第10話 紅黒城の口への挑戦
無事に孤児院についたルクスとユーリスは、治療室のベットにクエルを寝かせる。
意識を失っているクエルの前で沈黙が流れる。
ルクスもユーリスも今日の出来事を思い返していた。
「あのさ──」
「ユーリス──」
お互いの覚悟のタイミングが被る。
ルクスがユーリスに先を譲る。
「さっきの奴らの肌や纏う雰囲気、アレは人間のものじゃない。奴らは恐らく魔族だろう。ルクス、君が魔族の子を助けたことは知っているし、あの時遠くから眺めてることしかできなかったボクにそのことについてどうこう言う権利がないこともわかっている。だからこそあえて宣言しとくよ。やっぱり魔族は人の敵だ。今後、ボクは躊躇うことなく魔族を殺す。例え、あの時のか弱い魔族であってもだ」
「……そうか……俺は明日からお前と修行できない」
ルクスの発言にユーリスの蟀谷がピクリと動く。
「ルクスは今回のことがあってなお、魔族の肩を持つのかい?」
「別にオレもお前の行動にどうこう言うつもりはない。……ただ、今回のことでオレが如何に無力なのかがわかった。実際、お前が善戦、と言うか押していた相手にオレは手も足も出ず、一方的にボコられただけだからな。オレは明日から先生の所へ行く。だから、お前とは修行が出来ないと言っただけだ」
「魔族を庇う人の所へか?」
「魔族を庇ったのはオレも同じだろ?それで言ったらその時点でオレはお前の敵ということになるが?……何だったら、腕ずくでオレの行動を縛るか?」
「…………わかった。明日からは別行動だ」
その夜の孤児院の夕食は楽し気な会話が飛び交う日常とは一転、食器同士がカチャカチャと当たる音のみが部屋に響く異様な雰囲気であった。
いつも静かで落ち着いているユーリスから緊張感の漂うピリピリとしたオーラが発せられている。
ルクスとユーリスの間に何かあったのかと、子どもたちはチラチラと2人の様子を確認するが、ルクスは何事もなかったかのように食事をしている。
ルクスもユーリスもお互い何もしゃべること無く、さっさと食事を終えて自分たちの部屋へ戻り、静かな夜が更けていく。
ルクスは紅黒城の口と呼ばれる森の前に来ていた。
前回は何一つとして知識も準備もなく乗り込み、全身を傷と吐瀉物で汚しあえなく撃沈した。
だが、今回は違う。
食料や水分を背負いこみ、枝を切り落とし目印を付けるためのナイフを用意している。何よりも全身から魔力を帯びている。
「さぁて、リベンジだ」
ルクスは左手の拳に息を吹き込み気合を入れる。
そして、紅黒城の口へ足を踏み入れる。
紅黒城の口は一切の光を遮る。
光源を確保しても、光源から一定距離で空間が歪んでいるかのように光が霧散し、1メートル先には闇が下りている。閉所と錯覚するような暗闇の中では、方向感覚や時間感覚が機能しない。
この森の特性により空気が粘性であるかのように重く湿度も異様に高い、なかなか前へ足が出ず、そんな状況に焦れて先を急げば急ぐほど呼吸が苦しくなる。
結果、一歩また一歩と歩を進めるたびに体力が大きく削られていく。
「目印用のナイフは要らなかったな」
ルクスは頬を伝い顎に溜まる汗を拭いながら、急く気持ちを必死に抑え一歩ずつ着実に進んでいく。
前回と違い、全身から魔力を放出し続けることにより、魔法酔いの現象が緩和されている。
方向感覚や時間感覚は機能していないものの、吐き気や上下の感覚が狂う状態には陥っておらず、冷静を保てている。
方向感覚を失っているルクスではあるが、目的地は見失っていない。
集中するため足を止め、魔力を探ることによりヴァコレラ・ルスヴァンから垂れ流されている極大の魔力を捉え、足場の悪さを無視して一直線に近づいていく。
それでも、常に魔力を感知できるわけではないため、気が付いたら全く別の方角へ進んでいることもあり、スムーズとは言い難い状況であった。
「落ち着け……ここで焦ったら死にかねねぇぞ。落ち着け落ち着け……必ず辿り着ける」
実のところルクスは焦っていた。
今の自分であれば紅黒城の口に存在する魔法酔いには対抗できるはず、であるならば容易に先生の下へ辿り着くことが出来る。そう考えていた。
しかし、ルクスの想定以上に魔力の放出は労力を必要とするものであった。
意識しないと魔力を放出することが出来ないため、寝ることはおろか一瞬気を抜くことも許されない。その上で牛歩状態を強要され進捗も悪い。
自身の魔力総量を把握できていないルクスには、魔力が最後まで持つのか計算もできない。
ただでさえ座り込みたくなる一歩にかかる疲労が、焦燥感によって更に加速する。
それでも、自分に何度も何度も落ち着けと言い聞かせることで、冷静さと一歩ずつ着実に進むという意思を保っていた。
「──────!!?」
衣服は擦り切れ、水も食料も底を尽き、葉に滴る雨水と草の根を齧ることで空腹を誤魔化すこと数日、唐突にその時はやってきた。
木の間から僅かに差し込む小さな光。
走りたい気持ちを押し殺し、僅かな気の緩みもなくルクスはその光に向かって歩を進める。
全てを拒む森を抜けた先で、痩せこけ満身創痍のルクスの体は暖かな陽の光に包まれる。
「すーーーーーーーーーーぅ」
ルクスは甘美な味を堪能するように、大きく深く肺に空気を送り込む。
先ほどまでの重く纏わりつくような空気ではない。
どこにでもあるごく普通の空気。だが、今のルクスにとっては感涙を呼ぶ軽く澄んだ空気であった。
「ありゃ!?思ったよりもかなり早かったの、少年」
泉の
「約束通り修行をつけにもらいに来たぞ、先生」
「よぉお、ここまで来れたの。辿り着けんと思うとったぞ。来れたとしても10年以上はかかると考えておったのじゃが……想像よりも怪物じゃな、おぬし」
「どう思ってようが別にいいけどよ。早く修行しようぜ!そのために来たんだ!」
ルクスには様々な感情が渦巻いていた。
歓喜、驚愕、警戒、畏怖、期待感。
森を抜けたルクスは魔力の精度が森に入る前よりも格段に上がっていた。
それでも、目の前に現れたルスヴァンの力を推し量ることが出来なかった。
自分より遥か格上、隔絶された力量差を持つ相手の“力を”“技術を”“知識を”学ぶことが出来るかもしれない。ルクスの好奇心は最高潮に到達していた。
そんなルクスの感情をルスヴァンは、孫をあやすかのように鎮静化させる。
「気合十分なのは結構じゃが、まずは体調を戻すことじゃな」
「体調?別に悪くねぇよ」
「そう錯覚しておるだけじゃ。
目的地に辿り着いたことでアドレナリンがでておるのじゃろう。
見たところ栄養も足りておらんし、睡眠もとっておらんのじゃろ?万全でない奴に修行をつける気は毛頭ない。
わかったら体を休ませることじゃな」
「今最高に調子がいいんだ!今つけてくれよ!」
「駄々をこねるでない。早く休んだ方が早く修行を始められるんじゃぞ?賢明な判断をするべきじゃな」
「くっそ……わーったよ」
「良い子じゃ」
ルクスの説得に成功したルスヴァンは家の中にルクスを招き入れる。
ルスヴァン自らの手で豪勢な食事を用意し、ルクスが食べてる間に風呂と寝室の準備を整える。
「悪いんじゃが、服があまりなくての、ワシので我慢しとくれ」
「ああ、服なんて何でもいいよ。気にしたことないし」
「そうか、そいつは助かる」
ルスヴァンは風呂から上がったルクスに、子どもにはサイズが大きい自分の服を渡した後、寝室に案内し寝かしつける。
「そういや、もうちょっとだけ早く来ていればあの子に合えたのにのぉ」
「あの子?」
「ほれ、少年が助けた女の子じゃ」
「助けたのはオレじゃなくて……先生だろ?」
「そうじゃない。村の大人たちに責められそうになっておったのを助けたじゃろ?かわいい子じゃし、ホの字じゃないのか?」
「別に……あんま……印象にな…………」
腹が膨れ、汗と泥を流し、温かい布団に入ったルクスは、さっきまでの興奮状態が嘘のように睡眠の底へと落ちていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます