第8話 正体推察

 職員室から撤退したユーリスにルクスが疑問を投げかける。


「この村にはユーリス以外に魔法を使える奴はいないはずだよな?」

「今は君とボクの2人だけどね……」

「けど、さっきのユーリスの反応……」

「ああ。他にいるはずだ。さっきは間違いなくあの辺から感じたんだけど……。ルクスは何も感じなかったか?」

「……残念ながら。正直ユーリスの力すら、今まで一度も感じ取れたこともないし、さっきも全くだった……」


 ルクスは問いに素直に答える。


「あそこへ走っていったってことは、ユーリスは院長かシスターが怪しいと思ってるってことか?」

「どうだろう……。あの2人からは一切の力が感じられなかった。だから他に誰かいると思ったんだけど……」

「オレのと勘違いした可能性は?そもそも力を感じ分けられるのか?」

「力を感じ分けるのは……どうだろう?……もっと経験を積めれば確実なことが言えるんだろうけど……」

「だったらオレのと勘違いした線もあるのか……」

「そうであって欲しいな。村の人ならまだしも孤児院に魔法を使える人がいるとは思いたくない……」


 ユーリスは魔力があるからこそ除け者扱いをされてきた。

 故に、魔力があると名乗り出ることがどれほどの理不尽に繋がるかもよく理解できていた。

 それでも、孤児院の誰かが自分と同じく魔力を保有しているのであれば、自分には打ち明けてくれているはずだと信じていた。


「……なぁユーリス、職員について聞いてもいいか?」

「え?ああ、いいよ。何が聞きたい?」

「何がと言うか全部だな。何も知らないんでね」

「そっか……。じゃあ、まずはシスター・グラーティ。さっき会った女の人。いつも冷静で落ち着いた大人の女性って感じかな?佇まいも綺麗だし。院長より年上って話を聞いたけどそうは見えないよね~」

「そうじゃなくて、経歴とかさ!」

「はいはい。確か、彼女は2,3年前くらいにこの村に訪れて来て、住む場所もなかったから孤児院の職員になった人だよ。元々は王都で薬師くすしをやっていたらしくて、今でもこの村で薬を調合したりしているはずだよ」

「王都!?なんでそんな奴がこんな辺境に?」

「さぁ?前に子どもたちみんなで聞こうとしたんだけど、大人には色々あるのってはぐらかされたんだよね。村の人の噂では離縁されたんじゃないかってさ」

「ふーん。で、次は?」

「次はオース神父。背も高いし無口だし結構ボクらと歳も離れてそうだしで、ちょっと近づき難いんだよね。孤児院にもボクより前にいたし、大分古参だと思うよ。農家の末っ子で、継ぐための土地が無いから孤児院で働いてるって聞いたかな?家族については聞いたことないけど、ずっとこの村に居るんだろうし怪しくはないと思うよ」

「なるほど……」

「最後は院長だね。名前は知らないんだ」

「は?どういうことだ?」

「いや、あるはずだし、教えて欲しいと言えば教えてくれると思うよ。ただ、みんな院長って呼んでるしそれで通じるから名前を憶えていないんだ」

「……まぁいいか。別に重要な情報じゃないし」

「院長は公爵様から派遣されて来た人だよ」

「公爵?」

「そ!ここの孤児院は公爵家が運営元だしね。地方で数年経験を積んでまた中央に戻る、よくあることでしょ?だから職員の中では一番若くても長だし村の中でも結構な権力があるはずだよ。ここも公爵領だしね」


 職員3人の情報が揃ったルクスは顎を指でなぞりながら考え込む。


「一番可能性のあったオース神父が一番魔法を使える可能性が低いのか……」

「ねぇルクス。やっぱり勘違いだったかも……それに仮にボクたち以外の誰かが魔法を使えたとしてもいいんじゃないかな?魔法を使えるイコール悪人ってわけじゃないだろうし」

「そうだな……」


 ルクスがそう言うと、ユーリスはホッと息を吐き少しばかり安堵の表情を見せる。

 ユーリスは孤児院の人たちへ疑いの目を向けることに徐々に罪悪感が湧き始めていた。

 しかし、ルクスは魔法を使える可能性のあるもう一人の存在を諦めてはいなかった。それどころか別の可能性も考え始めていた。

 誰かと一緒に修行をすることが思いの外楽しかったユーリスは、修行の続きをしないかと遠回しにルクスを促す。


「魔法の修行どうする?また、地下室に戻るかい?」

「ちょっと行ってみたい場所がある」


 ルクスの返答に修行がこのまま中止になるのかとユーリスは焦って聞き返す。


「行ってみたい場所?それって?」

「魔獣が現れた森へ行きたい」

「え?でも……じゃあ修行は?」

「別にいつでもできるだろ?何なら一人で行ってくるから、ユーリスは一人で修行しててもいいぞ」

「待って待って!ボクも行くよ!」


 魔獣が現れた森は人が近づかないように簡易の柵が立てられ、周辺住民は二次被害を危惧して森から離れた家へと各々間借りしている。そのため、周囲に人の気配がない。

 ルクスとユーリスの2人は誰にもバレないようこっそりと森の中へ入る。


「ルクスーーー!!」


 大きな掛け声とともにルクスたちの下へ走ってくる小さなシルエット。

 その姿を見て、ユーリスが反応する。


「クエル!!」


 クエルはルクスの下に一直線に駆け寄ってくると、一気に捲くし立て始める。


「何日も居なくなって何やってんの!!しかもやっと帰ってきたと思ったら、用事があるとか言って報告にも来ないし!!」


 勢いに気圧されながらルクスは宥めるように対応する。


「悪い悪い。出来ることが増えて少し前のめりになり過ぎた。心配してくれたんだって?ありがとな」

「んっ!心配したわよ!本当に心配したんだからね、バカ!!化け物が現れた次の日に3日も連絡取れなくなって!ケンの奴がルクスにちゃんと謝るように言っといたって言ってたから、あたしの所に来てくれるかもと思ってたのに用事があるからとか言って来ないし!こっちから孤児院に出向いてあげたのにいないし!!」


 感情が昂って勢いが全く落ちないクエルの発言に完全に押されてしまっているルクス。

 その状況を何とか落ち着かせようとユーリスが間に入る。


「まぁまぁ、ルクスも反省してるしその辺にしてあげてよ、クエル」

「うるさい!あんたは黙ってて!!」


 クエルにピシャリと怒られ、ユーリスはビクンっと肩を跳ねさせた後、クエルに怒られたショックから肩を落とす。

 クエルの勢いは止まらない。


「そもそも2人してこんな所で何やってるの?まさか!?ユーリス、あんたがルクスに何か吹き込んでるんじゃないでしょうね!!」


 そう言いながら鋭い眼光でユーリスを睨みつける。

 ユーリスは緊張と動揺から完全に目が泳いでしまい、返答もおぼつかなくなってしまう。

 完全に犯人の様相となっているユーリスに対し、自分の言った内容が正解であると確信したクエルは口を尖らせてユーリスに詰め寄ろうとする。


「待て待て待て待て!別に隠し事をしているわけじゃないんだ。ちゃんと説明するから落ち着いてくれ!ユーリスも緊張から挙動不審になるのやめろ!」


 ユーリスとクエルの間に割って入り、ルクスはその場を仲裁する。

 目の前に急にルクスが入ってきたことにより、意表を突かれたクエルは大人しくなる。


「わかったわよ。ちゃんと説明してもらうからね!2人とも嘘は無しだから!」

「はああぁぁぁぁーーー。OKOK」


 大きくため息をつくとルクスはクエルに説明を始める。


「まず、ユーリスを呼び出したのはオレだ。だからユーリスが俺をそそのかしたとかそういうんじゃない。理由は魔法の修行をするため」

「魔法!?どういうこと!?」

「この前に言ったろ。恐らくオレには魔法の資質があるって。それを試したんだ」

「どうだったの?」

「あるんじゃないか?どのレベルまで使えるようになるかはわからんがな」

「そ……そう……。ここで修行してたの?」

「いや。孤児院の地下室でやってた」

「地下室!?そんな所があるの?」

「ああ。で、そこで修行をしてたら、オレらとは別の力を感じたんで出てきたんだ」

「え?2人以外にも魔法を使える人がいるかもしれないってこと!?」

「ちょっとルクス!?クエルに話すことじゃ……」

「なに!?ユーリス。あんた隠し事する気?ルクスは全部話すって言ってるじゃない!」

「いや、そういうつもりじゃなくて……確証がないし……場合によってはクエルに危険が及ぶかも……」

「そんな言い訳聞きたくないし!」


 再び言い合いになり始めた2人を面倒くさいと思いながらも、ちゃんと説明するとした手前、ルクスは呆れながらも話の軌道修正をする。


「おい。そのことはどうでもいい。いや、どうでもよくはないんだが……ただ、今はその謎のもう1人は置いておこう」

「そう……2人以外にもそういう存在が……」


 魔法を使える者がルクスとユーリスの他に存在する可能性がある、クエルはそのことに引っかかっていた。

 少し前までユーリス以外にそんな存在はいなかった。

 だから魔族と同じ力を操れる者を、自分とは別のどこか異質な存在として認識していた。

 だが、ここにきて魔法を使える者が急に増えた。

 クエルは自分にも可能性があるのではないかと思い始めていた。

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