第12話 それぞれの修行

 魔素と魔力について説明したルスヴァンは、続いて魔法の説明を始める。


 魔法とは、魔力に効果を付与させたモノである。

 火の効果を付与させれば炎熱魔法に、水の効果を付与させれば水泡魔法にと魔法の種類は様々である。

 魔法の特徴として個人の才能の差が如実に出るというモノがある。

 魔法の種類を選ぶことは基本的に出来ない。つまり、火の魔法が使いたくとも炎熱魔法の才能がなければ扱うことは出来ない。

 また、複数の魔法を行使できるかどうかも才能による。4つも5つも魔法を使いこなす者もいれば1つとして満足なレベルに達しないということもザラに存在する。

 基本的に選べないのだが、いくつか例外が存在している。

 その中の一つが種族魔法。人類種の中では家系魔法とも呼ばれている。

 要は、遺伝による魔法継承である。必ず狙いの魔法が遺伝するわけではないが、可能性はかなり高い。紡げば紡ぐほどその可能性は上がっていく。さらに、隔世遺伝も起こり得る。これは祖先が持っていた魔法が突然顕現するというモノである。

 これは魔力量も同様である。魔力量の多い者と魔力量の多い者が交配すればより魔力量の多い子が生まれる可能性が高い。


「ユーリスは水泡魔法の才能があったってことか……。なぁ、どんな魔法が使えるのかってどうやったらわかるんだ?」

「さてな」

「は?どんな魔法が使えるか調べる方法ないの?」

「どうじゃろうな?ワシは知らん」

「じゃあ先生はどうやって自分の魔法を知ったんだよ?つか、先生はどんな魔法使えんの?」

「わしの魔法か?色々使えるぞ。さっき言ってた水泡魔法も使えるしの」

「あんとき魔獣を倒した魔法は何?」

血結魔法けっけつまほうか、あれは最古の魔法じゃよ。なんじゃルクス、血結魔法に興味があるのか?」

「使える?」

「使う方法はあるにはあるが……オススメはせんな。他のが出来るか試してからでも良いじゃろ」

「だから、どうやったら他のが使えるかわかるんだよ」

「そいつはまぁあ、時間をかけて色々と挑戦するしかないの。

 それよりもじゃ、まずは魔力を完璧に操れるようになるところからじゃな。理解しとるじゃろ?ちょっと魔法が使えるようになったところで、ワシに指一本使わせることはできんぞ」

「うっす!まずはどうすればいい?」

「まずは魔力の循環からじゃ。」


 ルスヴァンの影の中から、薄く水色に光る角の生えた真っ赤な目の漆黒の兎が突如ワラワラと現れる。


「なんだこいつら!?」


 ルクスが一瞬で飛び退き、戦闘態勢に入る。

 そんなルクスを微笑ましく思いながら、ルスヴァンが嗜める。


「そんな警戒せんで大丈夫じゃよ。こやつらはワシの眷属じゃ。ただ一つ他者の練り上げた魔力を喰らう特性があっての、おぬしにはその中で乱されることなく魔力を循環させる修行をしてもらう」

「かなり難易度高くないか?」

「食事中も排泄中も睡眠中も魔力を循環させている状態でいられるようになる必要があるからのぉ。体内の魔力は感じられるんじゃろ?じゃあその魔力を外に逃がさないように体の中で循環させるんじゃ。なぁに1年もあればできるようになるじゃろ」

「なるほど。やってやるぜぇ!」



 ルクスが紅黒城の口に入った次の日、ユーリスも紅黒城の口の前に来ていた。

 その目は決意に満ち、全身からはこれまでにない魔力が立ち上っていた。


「今のままではダメだ。ボクは一刻も早く誰よりも強くなる」


 ユーリスは村に現れた謎の集団、そしてルクスの言った「自分たち以外にも魔力を持つ者がこの村に生まれたかもしれない」という言葉が、引っ掛かり続けていた。

 ルクスが紅黒城の口に再挑戦したその日、ユーリスはその真偽を確かめるべく、魔力感知を極限まで高め村を隅から隅まで探索した。

 その結果、魔力や魔法の残滓は発見できなかった。

 しかし、残滓が人為的に消されたような通常の状態と異なる地点がチラホラ確認できていた。その地点の一ヶ所が村から魔獣が現れた森の中へと点々と続いていた。

 その事実はユーリスに他の魔力持ちがいるという、これ以上ない回答を提供していた。と同時に、敵かはわからないが少なくとも味方ではないとユーリスは考えていた。

 ルクスという味方を失った今、ユーリスは目標の明確化を急いでいた。


 ・魔力を持つ何者かはルクスと自分の修行を監視していた。


 ・その上で現状、恐らく何者かの方が強い可能性がある。


 ・わざわざ格下を監視するということは、目的は不明だが今すぐ正体を明かすことが出来ない何らかの理由が存在し、場合によっては自分たちが障害になり得ると考えている可能性がある。


 ・敵と決まったわけではないが場合によっては、相手より強くなる必要がある。


 ・どの程度強くなったか相手に把握されるわけにはいかない。


 ・いざという時、村の人を助けることが、最悪相手を殺すことが、出来るのであろうか?


 ・ルクスやルクスが先生と慕う人は当てになるのであろうか?


 そんなことをグルグルと考えていた。そして、兎にも角にも強くなることこそが最大の備えになるとの結論に達した。


「ここなら全開で修行が出来る。……それに、何者かに監視される可能性も低くなるだろう」


 ユーリスは修行場として紅黒城の口を選択した。

 紅黒城の口の中についてはルクスから話を聞いていた。

 気を抜くと押し潰されそうな魔力の奔流が全身を飲み込み、ありとあらゆる感覚が機能不全を起こすと。にもかかわらず、森までの距離2メートル程度に近づいても、足を踏み入れることに嫌悪感がある程度の警告性しか有していないのである。

 つまり、何らかの影響で森の中の魔力が外に漏れないということである。そのことが正しいのであれば、自分の修行を部外者に気取られる可能性が低いのではないか?とユーリスは考えていた。


「一刻も早く強くなる。安全圏での修業は終わり、そう覚悟したろ、ユーリス」


 一つ気合を入れ、ユーリスは紅黒城の口へと足を踏み入れる。

 が、入ってすぐ後ろ向きにすっ飛び、森から慌てて出る。


「この中に3日もいたのか……ルクス…キミは…っ」


 汗が頬を伝って滴り落ちる。喉が渇き唾を飲み込む。

 これからの修行風景が想像できず、ユーリスは森を見上げる。

 それでも、覚悟で恐怖を武者震いに変えると紅黒城の口へ再び足を踏み入れた。

 ユーリスの修行は単純なものであった。

 魔力を練ったり、魔力を全身に送り体を動かし肉体強化を図ったり、魔法をコントロールしたりする。普段から欠かさず行っている基礎的なことを紅黒城の口でやる、ただそれだけである。

 ただそれだけではあるが、まるで別物であった。

 森の中では一切気を抜くことが許されない。気を抜こうものなら感覚機能が麻痺し、森を這って出ることになる。最初のうちは1時間も持たずに泥と吐瀉物でグチョグチョになり、寝込むこととなった。

 ユーリスは、まだ日も登り切っていない朝の薄暗いうちから村に新たな魔力の残滓や異変の種になり得るものがないかを見て回り、紅黒城の口へ修行のため入る。

 修行の負荷で心身ボロボロになりながら、なんとかベットに辿り着き、気絶するように眠る。この行動を雨の日も風の日も、怪我をしようが体調不良であろうが目が覚めたら、ひたすらに繰り返す。

 時には唐突に気絶し、倒れざまに頭を打ち付けた反動で意識が戻り、時には自分の吐瀉物で溺死しそうになる。

 それでも、何があってもユーリスはこの修行を続けた。

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