②十四と天使様
容姿だけではなく私やまちこに欠けている美しさとお淑やかさを兼ね備えており、彼女を纏う空気にはマイナスイオンが放たれている。この世のすべての悪を浄化してしまいそうだった。丁寧に丁寧を重ねた丁寧語を使い、某青春野球マンガの筋肉矯正ギプスで育ったかと思うくらい姿勢が良い。そしてこんな騒動にも動じずにコチラを見ていた。
「もしかしてまちこ様、わたくしの天使の輪っかを凝視して目を痛めたのですか?」
まちこはうめき声を上げながら小さく頷いた。私の怒りはスンッと溶けていった。こみ上げていた怒りが馬鹿みたいに思えてきて、まちこのおでこにデコピンを放つ。
「なあ天野。さすがに授業中はその蛍光灯を消してくれないか?」
「カレン様。あなた様のお言葉を否定する形になり大変恐縮ですがこれは蛍光灯ではありません。これは生まれ授かった天使の輪っかなのです。私は神の使いである天使ですので」
そして十四は自称天使なのである。彼女のいうとおり頭の上には天使の輪っかが存在している。天使の輪っかもどきの蛍光灯が。
「それじゃあその天使の輪っかとやらの光を一時的に消したり弱めたりすることはできるの?」
「もちろん可能です」
天使の輪っかから糸が伸びている。それを引くと『カチッ』と音とともに眩しい光が消灯した。
「私も配慮が足りませんでした。こうして湖畔様に危害を与えてしまったことを心からお詫び申し上げます。今後は授業中に限り、天使の輪の力を弱めることにしましょう」
丁寧に直角90℃まで腰を曲げてお辞儀をする。私はもう一度、頭に浮いている天使の輪っかを観察する。どうみても丸っこい蛍光灯にしか見えない。目を凝らしてみると背中から頭上まで透明なプラスチック板が伸びている。それが丸型蛍光灯を支えているようだ。まさにハリボテ天使の輪っかだ。
「まちこもまちこだよ。なんで蛍光灯をジッと見続けるんだよ」
「うぅ、うぅ、黒板をみていたのですが、自然とあの光に目が吸い込まれてしまい。恐るべし天使の輪っか」
「電灯に群がる羽虫か」
まちこは新米教師に抱きかかえられて保健室まで運ばれた。ちょっとした騒動で授業は中断されて残り時間は自習となった。残り五分でチャイムが鳴る。まちこのお見舞いにでも行こうかと思ったが十四のことが気になり、黒板に板書された情報をノートに書き記す十四に声をかけた。
「推古天皇は美しい女帝だったよ」
十四の手が止まる。シャープペンを置いて静かに顔を上げる。
「いつも朝廷のために尽力して女帝は皆を愛し、そして皆から愛されていたんだ。立派なヒトだったよ」
「カレン様……」
「知ってるか、敏達天皇と推古の結婚を手助けしたのは私なんだよ。恋の相談とか受けてたなぁ。どの時代も恋する女の子は可愛いもんだよ。まあ私がどうこうしようが敏達と結婚することは決まっていたらしいけど」
「当時のことは教科書を通じてでしか存じ上げておりませんが、きっとカレン様が手助けしたからこそ二人の間に愛が育まれ、7人の子宝にも恵まれたのでしょうね。カレン様もキューピッドでしたか」
「優しいんだな天野は」
そう言うと「こほん」とわざとらしく咳払いをする。
「カレン様、失礼ですが私のことは天使様とお呼びください。私に仕えるものは者たちはそう呼んでおります」
十四は不気味な笑みを浮かべる。穏やかな顔をしたピエロの仮面を被っているみたいに、彼女の口角はつねに上がっている。彼女の外面スマイルはまるで絵本に出てくる天使のように可愛いのにビビッとこない。可愛い子は大好きなのだが、十四に限ってはなぜかあまり好きになれないタイプだった。
「それじゃあキューピット様」
「ローマ神話風に訳していただかなくて結構です。私のことは天使様とお呼びください」
「意味は同じだろ?」
一瞬だけ頬がピクリと反応した。表情は不気味なくらい穏やかではあるが、どことなく複雑な気持ちが顔に出ている。ふたたび咳ばらいをして「カレン様」と私の名を口にする。
「確かに意味は同じかもしれませんが、キューピット様と呼ばれ慣れていないこともあり、カレン様もさぞ呼びにくいでしょう」
「そうでもないけど」
「そうでもあります。ご無理をさせるわけにはいきません。どうか私めのことは天使様とお呼びいただけると」
「トゥルルットゥットゥットゥッ、トゥルルットゥットゥットゥッ」
「カレン様?」
「トゥルルットゥットゥットゥットゥットゥットゥッ、トゥッ、トゥッ、トゥッ、トゥッ——」
「おやめくださいカレン様。どうしてお昼の料理番組のテーマソングを歌うんですか。私は天使であって、かの有名な裸のキューピットとは違います。私のイメージが裸でくるくる踊るキューピットのイメージに変換されてしまいますので、どうかその歌をおやめくださいませ」
「いいんだよ、ここで脱いで踊っても」
「な、なに言ってるのあなたは!?」
十四は自分の体を抱いて、まるで変態を見るかのような恥じらいに嫌悪感を上乗せした目で私を睨みつける。
これが私と天野十四が関りを持つことになった最初のきっかけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます