⑫神居神社と怪奇現象
今朝から慌ただしく家中を走り回る晴雪。風呂場以外の場所で怪奇現象が発生したに違いないと、二階や社務所、本殿までも確認しに行ったがどこも異常は見あたらなかった。その物音に目を覚ました私は、和室で息を切らしている晴雪を見つけた。
「どうしたの晴雪、そんなに慌てて」
「カレンお姉ちゃんっ」
額から汗を流して上半身全体で息をしている。ずっと走りまわっていたのか髪もボサボサにハネている。家でも学校でも身だしなみはいつも整えられているのに彼女らしくない。足に力が入らないのか、貧血気味によろけながら私のシャツを握り、不安そうに声を荒げる。
「あれだけっ、あれだけ毎晩、どこかしら怪奇現象が起こっていたのに!」
「落ち着いて、それはむしろ良かったんじゃ――」
「良くなんてありませんっ!!」
思わず体を反ってしまうほど、晴雪は激情にかられて叫ぶ。その異変に目を覚ましたまちこ達は廊下からコチラの様子を伺っていた。
「原因が分からなければなんの解決にもなりません! 今までは怪奇現象が発生する場所が分かっていたからまだしも、それが分からないんじゃ、次にどこで、どんな怪奇現象が起こるのか分からないじゃないですか! 壁が壊れたらどうしますか、本殿が壊されたら、家が燃やされたら……?」
何も異常がないことがむしろ不安に思ってしまう。今までは怪奇現象の発生時刻、場所、内容が把握できており、しかも電気や水道は目に見えるから良いものの、自分の知らないところで大切なものが無くされたり壊れされていたらどうしようと、そんな不安が蝕んでいく。
「想像するだけで怖いんです。私はこの家を守らないといけないんです。私に残された生きる希望はこの家だけなんです。この家だけは失いたくないんです。電気代や水道代なんて、この家が危険にさらされることに比べたらどうだっていいんです。どうだって……よくはないですが」
「どっちだよ」
腹の底に溜まっていたものを吐き出してスッキリしたのか、すこしづつ落ち着きを取り戻してきた。だけど表情は曇ったままである。
「一体何が目的なんでしょうか。私に、それとも父に恨みでもあるんでしょうか」
「それは私にも分からない。結局のところコチラ側が観測できなければ手も足も出せないからね。厄介な存在だよ。だけど確かなことは昨晩、怪奇現象は起こらなかった。もしかすると私たちのパワーで消し飛んだのかもしれないね」
「ぱわー?」
「うん」
彼女の乱れた髪を、指をクシの代わりにして整えながら話を続けた。細くて柔らかい髪質で指を通すだけでも気持ちが良い。
「幽霊は賑やかなところが嫌いって言うし、昨晩も怪奇現象そっちの気でトランプに熱中しちゃったしね。きっと幽霊は相手にされなかったことで拗ねてどこか行っちゃったんだよ」
「そんな子供みたいな」
「その子供だったかもしれないよ。晴雪のリアクションを楽しむイタズラ小僧だったかもしれない。もしかすると座敷わらしだったかもしれない。悪質な霊だったかもしれないけど十四の天使パワーで成仏したのかもしれないし」
「こらこら、いくら天使様を演じているからって勝手に除霊属性も付与させないで」
そんなことを言いながら近づいていく十四。タイミングを見計らって来たのだろうが、まちこは喧嘩でもしているんじゃないかと勘違いしているみたいで、おろおろしながら近づいてくる。私が「大丈夫だよ」と口パクすると、まちこはそっと胸を撫でおろす。
「宗教と天使様だけでもお腹いっぱいなのに、霊媒商法が追加されたらいよいよマズいから」
「聖水とか売りだしたらいよいよだよな」
「変態め」
「ただの水の話をしているんだが?」
余計な一言のせいで自らの恥ずかしい勘違いを露呈してしまった十四。恥じらいを隠すように、い〜っ、と歯を出してバカにした顔をする。かわいいやつめ。
「皆さん……さっきは取り乱してお見苦しいところをお見せしてしまい、、お恥ずかしいかぎりです。朝から大きな声をだしてすみませんでした」
「いいんだって。それくらい晴雪さんがこの家のことを大切にしているって分かったし、私たちも遊んでないで本格的に原因を突きとめないとね」
「結局、観測できなければ怪奇現象の正体は分からずじまいだけど、結果論として昨晩は怪奇現象は起こらなかった。もしかすると解決したかもしれないし、そこまで思い詰めなくてもいいんじゃないかな」
「解決、、したと捉えても良いのでしょうか?」
「明日以降も何もなければ、ね」
晴雪の髪をきれいに整えたあと、私は「えいっ」と、くしゃくしゃっと両手で乱してやった。「な、なんでぇ!」と悲鳴をあげる晴雪の反応が面白くてけらけら笑う。何やってるのと言わんばかりに呆れた顔をする十四のお尻を叩いて、私はリビングに戻ろうとする。
「とりあえず朝飯にしようか。晴雪も汗だくなんだしお風呂にでも入ってくれば?」
「まったくカレンは……もっと真剣に考えなさい」
「腹が減っては頭は働かずって言うしさ~」
そうやってその場から逃げるように立ち去ろうとしたが、やはり友人(仮)は鋭かった。
「カレンさん」と背中に向かって声をかけられた瞬間、彼女が何を言おうとしているのか何となく察した。
「昨晩、夕食を食べながら晴雪さんのお父さんのお話をお聞きしてから、カレンさんの様子がいつもと違うことに気づいていました。それは今もそうです」
「まちこちゃんそれは一体どういうこと?」
案の定、予想どおりの言葉が飛んできた。思わずため息を漏らしてしまう。
他人の顔色をうかがうのが得意で、多少の変化にも敏感で、心を見透かされているみたいに隠しごともすぐにバレてしまう。うまくやっていたつもりだったが湖畔まちこには敵わない。私なんかよりまちこのほうが観測者に向いていると思う。
「さっきの言動といい、カレンさんはすでにご存じなのでは。この怪奇現象の正体が何なのか」
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