。
「ル、ルクス?ルクス!?ウソ!?本物!?」
「とりあえず深呼吸しろ。またパニくられたら困る」
「ご、ごめん」
クエルは小さく深呼吸をする。落ち着きを取り戻したクエルは、ほんのり頬を赤らめチラチラと視線を合わせながらはにかむ。
「落ち着いたか?」
「ちょっとドキドキしてる」
「……そうか…何があった?ゆっくりでいい順を追って話してくれ」
「目が覚めた後、あたしの中に今までと違う感覚がある気がしたの。だから魔法が使えるかもって院長に相談したの」
「院長に?」
「うん。だってルクスもユーリスも魔法が使えるし、相談するなら院長がいいのかなって」
「俺たちは院長に言ったことはないんだが……まぁいい、それで?」
「……そしたら話を聞いてたグローディにオース神父に相談するといいって言われて」
「オース神父?」
「そう。あいつが!あいつとグローディが村の皆に薬を──」
クエルの感情が再び大きく波打ち始めたのと同時に、急にルクスが立ち上がり階段の方へ振り返るとクエルを守るように身構える。
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