第14話 ユーリスの旅立ち
いつも通り、早朝の巡回を終え孤児院で皆の朝食の準備をしている最中の事であった。
ケンが大きな声でユーリスを呼びに走ってくる。
「ユーリス!ユーリス!!ユーリスに会いに誰か来てるぞ!!」
「どんな人?」
「わかんない!けどなんか偉い人っぽい!」
「偉い人?」
心当たりのないユーリスは訝しそうに孤児院の扉を開ける。
外には高級感溢れる馬車が2台と皺一つない黒のスーツを身に纏った男女2名、その後ろにしっかりと練兵された10名以上の護衛が周囲を警戒するように並んでいる。
ユーリスは余所者に興味津々の子どもたちを後方に下がらせて一歩前へ出る。
その様子を見て、スーツの女性の方がユーリスに話しかける。
「
「そうですが、何の用ですか?」
その返答を聞いたメリーディアとポストスは右足を後ろにスッと下げて優雅に深々と一礼すると、腰を軽く折ったまま顔を上げ最大限の敬意を示しつつ本題に入る。
「ユーリス様が魔法の才をお持ちであると聞き及びまして、我々はミラリアム王国王都ウル・ミヤブスより参上させて頂きました」
王都から使者であるということが判明し、周囲には動揺が走る。
「王都の使者だって……」
「マジかよ……」
「ユーリスさん何かしちゃったのかしら?」
「まさか!ユーリスさんが問題起こすようなことするはずないでしょ!」
「ちょっと!みんな落ち着け!」
周囲の人間がお互いに顔を見合わせ様々な考察をする中、ユーリスは王都からの使者の次の言葉を待っていた。
使者もこういった状況には慣れており、気にすることなく周囲の声量が多少落ち着くのを待って話を続ける。
「単刀直入に、ユーリス様は魔道士にご興味はございますか?」
「魔道士?」
「ご存じございませんか?魔法を操りその道を歩む者。魔道士は魔法の才覚持つ選ばれた方のみが付くことを許される職業でございます。その頂点である宮廷魔道士ともなれば我がミラリアム王国では王族の次に尊い存在であり、様々な公的支援や免除を受けることが出来ます」
降って湧いた都合の良い誘い。
ユーリスが警戒しないはずがなかった。
「この国に置いてそれほど凄い存在であるならばかなり有名だと思うのですが、誰一人一度も耳にしたことがないのは何か理由があるのでしょうか?」
「魔法というモノを認知してすらいない国民もいるほど、魔法の才を持つ方は少ないのです。その中で更に魔法に秀でた方がなる職業が魔道士ですから、母数がかなり少なくお会いすることは滅多にないかと……。それに、この辺は魔族による被害が極端に低いですから、魔道士が派遣されることがなかったのでしょう」
「魔族の被害が少ない?1年程前に魔獣の被害がありましたが、魔道士などという存在は現れませんでしたが?」
「誠でございますか!大変申し訳ございません、その魔獣の被害に関してはこちらで把握が出来ておりませんでした。しかしながら、他の地域では頻繁に魔族の被害を受け魔道士の常駐が必至となっている場所もございます。失礼ながら、1年に1度魔獣被害があるかないかというのはかなり少ないのです。それでも魔道士の数が多ければ、対応できる可能性がより上がります!魔道士を目指しては頂けないでしょうか、ユーリス様!!」
「……」
ユーリスは迷っていた。
いずれは王都に出て魔法を活かして生計を立てようとは考えてはいた。
王都には魔道士という職業があり、待遇もかなり良い。飛びつかない理由は基本ない。それでも、魔道士というモノのイメージがついていないこと、そして唐突な申し出であることから足踏みをしていた。
「ユーリスはいずれ王都へ出るっていつも言ってたろ!何今更日和ってんだよ!」
「そうだぜ!最近、かっこよくなってきたんだから、だせー姿見せんなよ!」
「私たちが心配だから王都に行けないとか言い出したら承知しないからね!」
「「そうだ!そうだ!」」
迷っているユーリスの背中を孤児院の子どもたちが押す。
その口の悪い鼓舞に押され、ユーリスは覚悟を決める。
「魔道士というのは、なると言えばなれるものなのですか?」
「おお!目指していただけますか!感謝いたします!我がミラリアム王国で魔道士になるにはミラリアム魔道学院を卒業していただく必要がございます。ですので、ユーリス様にはまずミラリアム魔道学院にご入学いただくことになります」
「ミラリアム魔道学院?」
「はい。我が国唯一の魔法専門の学院でございます。いくら魔道士の数が少ないとはいえ、実力のない者を魔道士と認めるわけには参りませんので……」
「なるほど、振るいという訳か」
魔道学院には自分と同じく魔法を使える者がいる。覚悟を決めたユーリスは魔道学院への期待感と高揚感に包まれていた。
そんなユーリスの様子にメリーディアとポストスの2人は安堵と達成感のある表情を浮かべていた。
「それではユーリス様、ご出立はいつになさいましょう?」
「必要なものはありますか?」
「いえ、特には。何か必要なものがございましたらこちらで準備させていただきますので」
「そうですか、ならすぐに行きましょう」
「よろしいのですか、別れのご挨拶などしなくて……見たところユーリス様は大変慕われているご様子ですが……」
「あなた方がこの村に来た段階でほとんどの人がここに集まってますから、それにそちらもそのつもりでこんな早朝に来たのでしょう?」
「いやはや、これはこれは……かしこまりました。ではすぐに出発の準備をしましょう」
そう言うとメリーディアは、御者と護衛に指示を出し、出立の準備を始める。
ユーリスと王都の使者の会話が落ち着いた途端、ユーリスは一斉に村の人に囲まれる。
「ユーリスさん寂しくなりますわ!」
「私たちの事覚えていたくださいね!」
「ユーリス頑張ってね!」
「ユーリス!お土産よろしくな!」
疎外感から早く一人前になりこの村を出たいと考えていた1年前では予想もできなかった、村の人達の暖かな声。
勇気を出し積極的に人付き合いをしてきて良かったとユーリスは今の喜びを噛みしめていた。と同時に、この村を発つことに後ろ髪を引かれていた。
「ユーリス、いつでも帰ってきて良いからな。笑顔だろうと泣き顔だろうとな。この村がある限り、お前の居場所がなくなることはないからな」
「……はい。……ありがとうございます!」
ユーリスは口をキュッと結び、深々と頭を下げる。
「行ってきます!」
ユーリスは寂しさを誤魔化すため満面の笑みで返すと、出立の準備が出来た馬車に乗り込む。
背中を押すように村人たちの声援が響き続ける。
村を出て、土を踏み固めただけの街道に入った所でユーリスは目を見開く。
「すいません!少し止まってください!」
街道を外れた林の中に、1年間顔を合わせることの無かったユーリスにとって特に大切な人の姿がそこにはあった。
「ク……クエル!?」
「ユーリス?久しぶりね」
「ここで何を?」
「別に、何でもいいでしょ」
1年ぶりの変わらない素っ気ない態度。
ユーリスは嬉しい気持ちでいっぱいに──ならなかった。
クエルからは極微量ではあるが魔力が感じられる。しかも、ずっと警戒していた魔力痕に極めて近い魔力。
脳内に嫌な予感がけたたましく鳴り響いている。
それでもユーリスはクエルに対し勇気を持って一歩踏み込むことが出来ない。嫌われたくない、その思いが強すぎて言葉を選びきれず黙ってしまう。
「あんたこそこんな所で何してんの?大人数引き連れて村でも出るの?ユーリス」
「へ?あ、うん。王都にあるミラリアム魔道学院って所に。……あのさ、クエル……もし良かったら……その……ボクと一緒に──」
「そう、あたしもいつか必ずルクスと王都に行くから」
「そ、そっか。……じゃあ……待ってるね」
「ええ」
ユーリスは静かに馬車へと戻る。決して下は向かない。
クエルは芯が強く、一度決めたことは必ず成し遂げる強い女の子である。そんな自分にはないモノを持っていたクエルにユーリスは憧れた。
「………………………………頑張りなさいよ」
小さく呟いたクエルの一言にユーリスは足を止める。今すぐ振り返り、抱きしめて想いを伝えたい、その感情をグッと堪え無言のまま強く一歩を踏み出す。
決して仲が良かったわけではない。常に一緒にいたわけでもない。ルクスがいなければ会話すらなかったかもしれない。それでも、2人の間にはそれで充分であった。
ユーリスは馬車の中から紅黒城の口がある方へと視線を送る。
(ボクは先に行く。必ず追いついてきてくれよ、ルクス。それと、どうかクエルを頼む)
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