第11話 魔素と魔力

 窓から差し込む陽の光がルクスの顔を照らし、ルクスの目が薄っすらと開く。

 直後、視覚がはっきりしたルクスが一気に飛び起き、周囲を見渡す。

 ベット以外特に何もない簡素な部屋。

 ルスヴァンの家であることを思い出したルクスは寝室を出る。そのままリビングに向かうと、机に突っ伏してルスヴァンが寝息を立てている。


「……先生……先生!」


 ルクスは体を揺すってルスヴァンを起こす。

 起こされたルスヴァンは眠気眼ねむけまなこで反応する。


「……んっ……なんじゃ……少年か……気分はどうじゃ?」

「ばっちりだぜ!いつでも修行できる!」

「それは良かった。それじゃあ食事を摂ったら始めようかのぉ」

「なぁ、何でこんな所で寝てんの?」

「ベットはおぬしが使っておったろ、一つしかないんじゃ……それよりも少年、名は?」

「ルクス。ルクスって言うんだ。改めてよろしくな」

「そうか……それじゃあルクス、食事は作れたりするかの?」

「?……どうだろ?出来んのかな?」

「なんじゃその返答は?」

「オレ記憶がなくてよ、だから何が出来て何が出来ないのか自分でもよくわかってねぇんだ。まぁ、結構体が覚えてたりするみたいで不便を感じたことはねぇんだけどな」

「ほう……ルクスは色々と珍妙じゃな。まぁ良い、ここで修行する以上当然家事をやって貰うからの!今回の朝食は特別にワシが用意してやるが、今後はルクスに任せるからの。良いな?」

「おう!任せろ!」


 穏やか雰囲気の中朝食を済ませ、2人は修行のため外へと出る。

 学習意欲が高まり、ルクスは魔法の修行が楽しみでしょうがなかった。

 ルスヴァンもルスヴァンで自身のことを先生と慕い、見込みのある生徒であるルクスに修行をつけることは満更でもなかった。


「──それじゃあ座学から始めようかの」

「待ってくれ。まず最初に……先生、あんたの実力が見たい」


 そう言ってルクスがスッと戦闘態勢に入る。

 その様子を見たルスヴァンは眉間に皺を寄せ不快感をあらわにする。


「とことんワシの想像を裏切るのぉ。見込みありと思うとったんじゃが、よもや己と相手の力量差のも測れんポンコツとは……」

「早とちってんじゃねぇよ。……情けねぇことだが、今のオレじゃ逆立ちしてもあんたに届かねぇことは理解してんだ」

「ならどういう意味じゃ?」

「オレは魔法について何も知らねぇ。だから取り敢えずの目標が欲しい……。あんたなら見せられんだろ?至高たかみってやつを……」

「ふむ……一応理由には納得しよう。じゃが、死んでも知らんぞ」


 そう言うとルスヴァンはルクスに向かって魔力を放つ。

 次の瞬間、ルクスが両手と片膝をつく。


「──ぐっ!?」


 ルスヴァンから発せられる魔力の圧に耐えようとはするものの、ルクスの本能は抗うことのできない現実を理解してしまっていた。

 膝が笑い、歯がカタカタと小刻みな音を立てる。嫌に冷たい汗がゆっくりと全身をつたう。

 ここまで辿り着くために通って来た森など比較にならない重さと絶望感が、ルクスを押さえつける。


「……よく耐えておる。……じゃがルクス、おぬしが知りたいのは至高であろう?ならば……今一つ踏ん張るのじゃな」


 ルスヴァンの発言が終わるや否や、ルクスの視界が深紅に染まる。

 何が起きたか理解できず呆然とするルクスに紫紺の手のようなものが何本も絡みつく。恐怖心から必死に抵抗するが巻き取られ、深淵へと引きずり込まれる。


「うわああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ルクスの精神が限界を迎えたタイミングでルスヴァンは魔力の放出を止める。

 ルクスは完全に腰が抜け、虚ろな目でヒューヒューと浅く息をしている。全身が総毛立ち、痙攣しているかのように小刻みに震え、うまく体を動かすことが出来なくなってしまっていた。


「まぁあ、こうなるじゃろうな。今のおぬし相手なら指一つ動かすことなく殺すことが出来るのぉ」

「………………」

「おぬしの才覚は認めるところじゃ。

 じゃが、残念ながらおぬしだけが特別というわけではないんじゃ。

 故に、努力は必須となる。その努力を効率化してくれるのが知識じゃ。知識があれば今の恐怖にも対抗できるやもしれん。

 なにより、ワシに指を使わせることが出来るぞ!」

「………………」


 ルクスは放心状態となってしまい返事が出来ない。

 そんなルクスの様子にルスヴァンはやり過ぎてしまったかもしれないと、気まずそうに頭を掻き、オロオロとルクスの顔を覗き込む。


「……ル……ルクス?」

「大丈夫……聞こえてるよ。ちょっと魔法酔いがキツかっただけだ」

「魔法酔い?なんじゃそれは?」

「え?なったことねぇーの?強い魔力を受けると気持ち悪くなるやつ……」

「なんじゃ、魔素超過のことを言うとったのか。……魔法酔い……それおぬしが名付けたのか?」

「いや、ユーリスって奴がそう呼んでた。それよりさっき出た魔素って?」

「ふむ。丁度良い。このまま座学を始めるかの」

「うっす!」


 魔素とは、この世界における力の根源である。

 魔素は空気や水、火、鉱石などの無機物、人間や動物、植物、菌類などの生物や有機物、ありとあらゆる全てのモノから生み出され、魔素を利用できる才覚を持つモノに消費され常に流動している。

 魔素の持つ特性は至ってシンプルであり、「増強」である。より大きく、より多く、より太く、より速く、より頑強に、魔素を保有出来れば出来る程この特性が色濃く表れる。


 魔素超過とは本来個体が持っていたはずの基礎ステータスが外部から許容以上の魔素を摂取することによって異常をきたし、急激に増強させられたステータスに肉体の強度が耐え切れず、バランスが崩れることによって発生する症状である。

 大抵の場合、魔素は循環するモノなので安静にしていれば数日で元通りに戻る。


 魔力とは、自然界に流動している魔素を己がモノにした力である。

 魔力をコントロールするにも才能が必要となる。

 魔力は「循環」「圧縮」「放出」「纏帯てんたい」などができる。

 「循環」とは魔力を常に体に循環させること。

 魔素の循環は右から左へと体を通り抜けるような循環に対して、魔力の循環は体の端から端まで行き渡るように循環させることである。

 「圧縮」とは、魔力を1点に集め留めること。

 体内に留めることも、体外で留めることも、どちらも圧縮と呼ばれる。

 「放出」とは、魔力を飛ばすこと。

 魔力を放ち続けることも、圧縮した魔力を飛ばすことも、放出と呼ばれる。

 「纏帯」とは、鎧のように魔力を纏うこと。

 循環とは違い、体を覆うように魔力を保持し続ける。繊細な魔力コントロールが出来ないと身を亡ぼす可能性があるためかなりの難度となる。


「待て待て待て待て。もうちっとわかりやすくならない?」

「なんじゃ?どこがわからんのじゃ?」

「……もっと……こう……ほら!イメージしやすい感じにさ!」

「ふーむ……しょうがないのぉ」


 そう言うと、ルスヴァンは大きな木の側に立ち、コンコンと木をノックする。


「よいか。よく見ておれ。これが魔力を利用せず殴った威力じゃ」


 そう言うと、ルスヴァンは拳を握り、振り被ると横軸にスイングし鉄槌を大木に見舞った。拳を叩き付けたルスヴァンは涼しい顔で3歩前に出る。

 ズドンという重たい音が響き、拳を打ち付けられた箇所が派手に凹む。次第にビキビキと音を立てヒビが入り、大木がゆっくりと折れる。


「……なっ!?」


 ルスヴァンは自身4人分以上はある太さの木をただの拳一発でへし折ったのである。

 ルクスはアホみたいに口を開けていた。


「じゃあ次は魔力を込めて殴る。違いをよう見とくんじゃぞ」

「ちょっと待て!なんだ今の威力!?違いなんか判るのか!?」

「なんじゃ?すぐ止めよって。黙って見とき」


 ルスヴァンは先ほどよりも更に太い木の側に歩み寄ると今度は振り被りもせずに、まるで扉をノックをするかのように軽く木を叩いた。

 ルクスは先ほど以上の驚愕を味わうことになる。

 ルスヴァンが木を叩いた瞬間パッーーーンっと大きな音な炸裂音が響き、直線状にあった木もまとめて木の一部が円形状に消し飛んでいた。支えの無くなった木の上部が一斉に落下する。


「どうじゃ?これが魔力を使える者と使えぬ者の差じゃ。圧倒的じゃろ?」

「ああ。想像以上だ」

「ちなみに言うとくがな、魔族と呼ばれる者たちは生まれながらにこの力を有しておる。無闇に突っかかることはせんことじゃな」

「……なるほどな……けどよ、身につければオレでも届くんだろ?」

「うむ、否定はせん。それじゃあ次は、魔法についてじゃな」

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