第5話 もう1人の幼なじみ

 急に部屋に入ってきたのは女の子であった。


「ルクス、ちょっといい!?」

「クエル!?いつから!?というか。他人ひとの部屋に入るときはノックしなきゃ」


 ユーリスが慌ててクエルに視線を飛ばす。その目は完全に泳いでいる。


(こいつがユーリスの言ってたクエルね……)


 クエルの背はルクスより一回り小さい。

 服装は孤児院の制服ではなく、親から大切にされていることがわかる清潔で可愛らしい服に身を包んでいる。蜜柑みかん色の髪にあめ色の瞳をした少女が、当たり前のことであるかのように一切悪びれる様子のない態度でルクスの部屋に入ってくる。

 そして、ユーリスに高圧的な態度で対応する。


「なに?あんたの部屋じゃないでしょ!?」

「そうだけど……。それより夜にここに来たら親御さんに叱られるよ……」

「はー!?それこそあんたに関係なくない!?てか、なんであんたが説教してくるわけ!?」

「いや、説教ってわけじゃ……」

「ていうかあたしルクスに用があるんだけど?あんたの用まだ終わんないの!?」

「へ?あ、えっと、じゃあボクはこれで……。ルクス、邪魔したね」


 クエルの圧に気圧されユーリスがすごすごとルクスの部屋を去っていく。

 その様子にクエルはフンッと鼻を鳴らす。そして、先ほどまでユーリスが座っていた椅子を無視してベットに座っているルクスの隣に腰掛ける。

 急な距離に驚いたルクスがクエルを見る。

 一方のクエルは何かを迷うように俯いたままじっと自分の手を見ている。


「……」

「……」


 しばしの間沈黙が流れ、意を決したようにクエルがパッとルクスの瞳を見つめる。


「ルクスだよね?」

「は?」

「別人じゃないよね!?本物のルクスだよね!?」


 肯定して欲しい。そう訴える潤んだ瞳でクエルはルクスに問い掛ける。

 クエルの問いに対して、ルクスは簡単に肯定することが出来ない。


「クエルはどう思う?」

「わかんないよ……。話し方が違う、癖が違う、歩き方も、手の握り方も、何もかもが違う!!昔のルクスなら魔獣に突っ込んで行ったりはしなかった。……でも、魔人の子を助けた時はやっぱりルクスだと思った……」

「……」

「お願い!もう魔獣に突っ込むなんて無茶しないで!!」

「あれは流石に無謀だったな」

「そうじゃないよ…心配なの。だからもう戦わないで!!」

「そういう訳にはいかない。あの化け物は明らかに人間に敵意を持っていた。ああいうのがいるなら、戦わなければ確実に少なくない被害が出る。だが、今回で学んだ、死んだら誰も守れない。殺されずに勝つ!そのためにも、オレは必ず強くなる!守りたいものができた時、後悔しないようにな!」


 ルクスの強く真っ直ぐな瞳にクエルは顔をあかくして視線を逸らす。

 決して折れることの無いルクスの意思を理解し、クエルは説得を諦め、別の話題を振る。


「ねぇ、さっき何の話してたの?」

「ユーリスとか?」

「そう」

「そろそろ13歳だから今後どうするかってな」

「どっ、どうするの!?」

「さっきも言ったように取り敢えず強くなる。その後は村を出るかな」


 ルクスがそう発言した途端、クエルが甲高い声で詰め寄る。


「ユーリスの奴に変なこと吹き込まれたの!?」

「は?」

「あいつ魔族と同じ力が使える化け物なんだよ!!陰で水相手にブツブツ言っててヤバい奴なんだから!!ルクスも近づかない方がいいよ!!」

「魔族と同じ力?魔法の事か?」

「そう!ユーリスは魔族と同じで人間の敵だって大人たち皆言ってるよ」


 ルクスはクエルの発言で、最初は誰もユーリスに話しかけなかったという言葉を思い出していた。

 ルクスはクエルを責めようとは思わなかった。

 子どもが周囲の大人の影響を色濃く受けることは当たり前であり、魔法という力が極少数の人にしか発現しない貴重なものであるならば、多くの人にとって理解の出来ない畏怖の対象となることも理解できていた。

 現にユーリスに魔法のことを聞くまで村人から魔法についての話は漏れてこなかった。魔獣が襲ってきた際も誰一人として魔法を使える者がいなかったからルクス一人が魔獣と戦闘することになったのだ。

 故に、本心から忠告するように優しく静かに口を開く。


「だったら俺にも近づかない方がいいぞ。クエル」

「え?どうしてそんなこと言うの?」


 クエルはルクスから放たれた言葉に困惑と焦りの表情を浮かべる。


「どうやらオレにも魔法の才能がある。つまり俺も、この村からしたら異質な存在ということだ。そういう訳もあって将来的にはこの村を出ることにした。ユーリスは関係ない」

「そ、そうなの?」

「ああ。まだ、どういった能力かは定かじゃないけどな」

「もしかして魔法が発現したから記憶がなくなっちゃたの?」

「さあ?どうだろうな?よくわからん」

「ルクス、人じゃなくなったりしないよね?ずっとルクスのままでいてね?」

「あっはっはっ。人とは別の何かになった感覚はないかな。大丈夫だよ。魔法が使えようが使えななかろうがオレはオレのままだ、変わらないよ」


 不安と信頼が半々であったクエルだが、聴くもの全てを無条件で信用させることができそうなルクスの自信に満ちた声音こわねを聞き信用すると決める。

 そして、今度は上目遣いの甘える子犬のような目で、ルクスの目を覗き込みおねだりし始める。


「……あ、あのさ!もしよかったらルクスがこの村を出るときさ、あたしも連れてって欲しいんだけど……ダメかな?」

「んー……」

「お願い♡」

「なんか役に立ちそうだったら考えてやるよ」

「ほんと!約束だからね!!」


 約束事が決まった時、部屋のドアが開き院長が現れる。


「クエル、やっぱりここにいたんですね!お母様が心配してらっしゃるわよ!早く家にお帰りなさい!ルクスもそろそろ寝る準備なさい!疲れてるでしょ!」

「やっっばっ!?」


 現れた院長を見て、クエルが焦ってベットから立ち上がる。

 そして、ルクスの髪を手で上げると額に軽く口づけして、部屋から小走りで出ていく。


「おやすみ♡」


 最後にヒョッコっと顔を覗かせて寝る前の挨拶を済ませると、院長とヤイヤイ言い合いながら自宅へ帰っていった。



 静かになった部屋でルクスは、ユーリスがやっていたように胸の前に手を掲げ魔力を感じられるように集中する。


「は~。全くわからん」


 そのまま仰向けでベットに倒れ込むとルクスは静かに眠りに落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る