サブスト_コインランドリーとスポブラ

 ゴウンゴウンと重機が動くような機械音がする。その鈍く重くるしい音は太鼓のように骨まで響いている気がした。嫌いな音ではなかった。


「……」


 開店したばかりのコインランドリーには最新のドラム式洗濯機だと思われる機械が十個ほど設置されている。そのうち二つは布団を洗濯する専用の機械だった。残り八つは通常の洗濯機で、そのうち二つしか使用されていない。私と十四である。内装は清潔感を思わせる白色で統一されており、照明の反射で目が痛い。


「別に気にしなくていいじゃん」

「よくない」


 コインランドリーの真ん中に作業台があり、それを囲むように数個のイスが置いてある。そこに私たちは座っていた。この時間帯は私と十四しかいない。それなのに聞こえてくるのは洗濯機を回す音だけ。会話してもすぐ途切れる。その理由は十四の機嫌が悪いからである。さっきまであんまん食べて仲良くしていたのに、だ。


「どうせなら洗濯物を一緒に洗おうって言っだけでどうしてそんなに怒るのさ」

「怒るよ! それにカレンが私の下着を勝手に触って広げるからでしょう!」

「誰もいないからいいじゃん。見られているわけでもないし」

「誰がどこから見ているか分からないじゃない。防犯カメラだってあるし外から丸見えだし、それに友達だからって、今日一日使っていた下着を触られたら嫌だもん。泥まみれだし」


 そういうわけで十四の機嫌を損ねてしまった。

 洗濯物も別々に洗うことにもなったわけだが、私からしたら『そこまで怒ることか?』と思ってしまう。私は不死身である以外は体の構成や思考もヒトと同じだが、その一点が違うだけでヒトと呼べる存在ではなくなる。


 私はヒトではない。そんな自己暗示によって思考も感情もヒトから遠ざかっていく気がした。プライドなんてものは持ち合わせていない。だから十四がここまで怒っている理由が理解できないし、そうやって怒れることが羨ましくも感じた。


「そもそもカレンはデリカシーが欠けているのよ。観測者のくせに相手の嫌がることも分からないなんて、まちこちゃんの言うとおり『自称』観測者なんじゃないの? ただの厨二病なんじゃないの?」

「かっちーん」


 さっきの言葉を訂正しよう。普通に頭に血が上った私は唇を尖らせながら十四に反撃する。


「あーあーそうですか。だったら自称観測者が天野十四を観測した結果を発表しまーす」

「へ?」

「このド変態天使が。替えの下着がないからパンツを履かずに半ズボンを履いている今この状態に興奮を覚えているだろ。人とすれ違うたびに心拍数が上昇し、アドレナリンが分泌されているときに生じる呼吸の乱れもあった。そして特定の筋肉の動きが幸せホルモンに満たされているときに起こるもので、隣にいて何度も確認できた。ときどき刺激を求めてズボンを揺らしていただろう。上半身だって意味もなくシャツを動かしていた。私が気づかないと思ったか。それに連動するように乳――」

「や、やめ、やめろぉ!!」


 内装が白色で統一されているから十四の顔の赤さが際立っている。椅子に足を乗っけて体操座りで胸元を隠す。唇を嚙みながら泣きべそをかいて私を睨みつけている。


「カレンのバカ! 言っていいことと悪いことがあるでしょう!」

「そんなに興奮しないでよ。垂れているぞ」

「へっ、嘘!?」

「嘘だよ」


 センシティブな指摘の数々に、ついに恥じらいの限界を超えて涙を流しはじめた。そんな十四をみて、やりすぎた、と我に返る。


「ううぅうえーん、カレンのバカ!!」

「あぅ、えっと、ごめん十四。ちょっと言い過ぎたかも?」


 こういう時にかぎって洗濯機の音が静かになる。十四の鼻をすする音が虚しく響いている。もしも天使様の信者にこの光景を見られていたら打ち首だけじゃ済まされないだろう。一生逃亡生活をしなければならなくなる。


「で、でもさノーパンでいることも悪くないんだよね。ノーパン療法といってノーパンを薦める医者もいるそうだよ。副交感神経が高まって女性ホルモンが分泌される。つまり胸が大きくなるんだ(カレン説)」


 必死に話題を変えようと絞り出した内容がコレだった。これも一応は天野十四を観測した結果に結びついている。どうやら私の選択は正解だったようだ。「ほ、ほんとに?」と十四が食いついた。


「私も一時期、ノーパン療法をしたこともあるんだ」


 観測者時代、過酷な戦時中で必要最低限の衣類しか支給されないことがあり、パンツを履けなかったことがあった。状況は違えど結果は同じだから嘘ではない。まずは同じ境遇にいたことアピールをして共感することが大切だ。


「それに十四、普段からスポブラを着けているでしょ。それを悟られたくなくて下着を触られないようにしていたんだよね。洗濯物を分けたのもそれが一番の理由じゃないの?」


 迷った挙句、素直にコクリと小首を縦に動かした。


「十四のスポブラがちらっと見えたけど使い込んでいる跡があった。糸も解れていて中学生くらいから使っているものだと推定できる。つまりそれくらいの年齢からカップ数も成長していない。そうでしょ?」

「……」

「無言は肯定と捉えるよ。高校生になった十四はこう思ったはずだ。成長期なのにどうして胸が成長しないのか、と。ずばりその原因のひとつにスポブラが関係しているんだよ!」

「スポブラが原因だって!?」


 涙などとうに乾き、興味津々に私の話に耳を傾ける十四。通販番組のサポーターのように気持ちの良いリアクションをしてくれる。


「スポブラは普段づかいするのは適切ではないんだよ。なぜなら胸を締め付けられるからだ。つまり成長途中の胸の血流を悪くさせて、かつ、乳腺を締め付けることで胸の脂肪量を抑えてしまう。ただでさえ天使様を演じて身体的・精神的ストレスを感じている十四に、さらにスポブラを付けるなんて胸を大きくしない努力をしている人にしか見えない」

「私は今まで、知らず知らず私自身を苦しめていたなんて……どうすればいいの!」

「解放してあげるのです。スポブラという呪縛から」

「でもこんな胸のサイズにあうブラジャーなんてどこにも」

「誰が着けろといいましたか?」

「え、ま、まさか」


 両手を己の胸に添える。今の十四はシャツ一枚だけで何も着けていない。つまりこういうことか、と彼女の目が私に答えを求めてくる。


「もう一度言います。解放です。一定のカップ数になるまで普段から解放してあげるのです」

「でもそしたら……み、見えちゃうよ」

「そうですね。体育の授業なんて大惨事です。だからこれをつけなさい」


 バッグから一枚の薄いシールを取りだし、テーブルに置いて十四のところまで滑らせた。


「これは、絆創膏!!」

「すこし大きめの絆創膏を貼るのです。これはノーブラ推進協会だけではなくコスプレイヤーも普段から使っていたりします。いいですか十四。胸を大きくしたいのであれば豆乳やサプリ、マッサージだけではなく、胸が大きくなる根本的な理由を、つまり人体の仕組みを調べるのです」

「カレン……いいえ、観測者様!」


 感謝と尊敬の眼差しで私を見る。話題を変えるためとはいえ取り返しのつかないところまできてしまった。ノーブラ推進協会って何だよ。すんなり受け止めないでよ。私は内心焦っていた。このままでは十四はノーブラ・ノーパンで登校するようになってしまう。ここから先のシナリオは考えていない。


「まあ先のことはいっか」

「カレン?」

「いいや何でもないよ。あ、最後に一つ。体操座りしているとズボンの裾からお股が丸見えだよ」

「それを早く言いなさいよ!!」


 そう叫んだと同時に『ピー』と洗濯物が終わったのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る