第16話 悪夢を運ぶ来訪者

 模擬戦に負けたルクスは自身の血肉とするため、冷静にルスヴァンの能力を分析する。


「なぁ先生。さっきのあれ、魔力の身体強化に加えて心拍数や血流を操作してさらに加速した、でいいんだよな?」

「基本はそうじゃな。

 それと同時に、酸素と同じ要領で魔力を血液に乗せて細胞一つ一つに送りこんどる。結果、ワシの体は柳の枝以上のたおやかさと、鋼以上の強靭さを手に入れておる」

「なるほどね~。同じ魔法でも色んな使い方が出来るのか……」

「ワシと同じことしようとするのはやめた方がええぞ」

「なんで?」

「心拍数や血流の操作は体にかかる負荷が莫大じゃからな、普通の人間じゃ間違いなく体が持たん。無理に使えば命を縮めるぞ」

「そういうことね。だったら問題ない」


 ルクスは体を起こそうとする。

 気付いたルスヴァンが腰を上げ、拘束を解く。

 立ち上がったルクスの体の傷がみるみるうちに元通りになってゆく。


「オレは普通とはちょっと違うからな」

「前にも何度か言ったがその力はかなり危険じゃぞ。

 治癒魔法はただでさえ希少で戦争の火種にもなり得る魔法じゃが、おぬしの魔法はそれどころではない。ワシの長い人生の中でも初めて出会ったモノじゃから正確かはわからんが……ワシの見立てでは大事では済まん魔法じゃ。安易に使用せぬ方がよい力じゃぞ」

「分かってるって!耳にタコだよ。

 武器生成同様うまく誤魔化せばいいんだろ?

 平気平気!

 それよかさ、他にもなんか教えてよ」

「これも前から言っとるが、ワシは誰かに魔法を教わったことはないんじゃから、教えられることも限られておるんじゃ。

 色々知りたくば他の、から教わるんじゃの」

「ちぇッ、ケチババアめ…」

「おい、ワシの耳は遠くなっておらんぞクソガキ」

「イデッ!」


 ルスヴァンはボッソっと悪態をつくルクスの脳天に拳骨を落とす。


「王都にリテラ・アルファスと言う奴がおるはずじゃ。魔法について詳しく知りたくばそ奴に聞け。確か学校の先生かなんかやっとったはずじゃ」

「強いの?」

「今のおぬしじゃ火の粉にもなれんよ。ワシの名前を出せば無下にはせんはずじゃ、気が向いたら訪れてみぃ」

「ふ~ん」

「ああそうじゃ!昔、リテラから一つだけ魔法を教わったことがあったわい。久しく使っとらんかったから忘れておったわ」

「どんな魔法!」


 その言葉にルクスは子犬のように食いつく。


「なんとも皮肉な魔法じゃよ。

 弱者が強者に一矢報いるために開発された魔法じゃったんじゃが、弱者には修得難易度が高くてな。弱者と強者の間に更なる絶対的格差を生んでしまった魔法じゃ。

 ただ、この魔法を知らん強者に対しては逆転の切り札にもなり得るから一概に元の目的から外れた魔法とも言えんかの」

「つまりその魔法を使える奴は強者ってわけだ」

「端的に言うとそうじゃな。……まぁ強者の中にも修得できないものはおるじゃろうがな」

「どうすればできるようになる?」

「言葉では説明できん。見て感じて学ぶしかあるまい」


 ルスヴァンは両手で印を結ぶ。


〈──閉錠──〉


 ルスヴァンの詠唱に、ルクスは期待と緊張の中、一つも見逃すまいと全感覚を研ぎ澄ます。

 しかし何も起きたように感じない。


〈──禍福魔牢かふくまろう──〉


 気を抜きかけたルクスは目の前で起きた現象に目を丸くする。

 先程までの見慣れた光景が一変、別の空間へと変貌している。


「なっ!?どうなって──」


 何が起こったかわからず、ルクスは周囲をキョロキョロと見渡す。


「カッカッカッ。気持ちいくらいに驚いてくれるのぉ。見ての通り禍福魔牢は〈自身を中心として空間を召喚する魔法〉じゃ。

 外部から中の様子を確認することはできず、干渉を受けることも一切ない。

 脱出する方法は発動者が魔法を解くか発動者の意識を奪うかの2つじゃ。

 欠点は中からも外の様子を確認できず、干渉することもできないことじゃの」

「なるほど……それだけじゃないだろ?

 それじゃ切り札と言えるほどの魔法じゃない。今の説明じゃ弱者が強者にワンチャン作るのは無理だ」

「その通りじゃ、この魔法の有用なところは空間に引きずり込む対象を任意に選択できること。つまり、強制的に一対一に持ち込み時間を稼いだり、雑魚を先に処理したりすることが出来るということじゃ」

「任意?発動者も効果選択に入るのか?」

「いや、ワシも1人で色々試したんじゃが残念ながら発動者は必ず禍福魔牢の中じゃ。

 そして、禍福魔牢最大の能力は魔牢内の魔素が発動者の色になることじゃ」

「発動者の色?」

「そうじゃ。空気中に存在しておる魔素は無色透明じゃ。その魔素を取り込み体内で自分の魔力性質に変換することで魔法を発現しておる。

 じゃが、禍福魔牢では空気中の魔素が自分の色に変わる。つまり、魔素を取り込む過程を要さずに魔法を発現可能ということじゃ」


 そう言うとルスヴァンはほんの少しだけ指を動かす。

 次の瞬間、ルクスは無数の血の刃に囲まれたいた。


「マジか、反応すら出来ないのか……」

「この空間は今ワシに有利の魔素で満たされておる。単純にワシは普段より強い上に、おぬしは普段より弱い」

「弱体化してんの!?」

「当然じゃろ。おぬしの味方をする魔素がない以上、魔力が下がるのは必然であろう?」

「……確かにコイツは切り札だな」


 ルクスが満足したのを見て、ルスヴァンは禍福魔牢を解く。


「ああそうじゃ、忘れとった忘れとった。

 禍福魔牢は消耗が激しくての、連続発動できるような代物じゃないから発動は慎重に──」


 説明を中断してルスヴァンは一点へと視線を飛ばす。

 釣られて、ルクスがルスヴァンの視線の先へと目線を送る。


「何者かが森を進んできておる」

「!?……近いのか?」

「どうじゃろうな。気を抜くな、少々面倒かもしれん……」

「……なんも感じないけ──」


 濃色こきいろのローブを羽織った集団が音もなくヌルっと森の中から現れる。


「おや?気付かれていましたか」

「何者じゃ?おぬしら」

「我々は魔神の御先アポスト。神命を受け人類に進化を促す者です」

「森を抜けてきたということはワシに用があるのじゃろ?何用じゃ?」

「あなたは人類の進化の妨げとなる厄介な存在。故に、ここで静かにしていていただく」


 魔神の御先はルクスとルスヴァンを逃がさぬよう、取り囲む形で散開する。


「前あった奴らの仲間か?」

「……はて、何のことでしょう?」


 ルクスの疑問に魔神の御先は少し考えてから返答する。


「よくわからんが違いそうじゃの。まぁいずれにせよワシの敵じゃろ?」


 魔力を練り始めた2人であったが、ルスヴァンは目を見開くと視線を魔神の御先から外す。

 そして、ルクスに指示を飛ばす。


「ルクス、おぬし村まで全力で走れ」

「な!?オレだけ逃げろってのかよ!」

「そうじゃない!!村がマズいやもしれん!」

「!?」

「ワシがサポートする。おぬしは全力で村へ向かえ。──行け!!」

「チッ!」


 ルクスは全力で森の前に立っている魔神の御先の1人へ突っ込む。

 相手は突撃してきたルクスを仕留めようと腰を落とし構える。

 その瞬間、ルクスの背後で死角となっていた無数の血の糸が獲物を貫かんと一気に襲い掛かる。

 咄嗟に両腕で致命傷となる急所を守り、何とかルスヴァンの攻撃を回避した相手を横目に、ルクスは勢いを落とすことなく森の中へと突入する。


「しまった!」


 ルクスを逃がした相手が体を翻し、ルクスを追おうとした瞬間。


「ばかやろう!!」


 体を翻した者の首が地面へと転がり落ちる。


「ワシを無視してルクスを追おうとは……ワシそんなに弱く映るかの~」

「くっ!?総員気を抜くな!!」

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