第4話 友
魔獣事件があったその夜、ルクスは自分の部屋にある姿見の前に立っていた。
丘の上で目覚めてから初めて見る自分の姿。
12歳にしては高い方だろうか、細くしなやかなシルエット。色素薄目な血色の悪い肌の色。黒と白の混じったヤマアラシのような色の男にしては多少長めの髪。みすぼらしい髪とは対照的に黄金のように輝く、猫のように細い黄色い瞳孔。年齢相応の童顔。片方の白目の部分と20の爪の先が漆黒に染まっているという周りとの違いはあれど、外見的だけで言えば人類と言って差し支えない。
自身の姿をまじまじと確認してもルクスの記憶は蘇らない。
「自分の骨格も理解せずよくまともに動けたもんだ……」
ルクスは傷一つない体に不完全な機能がないか確認しながら、昼間の戦闘での不甲斐なさを振り返り奥歯を噛みしめる。
「しかし、どうするかな~。急に動かなくなったと思ったら記憶がないと
独り言を呟きながらベットに仰向けで倒れ込む。
魔獣との戦闘後、ここは何処で、自分は何者で、どう生きてきたのか、様々なことを色んな人に聞いて回った。
名前はルクス。出生不明の孤児である。故に誕生日も正確な年齢もわからず一応12歳ということになっている。物心ついたころには既に孤児院にて生活を送っており、孤児院の最古参である。
丘から村を一望した際に見えた、住宅地の中央に建っていた小さな教会らしき建物がルクスが育った孤児院であった。孤児院は院長と職員の合計3名で経営されており、村を統治している貴族の援助により孤児たちは不自由なく暮らすことができている。
ルクスはうつ伏せへと体勢を変え、院長から借りてきた本をベットの上に広げる。
「確かここはミラリアム王国という国のウル・ドゥニージャ公爵領の辺境、パトリア村だったよな。なんだよ!先生が住んでる泉が地図に載ってねーじゃん!」
本に描かれた高低差もわからず大雑把な情報しか載っていない地図を見ながら現在の位置を確認する。
ミラリアム王国はその名の通り王制であり、国のトップは女王である。身分階級が存在しており王命により各貴族に土地が与えられ、与えられた土地を貴族自らが統括することになっている。
しかし、貴族が全ての土地を逐一見て回ることなどできないため、基本的に都市や村などに長を擁立し管理している。とは言え、問題が発生した場合に女王から叱責を受けるのは拝命を受けた貴族であるため、貴族は小さな村に対しても融和な姿勢を取ることが多い。結果、小さな村であるパトリア村の孤児院も贅沢できるほどではなくとも満足いく生活ができるレベルにあった。
「この国の身分は世襲制が基本なのか…。王族、貴族、平民、この国では原則禁止になってるけど、国によっては奴隷階級なんてのも存在するのか…。てか、女がトップの国が多いんだな。……ん~王都や公爵とやらが住んでる都市についても知りたかったけど皆知らなかったんだよな~。まぁ、ほとんど村から出ないっぽいし、出た奴は帰ってこないっぽいしでしゃーないか」
記憶に刷り込むようにブツブツと独り言を呟きながら、ルクスは頭の中に情報を整理していく。
コンコンコン
ルクスの部屋のドアが非常に丁寧にノックされる。
「開いてるよ」
ルクスの返答を聞き、少年が入ってくる。
背恰好はルクスと近い。菜の花のような眩しい黄色い髪に
「座ってもいいかな?」
「ご自由に。……あー…悪いんだが…名前なんだっけ?」
「ああ、そうか記憶がないんだったっけ。ユーリスだよ」
近くにある椅子を引き寄せベットに座り直したルクスの正面に腰かけたユーリスは、ルクスの質問にフッと表情が暗くなる。
それでもルクスに罪悪感を抱かせまいとすぐに明るく名乗る。ただ、本題に入るためにすぐに笑顔から真剣な表情へと切り替わる。
「ルクス、もしかして魔法が使えるのかい?」
「魔法?」
「うん。魔獣と戦った時、人間離れした動きしてたでしょ?……ただ…魔法を使える人は生まれながらにその才を有しているそうで、後天的に魔法を習得するというは不可能とされているはずなんだけど……」
「前のオレは魔法とかいうのが使えなかったが、今のオレは使えてるってことか?」
「多分ね」
「悪いな、困ったことに何も覚えていないんだ」
「いいんだ。気にしないでくれ。それに君には感謝しているんだ」
「どういうことだ?」
「念のため布を敷かせてくれ」
そう言うとユーリスは立ち上がり自分の前に布を敷く。
その後、両手を向かい合うように胸の前へ構えると、目を
ユーリスが力を緩めると水は何事もなかったかのように空気中に霧散する。
「ふー。君の褒められてから結構努力したんだよ」
ユーリスは爽やかな笑顔を見せる。
それに対し、ルクスは目を輝かせ興奮状態で反応する。
「すげーじゃねーか!」
「ははっ。雰囲気は変わってるけど、やっぱりルクスはルクスだね!」
「どういう意味だ?」
「村の人は魔法を、つまりこの力を魔族の力として
「そ、そうか……。えー…あっそうだ。あの騒動の後、村が全体的に変な空気だったろ。なんかあったのか?」
唐突なユーリスの感謝にすわりが悪くなり、照れを隠すようにルクスは話を変える。
そのヘタクソな話の転換の仕方にクシャっと笑顔を見せた後、ユーリスは真剣な表情でルクスの問いに答える。
「今日、3年前と2年前にここの孤児院を卒業していった先輩たち4人が、山菜や薬草を取りに森に入ったそうだが、3人が遺体で見つかって1人は未だ行方不明だそうだ」
「そうか……オレもその人たちとは顔馴染みだったんだろうな」
「……うん……」
少しの間シンっとした沈黙が流れ、外の雑音が部屋の中にこだまする。場の空気を変えようと今度はユーリスが話を振る。
「ところで、ルクスは今後どうする?」
「どうって?」
「ボクもルクスももう12歳だ、今まで通り好き勝手はしてられない。成人の16歳まではまだ多少の時間はあるが、13歳からは一人前になるために村で仕事を手伝うか村を出るか選択しないと」
「あー。確か孤児院は一応成人までは面倒見るっつうことになってるが、基本13になったら出てくんだっけ?てか、以前もオレとこの話した?」
「うん」
「そん時のオレはなんだって?」
「ボクたちは孤児だからね。相続できる田畑や店はほとんどない。だから、君はこの村を出ると言っていたよ。村を出た後何をするかは決まっていなかったようだが」
「そうか……。明日先生の所にいくから進路はその後かな。……ただ最終的には村を出るのは変わらんと思う。村でできることは少ないだろうしな。ユーリス、お前はどうすんだ?」
「ボクはもう少し村に残ることにしたよ」
「もう少し?」
「ああ。今のボクではすぐに村を出ても何も出来ないことがわかった。しばらく孤児院を手伝いながら魔法の修行を積むよ。そして、強くなって王都に行く。王都に行けば魔法が役に立つ仕事があるかもだからね。それで……それで成人になったら…クエルにボクの気持ちを伝えようと思うんだ……」
「おっ、おう。頑張れな」
「ありがと!……それと謝りたいことがあるんだ」
「?」
「……実は…君があの魔獣と戦っているのを見ていた……。ボクは魔法が使えて…修行のためにルクスたちがせっかく遊びに誘ってくれても断ることも多かった。それもこれも何かあった時に君やクエル、皆の力になるためだ。……そう思っていたのに…いざその時が来たら怖くて動くことが出来なかった。ルクスが体を張ってたのに、加勢してあげられなくてゴメン!ほんと自分が情けないよ……」
ユーリスは椅子から立ち上がり、体を直角に曲げてルクスに謝罪する。
「いいって、気にすんな。それにオレも無策で突っ込んだだけだしな。結局、先生が来てなかったら殺されてたろうぜ。情けねー話だ……。そうだ──」
ルクスがユーリスに「明日一緒に先生のもとへ訪れないか?」と提案しようとしたタイミングで部屋のドアが乱雑に開けられる。
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