④神居神社と怪奇現象
「「怪奇現象!?」」
私たちの声は中庭全体に響きわたった。
神居家は社殿兼住居の併用住宅となっており、父である賀来次郎が亡くなってから住居部分で怪奇現象が相次いで発生しているという。怪奇。文字通り普通ではない奇々怪々なことが起こっている。
例えば戸棚が勝手に開いたり、風呂場のお湯が勝手に出たり、トイレに置いてあるトイレットぺーパーが廊下に散らばっていたり。心霊番組によくありそうな事象だ。動物の悪ふざけでもない。それらは明らかに人ならざる者の類であるそうだ。
「妖怪か幽霊の類だと私は思っています」
「そ、そんな非科学的な~」
まちこは馬鹿にしたように鼻で笑うが、声が若干震えている気がした。怖いのを悟られないように強がっているのだろう。しかも晴雪の話を聞きながら徐々に十四との距離を詰めていた。愛いやつめ。
「その怪奇現象が社殿で起こらないのは不幸中の幸いです」
その奇怪千万な出来事が社殿で起こらないのは神聖な場所だからかもしれないが、偶然なだけかもしれない。社殿には高価な品物ばかり置いてあるためポルターガイストにより破損すれば大打撃である。
「それに私に危害を与えるような攻撃的な現象はありませんが」
「が?」
「奴らのせいで電気代や水道代が上がっているんです!」
晴雪はその場で立ち上がり握りこぶしを震わせる。どうやら日頃のうっ憤が爆発したようだ。怒りに満ち満ちた声で彼女は続ける。
「その怪奇現象のせいで光熱費が月々で5千円ほど上昇しているんですよ! 5千円ですよ、信じられないでしょう!? 笑って済ませられる金額じゃないんですよ。ただでさえ節約生活を送っているというのに!」
「……お、おぉ」
その怒声に中庭のカップルたちでさえも晴雪に注目する。それくらい彼女は怒りで炎上していたのだ。晴雪は「ごほん」とわざとらしい咳ばらいをしてその場に座った。ピンクの髪の毛を人差し指に絡める。どうやら冷静になったようだ。時間差で顔が真っ赤に染まっていく。
「と、取り乱しました……」
「晴雪の熱い気持ちが伝わったよ。それでその怪奇現象のことは賀来次郎からなにか聞いていないの?」
「父から神職の仕事を継いだときはさまざまな業務を教わりましたが、霊的な退治の仕事は聞いたことがありませんでした。カレンお姉ちゃんもそれっぽい話を聞いたことありますか?」
「いいや私も聞いたことはないなぁ」
晴雪は顎に手を添えて記憶をたどるが、やはり覚えがないようだった。小さなため息が漏れる。
「この怪奇現象は父が亡くなったことによる影響なのか、妖怪の類なのか、もしかすると父に恨みを持つ幽霊の仕業なのか分かりませんが、このままだと私は毎日もやし生活なんです」
「そりゃあ大変だ」
「だからカレンお姉ちゃん」
「嫌だ」
「ちょっとカレン!」
十四が強い口調で私を叱る。晴雪が何をお願いしようとしているのか口にしなくても話の流れ的に分かる。お決まりの展開である。私は胸の前で腕をクロスさせ、併せて首を横に振る。晴雪には申し訳ないが完全拒否のサインを送る。
「私は妖怪や霊的な存在は無理なの。共演NGなの。観測者に観測できない存在を観測しろって、ヘヴィメタルにヘッドバンキングを禁止するようなものだぞ」
「なら大丈夫じゃない」
「十四はいま、全国のヘヴィメタルファンを敵に回した」
「そこまで!?」
「ようは相性ってものがあるんだよ。私に頼むのは見当違い。私が居たとしても何の役にも立たない。それに私らのクラスはそういった専門家ばかりいるだろ?」
観測者が観測対象を観測するように、ヘヴィメタルがライブでヘッドバンキングをするように、怪奇現象といえばそれを専門とする者がいる。
「例えばステラハートのような自称エクソシストだったり、つねに水晶持ってる貞子みたいなやつもいる。必要に応じてハッカーに24時間録画してもらってもいい。この件はそいつらに依頼したほうが即刻解決できるって。適材適所だよ」
「そうかもしれないけど、あの人たちとあまり仲良くないですし、なんだか怖いし」
「一理ある。ステラハートとか歩く怪奇だもんな」
自分で言っておいてなんだが、私も自分の家で怪奇現象が起こったらアイツらには頼まない。より怪奇現象を活発化させてしまいそうな気がする。それに弱みにつけ込んでパシリにされそうだ。
「だからカレンお姉ちゃんお願い、私と一緒に奴らの退治を手伝って!」
両手をパンッと鳴らして深々と頭を下げる晴雪。さっき彼女の苦労話を聞いたせいで突き放せなくなってしまった。それも作戦のうちだったら末恐ろしい子に育ったものだ。
「カレンお姉ちゃんが傍にいてくれるだけでも頑張れる気がするの。だから今晩、私の家に泊まって!」
「手伝ってあげなよカレン。さっき『力になるからさ』とカッコつけたばかりじゃん。どうせ暇しているんでしょう。昔馴染みからのお願いなんだから」
「ここ最近の十四、私に対して当たりが強くない? 初期の頃の十四が恋しいよ」
「初期言うな」
私が困り果てていると、「カレンさん」と野菜ジュースを飲み終えたまちこが口を開く。希望の女神が優しく微笑んだ。やはり持つべきものは友達(仮)だ。
「冷たいことを言わずに手伝ってあげたらいいじゃないですか。お世話になったんでしょう? 恩はしっかりと返すべきです」
希望が絶えた。こうして三人の圧により、私は首を縦に振るしかできなかった。
「ああもう分かった。もう分かったよ。怪奇現象の解明に協力するよ」
「カレンお姉ちゃん!」
「ただし、まちこと十四も道連れだよ」
「「え?」」
まさか飛び火が来るなんて思ってもいなかったのだろう。嫌だとは晴雪のまえで直接的に言えない二人は硬直していた。その場をしのぐ言葉を見繕っているが、私が先手を取った。
「状況を聞くだけ聞いて『私は関係ありません』だなんて、そんな虫のいい話はないでしょう。人に手伝えといった責任はちゃんと取るべきだ。それに二人よりも四人のほうがすぐに解決できるだろうし」
「か、科学者と霊的存在は相性が悪いんです。私だって霊的な存在を調査したこともあります。だけど天才科学者の私でも霊的な存在の解明は不可能で――」
「まちこ、お友達(仮)からのお願いだよ。まちこのことを頼りにしているからこうしてお願いしているんだよ。その気持ちを蔑ろにするの? それにお友達とのお泊り会だよ。夜には恋バナにトランプ! さぞ楽しいだろうなぁ」
「うぐぅっ」
まちこはぐうの音を出して反論できずにいた。ちょっと行きたい気持ちが勝ったのだろう。一方で十四に目を向けると、彼女は祈りのポーズをしながら天を仰いでいる。こころなしかキラキラしたものが見える。
「カレン様。我が主から授かった新約聖書ver3.4にこう記されております――」
「都合の良いときだけ天使様になるな。やっぱり十四のなかで天使様がコメディ化してるだろ。それに天使様なら困っている人を見捨てたりしないよね? 世界中を幸せにする天使となるんだもんね?」
「くっぅぅ」
十四も堕ちた。これで勝負ありだ。
「よし決まりだ。今晩、晴雪の家で泊りがけで調査だ。三人いても問題ないよね晴雪?」
「はい、むしろ嬉しいです! ずっとひとりで生活して寂しかったので大歓迎です! 神居家に代々伝わる黒ゴマおはぎを作って待ってますね」
「お、そりゃあ楽しみだ」
こうして放課後に晴雪の家で、怪奇現象の解明&お泊りパーティーが開かれることになったのである。
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