第15話 先生との本気の模擬戦
朝、森の中を抜けてくる暖かな陽射しに照らされてルクスは目は覚ます。
ゆっくりとベットから離れると、クローゼットから大きさの合っていない服を身に着け、寝室を静かに出る。
寝室を出るとすぐに掃除を始める。隅から隅まで掃いて拭いて汚れ一つない状態に家を保つ。
家を綺麗にしたら次は洗濯である。家のすぐそばにある薄っすら緑の混ざった
洗濯物を干したら、次は料理である。夕食の仕込みと昼食の作り置きを完成させ、朝食作りに移る。トーストにサラダ、ハムエッグにチーズを用意し、コーヒーを淹れる。
全てが終了した段階でルスヴァンを起こしに寝室へと戻る。
これが現在のルクスの毎朝のルーティーンである。
「先生!朝だぞ、起きろ!」
「う~ん……」
眠そうに目を擦りながら上半身を起こしたルスヴァンに、ルクスは乱雑に服を投げて寄こす。
「さっさと服着て、起きて来いよ。朝食冷めるぞ」
そう言うとルクスは再び寝室から出る。
ルスヴァンも服を着て後を追うように寝室を出る。
朝食が並べられているテーブルにルスヴァンが腰を掛けると、ルクスは薄っすらと湯気が立っているコーヒーを差し出し、自身も朝食が並べられている対面の席に腰掛ける。
食事中は特に会話があるわけではない。
そもそも1年間も何もない森の中で2人で過ごしているため、すでに話題が尽きている。かと言って気まずいわけではなく、この状態が日常となっていた。
食事が終わるとルクスが食器を片付ける。
そして2人して家の外へと出る。
「それじゃいつも通り──」
「ちょっと待て。あんた今のオレがどのレベルにいるか把握できてないだろ?もう一度オレと勝負してくれ」
「……。どの程度基礎が出来てるか見せてみぃ。合格なら相手をしてやろう」
ルスヴァンは付いてくるようジェスチャーし、泉の方へと歩を進める。
しかし、ルクスはルスヴァンについて行かず、その場に立ち止まったままである。
そんなルクスの様子に気付かずに、ルスヴァンは指示を出す。
「まずは水の上を歩いてみぃ」
「やっぱなんも把握してねぇよ、先生」
そう言われ、ルスヴァンは振り返る。
ルクスはまるで見えない階段がそこに存在するかのように、空中を昇り始める。そして、ルスヴァンを完全に見下ろせる位置で不安定さ一つもなくピタリと止まる。
「自然に存在してる魔素を掴む技術なんて
「……まったく……おぬしに驚かされるのは何度目かのぉ」
「ついでだから見せてやるよ」
ルクスは地面擦れ擦れで勢いを殺しフワッと着地すると、右手を軽く突き出す。
その直後、赤黒い血液がルクスの手から噴き出す。
その血液は、剣、槍、槌、鎌、針、手裏剣、杖、扇と次々に形状が変化していく。ルクスは遊ぶようにクルクルと手元で回しながら完璧に操って見せる。
「どうだ、
ルクスは小憎たらしい笑顔で自慢げに魔法を操作し続ける。
「なるほど……よかろう。その鼻っ柱折るとするかのぉ」
「うっしゃ!」
ルスヴァンが戦闘を認めたことでルクスの目がキラリと鋭く光る。
ルクスは5メートルほど後方に飛び退き、無邪気に構えをとる。
しかし、ルスヴァンの様子を見てその表情がスッと曇る。
「はぁ~」
ルクスは大きくため息を吐くと正面から一気に突っ込む。
低い体勢から一切の容赦なく高速で打ち放たれる拳。
ルスヴァンは余裕を持って反応し、拳を打ち落とすと同時にカウンターで掌底を飛ばす。
ルクスも即座に反応し、打ち放たれる攻撃を回避すると滑らかに自身の攻撃へと繋げてゆく。
互いにフェイントを織り交ぜる駆け引きを行いながらも、常に残像が残るほどの徒手攻防。一瞬の判断の遅れが敗北へと誘う。
ルスヴァンはなおもルクスを過小評価していたことを思い知る。
ルクスが全力で挑んできたとしても魔力のみで圧倒できると考えていた。それが互いに魔力のみの徒手戦で互角どころか押されつつあった。
「くっ」
振り下ろされたルクスの上段への攻撃を受けた次の瞬間、ルクスの体勢が下へと沈み込み拳が顎を目掛けて突き上がってくるのを目の端で捉える。一瞬遅れて反応し、先程受けた手を振り下ろすように受けの体勢を間に合わせる。
が、打ち込まれるはずの衝撃が来ない。どころか下方にいたはずのルクスがいない。
視線誘導によりルスヴァンの視線が下がり、攻撃を受けるために下ろされた手が視線を遮る一瞬をルクスは見逃さなかった。
ルスヴァンがルクスを見落とすタイミングで空中へと跳ね、渾身の後ろ回し蹴りを叩き込む。
血結魔法により超高速でルクスの攻撃を防いだルスヴァンであったが体制が十分でなかったため後方へと大きく吹き飛ばされ、地面を削りながら踏み止まる。
対照的にルクスは軽やかにその場に着地する。
「もう準備運動はいいだろ?」
「フフフ。まさか純粋な魔力勝負で押し負けるとはのぉ」
「だったら──」
〈──サングイスサルターレ──〉
ルクスは無意識のうちに戦闘態勢をとらされていた。
ルスヴァンの圧力が明らかに増し、周囲の空気がピリピリと振動し始める。
ルクスは呼応するように魔力を一気に練り上げる。
ルクスの集中力が上がるにつれて瞳孔が縦に細く絞られる。一つ大きく呼吸をすることにより肩がゆっくりと上がりゆっくりと下がる。
さっきまでとは一変、まるで今から命の取り合いをするかのような空気感の変貌にルクスの頬を汗が一筋伝い顎に溜まる。
束の間の静寂。
ルクスの視界からルスヴァンが消える。
一瞬でルクスの側面に移動したルスヴァンの重く鋭い一撃が顔面目掛けて放たれる。
ルクスはその速度にも反応し、攻撃を両腕で受けながら距離を取るために後方へ飛び退こうとする。
「がっ」
が、間を置かずに放たれた蹴りがルクスの横腹に突き刺さる。深く突き刺さった蹴りは体を抉り、血が噴き出る。
横に大きく吹き飛んだルクスは空中で即座に体勢を立て直す。赤黒い刀を魔法により生成し、一直線に距離を詰めてくるルスヴァンに向かって振り抜く。
ルスヴァンは跳び箱のようにルクスの頭を軸にその刀を躱し、交差際に大きなトンカチを血結魔法により生成し、自身を追いかけ振り向くルクスの体表を滑らせるように顎へ目掛けて振り上げる。
刀を振り抜いた勢いのまま振り返ったルクスは顎に迫る脅威に辛うじて反応するも、ガードした両腕が跳ね上げられ、体が空中へと浮く。もろにトンカチを受けた左腕は拉げ、苦痛に顔を歪める。
無防備になった胴体を見逃すことなく、ルスヴァンの一撃が加速する。
ルクスは魔力で魔素を掴むと空中を蹴ってエビのように体を折り勢い良く後方へと飛び退く。
100メートル近く飛び退き着地した瞬間、右膝が落ちる。慌てて支え棒を生成し体勢を支え、右脚へと視線を落とすと血の釘が太ももに突き刺さっている。
「がはっ!?」
思考する間もなくルスヴァンに頭を掴まれ地面へと叩き付けられる。
そのまま両手足と首を血液の
「詰みじゃの」
「くそっ……!!」
ルクスは悔しさを言葉にはするも、敗北を受け入れ全身の力を抜く。
「カッカッカッ。まだまだ勝ちを譲るわけにはいかんよ。それでも、その成長スピード、末恐ろしいのぉ」
ルスヴァンはご機嫌で下敷きになっているルクスの頭をペチペチと叩く。
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