⑪神居神社と怪奇現象


 神居家のお風呂場は、三人暮らしには勿体ないくらい大きなものだった。

 男女別とまでとはいかないが更衣室も用意されている。水捌けの良い黒曜石でできたタイル床と防水加工された木製の壁、テニスコート一面分もある風呂場は窮屈さを感じさせず、なによりもひのき風呂の良い香りが疲れた心をリラックスさせてくれる。もはや旅館のようにも思えた。


「すぅー……はぁ、ここに住みたい」

「体中がふやけちゃいますよ」

「そういう問題?」


 タオルで体を隠さない私と十四に対し、しっかりとタオルを体に巻くまちこと晴雪。それにしても友達同士でも恥じらう女の子にはグッと来るところがある。今すぐにそのタオルを剝いでやりたくなる。


「なんかさ、友達同士なのに恥ずかしがってタオルを巻いている女の子って良いね。タオルを剥ぎとりたくなる。そう思わないカレン?」

「そんなことよりも、エロ同人煩悩まみれの十四と同じ思考を持っていた数秒前の自分を殴ってやりたい」

「所詮はカレンも私と同程度ってなわけね。ウケるわ」

「どんなに思考が同じだろうが、思ったことを声に出すと出さないとじゃ全然意味合いが違うし、そのあたり履き違いないでくれるかな!」

「あのふたりとも、本人を前に丸聞こえだしタオルを剥ぎとったら絶交ですからね」

「ひぇっ」


 まちこの蔑んだ目は、お風呂を湯気すらも凍らせてしまうんじゃないかと思うくらい冷ややかだった。


「だからみんなで入りたくなかったんですよ。ね、晴雪さん」

「四人じゃなくて二人ずつでも良かったんじゃないかな。それだったらあとでまちこちゃんと一緒に入るし」

「なんですでに組み合わせが固定されてるの? 十四の裸なんて飽きたよ」

「とんでも失礼発言!!」


 食事を終えていざお風呂に入ろうという話になったが、交代で入る時間もないため四人で入ることを提案したところ、動揺したのは晴雪とまちこだけだった。まちこと十四とは銭湯で裸のお付き合いをしたことがあるため問題ないかと思いきや、まちこは抵抗がある様子だった。彼女曰く、「銭湯という公共の場と、お友達の家の風呂で裸になるのでは意味が違う」という。


「晴雪もそんなに恥ずかしがっていないで、はやく体を洗っちゃいな。タオルをずっと巻いていても洗うものも洗えないでしょ」

「それは分かっていますが、、さっきから天野さんの視線が」

「おい十四」

「てやんでい。だってよ天然もののGカップだぜ、刮目して目に焼きつけなきゃ失礼ってもんだろ」

「天然うなぎみたいに言うな。江戸っ子の思春期真っ最中の男子中学生か」


 シャワーを水に切り替えて十四の顔に当てると、その水が目に入ったのか「ぎゃあ」と小さな悲鳴があがる。その間に晴雪は、そそくさと体を洗い始めた。

 そしてヒノキ風呂に四人並んで一息つく。お腹も満たされて今すぐに眠ってしまいそうだった。


「ねえまちこちゃん、おっぱいが大きくなる薬ってある?」

「しつこいなお前は」


 どうやら十四は同年代でこの格差社会に納得いかないようだった。


「バストアップの薬はありますが、身体の成分から胸の脂肪分を作り出すのではなく人体に害のない科学製品の挿入もしくは注入によるものになります。美容外科と同じ方法になりますね。ですが十四さんはとてもキュートな容姿をしているのでお胸も慎まやかのほうが私は似合ってるかと思います。それに天使様が偽物の乳をぶら下げているのは、私としては――」

「これ以上はやめて。ごめん。私が悪かったから……ぐすん」

「泣いてもいいんだぜ。お風呂は体の汚れを落とすだけじゃないんだからさ」

「う、ううぅ」


 観客がいるわけでもないのにくだらない茶番劇が始まって、劇を終えると笑い声に包まれる。裸でバカみたいに笑って余計に疲れがドッと出てくる。こういったものが学生のノリといったヤツだろう。それが最近、楽しくて仕方がなくなっている私がいた。



 お風呂から上がりパジャマに着替えて布団を敷く。

 空いている和室はたくさんあるが、布団を持って行ったり手間がかかるのでリビングの横のスペースに敷布団を四つ並べて川の字で寝ることにした。ビビりのまちこと十四は真ん中である。


「もうすぐ23時ですね」

「時間ぴったりに怪奇現象って起こるんだっけ?」

「いいえ、時刻は定かではありません。23時ぴったりに起こるかもしれないですし、深夜帯に突然発生する可能性もあります」

「き、緊張してきました」


 時計の秒針をじっと眺めて23時になる瞬間を待ち構える。「あと5秒、4秒」とカウントし始めると、十四とまちこは体を寄せ合いながら手を繋いでいる。カチッ。秒針は23時を過ぎる。


「23時……になったけど何も起こらないね」

「あくまでスタートラインを出発しただけですからね。ここからです」

「とりあえず待っていても仕方がないし、定番の恋バナでもする?」

「皆無ね」


 そう断言する十四に私はため息を漏らす。アオハル真っ最中なのに寂しいものである。だからといって説教垂れるほど人生を謳歌していない私もため息をつく資格もないのだけども。何もすることがなくて布団に転がっていると、まちこがリュックサックからごそごそ漁り始める。


「実はトランプ持ってきたんですが、こんな状況ですけどやりますか?」

「どうせやることないし待っていても仕方がないからやろうか。そんで異変があったらすぐにいこう」

「だったらまずは大富豪やりたい!」


 このトランプが思った以上に白熱し、時間を忘れて、怪奇現象を忘れて、恐怖も忘れて、夜遅くまで笑い声が響いて気づいたら四人ともトランプカードを持ったまま眠っていた。




 朝の眩しい日差しが顔に当たる。山の中であるから雑多音が聞こえず鳥のさえずりがよく聞こえた。気持ちの良い目覚ましである。


 まず最初に目を覚ましたのは晴雪だった。寝起きで働かない脳内の歯車を始動させ、大きな口であくびをしながら窓を開ける。山の冷たい空気が寝起きの火照った体をちょうどいいくらいに冷ましてくれる。心地よい朝である。


「あ」


 晴雪は眠っている三人を見つめながら、昨日は楽しかったな、と嬉しそうにしていると、ようやく本来の目的である怪奇現象のことを思い出した。顔を青ざめて急いで風呂場に向かった。


「やばいやばいやばい水道代水道代水道代が!!」


 更衣室のドアを乱暴に開けて風呂場に入る。


「水道代がッ!!」


 そこにあった光景はいつも違っていて、ここ毎日のように勝手に流れていたはずのお湯は流れていなかった。

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