➉神居神社と怪奇現象
リビングに戻ると、各々の荷物の整理をしたあとに夕食作りにとりかかった。
以前お昼休みに『お泊りといえばカレーライスである』とまちこが語っていたため、それを思い出した私はここに来る前にスーパーで食材を買いそろえてきた。登山用のような大きなリュックサックを背負っていた理由はそういうことである。
しかしながら、まちこの念願のお泊り料理回は破滅的なもので、結局のところ最後に台所に立っていたのは晴雪だけだった。この壊滅的で悲惨な料理回はいずれ語るとして、完成されたカレーライスとポテトサラダに感嘆の声をあげながら、私たちはテーブルを囲み、いただきますと両手を合わせた。
そんな食事中に私は”怪奇現象”を話題にあげた。食後にゆっくり話す時間なんてない。それを解決することこそが本来の目的なのだから。
「それじゃあカレー食べながら状況整理をしよう。まず怪奇現象は23時から不定期に発生する。具体的な現象は電気が点灯したりお風呂のお湯が勝手に出たり、戸棚が開いたりする。他にも社務所でポルタ―ガイストが発生。幸いにも本殿には影響なし。こんなところか」
行儀は悪いが、ペンで状況を書きつづる。それを覗きこみながら四人で思考を働かせるが、怪奇現象以外でこれらが発生する原因は分からなかった。小動物が住んでいる線も考えたが、これらの現象は意図的に行われている気がした。まちこも科学者目線で考えてもらったが仮説を立てることも難しい様子だった。
「今まで晴雪が直接的に攻撃を受けたことは?」
「無いですね。どれもこれも、まるで子供のいたずらみたいで」
「近所の子供が侵入していたずらを……するわけないか」
標高は低いとはいえここは山の中腹部分だ。深夜に子供が家を抜け出し、晴雪の家に侵入して電気を点灯させ、お風呂の水を出すなんて考えにくい。たとえそうだと仮定しても犯人Xの目的が分からない。だけども、子供のいたずら、と言われたら思い当たる節はひとつある。そう思ったのは私だけではない様子だった。
「やっぱりこれって、神居さんのご先祖が寺子屋や子供の遊び場として部屋を提供していたことが関係しているんじゃない?」
「わたしも最初はそう思ったよ。だけど違う気がするんだ」
そう答えると「なんで?」と十四が問い返す。
「晴雪のご先祖といっても何世代も前であって数百年経過しているだよ。子供の浮遊霊か地縛霊が存在したとしてもそれまで怪奇現象が起こらなかった理由が不明だ。賀来次郎が怪奇現象に悩んでいたら面白半分で私に相談してくるし、なによりも晴雪自身が今まで体験したことがない」
「老朽化によって電気系統や水道管に異常があるだけ……なわけないもんね」
「はい。この現象が発生してから業者に確認してもらいましたが異常はありませんでした」
「やはり”怪奇現象”として落ちつくしかないのでしょうか。科学者の私にとってはすこし不服です」
「ん-……」
眉をㇵの字にして考えても答えは出てこない。こういうときはひとつひとつ可能性を潰していくのが大切だ。
「他に思い当たるものはないか晴雪。例えば賀来次郎の遺品整理していたら呪いの人形など呪物、お札とか出てきたり」
「……」
「晴雪?」
スプーンでカレーをすくったまま、晴雪は眉間にしわを寄せて考え込んでいる。なにか心当たりがあるようで、果たしてそれが関係しているのか脳内で整理している。
「……これが関係しているか分かりませんが、もしかするとひとつだけ、心当たりがあるかもしれません。父の遺品整理していたときの話です。実はこんなものが出てきました」
晴雪は席を立つと、リビングにある引き出しから長3サイズの茶封筒を取りだした。封筒の中身をテーブルに散らばらせる。手のひらサイズの四角の堅紙が大量に出てくる。
「名刺?」
「はい。ですがこの名刺は、なんと言いますか……」
一枚拾ってみると赤い口紅が付着している。『ガールズバー『ヨコシマタテシマ』』という名前と赤いハートマークがそこら中に描かれている。
「ガールズバーってなんですか?」
「まちこはまだ知らないほうがいい」
「えー」
十四の顔が何か言いたそうに引きつっている。もう一枚は『(株)マルマル△』と仕事関係の真面目そうな名刺である、が、裏面には『今晩、電話してね♡0X0-XXXX-XXXX』と手書きのメモがあった。そこに記された電話番号は明らかに業務携帯の番号ではない。
「見てわかる通り、母が他界してから父は女遊びに熱中していました」
「は?」
十四は怒りを含んでいる声色で聞き返した。
「毎晩いろいろな女性を連れ帰っていました。家に帰ってこなかったことも多々あります」
「そうだった……賀来次郎は昔から女遊びがひどかった。女子の着替えを覗くなんて日常茶飯事で、よく天井に吊るしあげられてたんだった」
「クズじゃん!!」
テーブルに拳を落とす十四は、天使らしからぬ一言を叫んだ。
「晴雪の前でそんなこと言うのは感心しないな」
「分かってるよ。こんなこと私の口から言いたくないよ。だけど純度100㌫のドクズじゃん! これでもだいぶ抑えているほうだよ。何股していたんだよコイツは。もはや恨みのバーゲンセールじゃん。今回の現象ってその女性たちの死者か生霊じゃん!!」
「その可能性も捨てきれないけど、なんだかすこし引っ掛かるんだよなぁ」
この現象が霊のしわざだったとして、賀来次郎に恨みを持つ女性たちだったらこの程度の現象で済むわけがない。もしくは嵐の前の静けさのように、いま以上に恐ろしいことが起こる前触れなのか。現象はいつも同じことの繰り返しである。なにかしら目的があってのことなのだろうか。それとも晴雪に何かを伝えようとしているのか。
「ここで考えたとして仮説しか立てられない。その仮説も非科学的なものに対してはなんら意味がないんだよ。非科学的な現象をいつまでも考えたところで正解にたどり着くことなんてないんだし、とりあえずお風呂入って、直接、この目で現象とやらを目撃しようじゃないの。考えるのはそこからだね」
食べ終えた食器を重ねて立ちあがると、まちこは私のズボンの裾を握ってくる。その手は微かに震えていた。
「まちこ?」
「怖いもの知らずですねカレンさんは。幽霊だなんて目に見えないもの、私にはどうすることもできません。皆さんを護ることさえも私にはできません。それゆえ怖くて仕方がなくて……」
どこにも行かないで。まちこの握る手が主張している。自分の得意分野の宿敵でもある存在に不安でいっぱいなのだろうが、それ以上に彼女は、自分のことより他人のことを心配する。例えば最終形態に変身した敵キャラが必殺技をくりだしたとき、まちこなら身代わりになって攻撃を受けるだろう。そうしたら私は「まちこのことかぁー!」と叫ぶ宿命にある。
冗談はさておき、目に見えない霊的存在を相手に、手も足も、薬を盛ることもできない。誰かを護ることもできない。だから私が前面にでて危害を受けることが怖くて仕方がないのだろう。死ぬことはないのに。
「ねえまちこ」
「……なんですか」
「例えばさ、この現象が霊的存在じゃなくて生身の人間の仕業だったら、霊的存在よりも怖くない?」
「めちゃくちゃ怖いです!! 言われてみれば生身の人間が不法侵入して、電気を勝手につけたりして帰っていくほうが何百倍も怖いです! この現象が霊的存在であることを願う思考がうまれてきました」
そういって元気に頭を抱えるまちこに、私は「ね?」と笑った。
「結局のところさ、一番怖いのは人間なんだよ」
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