第7話 不気味な気配

 翌日、ルクスとユーリスは孤児院内の礼拝室の地下に来ていた。

 地下室は天井が10メートル近く、石版が敷き詰められた床は100メートル×100メートルの1ヘクタール近い、かなり広い空間が広がっている。

 地下のため光が一切入らず、4メートル間隔程度にオレンジの炎が揺れるランタンが設置されている。薄暗い室内は物が何一つないにも関わらず端から端まで見渡すことが出来ず実際よりも広く感じる。


「こんな場所があったのか」

「この孤児院は元々礼拝堂で、戦争の際にここは避難場所として利用されていたそうだよ。ボクがいつもここで魔法の練習をしているからランタンも使えるよ」

「確かに広いが……なんでこんな場所で魔法の練習を?」

「ここは避難所として使われていただけあって、壁が厚く耐久性と防音性が高いからね。ボクらが使う魔法は危険なものなんだ。もし暴発したら大目玉じゃ済まないよ。ただでさえ魔法は煙たがられてるのに……」

「暴発したことあるのか?」

「今の所はないよ。でも、念には念をだよ」

「ふーん。まぁ、いいや。じゃあ早速やろうぜ!」

「うん!まずはどんな感じで魔法を扱うかだけど、こう……体に空気を取り込んで練り上げる!って感じ?」

「何で疑問形なんだよ?」

「しょうがないじゃん!今までボク以外に魔法を扱える人に会ったこともないし、教えるのだって当然初めてなんだから!」

「へいへい。で、ユーリスは最初どうしたんだ?」

「と、取り敢えず適当にそこに楽に座って」


 ルクスはユーリスに言われた通りその場で胡坐あぐらをかく。

 ユーリスもルクスに向かい合って同じように胡坐をかく。


「じゃあ、深呼吸しながら空気中から取り込んだものを、血液と一緒に体全体に行き渡らせるイメージで……体内の魔法の根源みたいなのを感じ取って」

「みたいなの?……感じ取れって言われて感じられるもんなのか?」

「多分ね。少なくとも才能があるなら感じ取れるはずだよ。ボクはそうだった」

「なるほどね」


 ルクスとユーリスは2人とも深く集中する。


『期待しているよ──』


 逆光に照らされたシルエットがルクスの脳内に浮かぶ。

 数瞬後、両の横腹から貫かれたような激痛に襲われ、座っていたルクスは跳ね上がる。


「だ…大丈夫?」


 心配そうにユーリスが声を掛ける。

 外見には何の変化もない。

 しかし、ルクスには大きな変化が起こっていた。

 ルクスは全身の皮膚が一斉に呼吸をしているような違和感を覚えていた。同時に五感全てが研ぎ澄まされていくのを感じている。

 続いて、体内に意識を向ける。

 次の瞬間、ルクスは体を丸めて床に倒れ込む。

 魔力が濁流の如く渦巻き、内臓を今にも張り裂かんばかりに揺らしているような感覚に襲われる。


「がぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああ!!」

「ルクス!?ルクス!?ルクス!?」


 ユーリスが慌てて駆け寄り、何度もルクスの名前を呼ぶ。

 ルクスは体を落ち着けるため深呼吸をしようと荒く息を何度も吐く。

 呼吸が落ち着いてくると、無理矢理にでも現状に体を慣らすため、歯が全て擦り潰れるほど歯軋りをしながら魔力を制御しようと吐き気に耐え続ける。

 苦痛に身をよじること数時間、ルクスはなんとかいつも通りの呼吸を取り戻していた。


「はぁー……はぁー……はぁー……。すげーな……これか……掴んだぞ……魔法の感覚」

「よかった……」


 ルクスは達成の感覚を体に感じ、思わず感想を漏らす。

 ユーリスもルクスの容体が落ち着いたことを見て、安堵と疲労の混ざった様子でポツリと呟く。


「よっしゃ!ガンガン行こうぜ!」

「うん!次は体の中で循環している力を体の外へ解き放つ修行をしよう!対象があった方がいいだろうからお互いに目掛けてやろう!」


 ユーリスはテンションが上がっていた。

 初めて自分と同じく魔法を扱える存在。初めての誰かとの修行。初めて意志を持って他人に力をぶつけられる。先刻までルクスを心配していたことを忘れるほど今は気分が高揚していた。

 高揚した自分自身に言い聞かせるためにも、これから行う実験の注意事項を確認する。


「せーのっ!で同時に魔法を体の外へと放出する。もしかしたら、魔法酔いが起きるかもしれないから、そうなりそうだったらすぐに放出を止めること。」

「わーってる。全力でやれよ」

「もちろん!じゃ行くよ!」

「ああ」

「せーのっ!」


 ルクスとユーリスは全身をりきませ一気に魔力を開放する。

 空気が振動し地下室に空洞音が響く。

 ユーリスの魔力はかなりのレベルである。力のない者であればその圧のみで容易に押し潰すことも可能なほどである。押し潰されそうな圧の中、浅く息をしながらルクスはなんとか精神を保っている状態であった。

 対して、ユーリスも驚愕していた。つい最近まで魔力のマの字も知らなかった目の前の少年の魔力は先日村を襲った魔獣に比肩しうるレベルに達していた。

 しかし、ユーリスの精神は凪いだ水面みなものように落ち着いていた。

 軽く息を吐き、ルクスが魔力の放出を弱める。遅れて、ユーリスも魔力の放出を弱める。

 ルクスは全身の感覚に異常がないかを確認しながら確認を取る。


「魔法酔いはなさそうだな。ユーリスはどうだ?」

「ボクの方も平気だ」


 ユーリスは笑顔を見せる。


「ユーリス、お前手ー抜いたろ?」

「え?……いや……そんなこと……」

「まぁいいや。それにしても力を放出するのってかなりきついな。頑張ろうと思ったんだけど持たなかった」

「そうなの!?結構長時間放出できてたんじゃない?それに凄い圧だったし……」

「そうか?悪いな、途中で止めちまって。ユーリス、まだイケたろ?」

「え、まぁ……」

「やっぱな……くそ~、向いてねーんかな?」

「そんなことはないと思うよ。……じゃあ、今度は魔法を練り上げる練習だね!」


 気を取り直したルクスが次の修行に入ろうとした時、ユーリスが突然地下室の天井を見上げる。

 そして、険しい表情のまま何も言わずに走り始める。

 ユーリスの急な行動に、ルクスは何が何やらわからない状態で慌てて追走する。

 ユーリスは確信を持って孤児院内の一室の扉を走ってきた勢いそのまま乱暴に開ける。


「きゃっ!?」


 前触れもなく突然開け放たれた扉に驚いた院長が椅子から転げ落ち、そのまま腰を抜かして床に座り込む。

 そんな院長を介抱しながら孤児院の職員の一人であるシスター・グラーティがルクスたちに落ち着き払った様子で質問する。


「何事です?」


 しかし、ユーリスはキョロキョロと辺りを見回し、まるで質問が聞こえていなかったかのようにシスター・グラーティの質問を無視して逆に質問を投げる。


「他に誰かいませんでした?」

「いえ。今孤児院には私と院長、そしてあなた方2人の4人のみのはずですね」

「もう一人、オース神父は?」

「オース神父です?彼は村で開かれてる魔獣の対策会議に出席するためさっき孤児院を出ましたね」


 シスター・グラーティは自身の質問が無視されたことに注意するわけでもなく淡々とユーリスの質問に返答していく。

 そんなシスターにてられユーリスも次第に冷静になる。


「そう……ですか……」

「そうですかじゃありません!!何事ですか!急に職員室に飛び込んで来て!」


 ただ、院長はお冠である。

 物凄い剣幕でルクスたちに捲くし立て始める。


「あ!?こらっ!待ちなさい!!」


 面倒くさいことになると直感したルクスたちはそそくさとその場から退散する。

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