③十四と天使様
西暦2023年5月22日(月)16:40 天候 晴れ
まちこは保健室で安静にしても涙が止まらなかったため病院へ受診しに早退した。最近はつねにまちこと行動を共にしていたこともあり帰り道にひとりでいるのは久しぶりだった。それがすこしばかり寂しいと思いはじめた自分がいる。私も変わりはじめているのだろうか。
「まちこの寮に侵入して待ち伏せはさすがに良くないよなぁ」
小学生が放課後の外遊びから帰り始める夕刻、
帰ってもすることのない私は暇を持て余しているため帰路につかずに寄り道をしていた。すると偶然にも
「どうしてそんな嫌な顔するのさ」
「どうか胸に手を当てて考えてみてください。そして思い出してください。カレン様がわたくしに放った本日の言動を」
「道端に落ちている犬のフンをみるような目をしないでよ」
「例えが最悪です!」
十四は踵を返して来た道に戻っていく。私はその後ろをついていく。一定の距離感を保ちつつ彼女が足を止めたら私も足を止める。曲がり角を曲がれば私もそれに倣う。また数歩進んではまた止まる。まるでストーカーの気配を感じ取ったかのように十四は恐るおそる振り返る。私と目が合った。
「ど……どうしてついてくるのですか?」
「偶然だよ。ただ進む方向が一緒なだけ。もしかして私が後ろをついてきたことで『この人、私のことが好きなのかな?』って思い込んでる? 顔が可愛いからって自惚れた勘違いしないでよ夢女子め」
「今の質問でなんでそこまで言われなきゃならないの!?」
「ふとした時に敬語が抜けるんだね。まだまだだな十四は」
「しまっ…!」
十四はとっさに口を塞ぐ。それから不機嫌度マックスの顔をして私を睨みつけてくる。天野十四に距離が近くなるにつれ彼女の仮面がぺりぺり剥がれていく。
彼女は唇を尖らせたまま右手をすぃーっと左へ流し、お先にどうぞ、と私に道を譲る。釈然としない顔で私と目を合わせようとしない。きっと私に対する好感度数は一桁台だろう。
「ねえ十四、あそこにゴミが落ちてるよ」
「え?」
住宅街の一画にある公園のフェンス脇にお菓子の袋が落ちている。それを十四に伝えるも彼女は首を傾げるだけだった。私も一緒になって首を傾げる。
「え、拾わないの? 天使なんでしょ?」
言葉にしてようやく理解したようで、「も、もちろんです。あとで拾おうと思っていたんです」と穏やかな笑みを浮かべてお菓子の袋に手をかける。と思ったがゴミには一切触れず足早に戻ってきた。
「我が主から授かった新約聖書ver3.4にこう記されております」
「え、ごみは……」
「天使たるもの、罪を犯した者をけっして許してはいけない。ただし償いの機会を奪うものではない。更生しようとする者がいたら救いの手を差し伸べるのが天使の責務である、と」
私は目を細めてお菓子のゴミを観察する。表面には泥が付着しており、袋の中身はうじゃうじゃと虫が飛び出している。
「あのゴミは捨てた者が拾うべきものなのです。我が主はこう言っています。あのごみ、拾うべからず。カレン様も拾ってはなりません。きっと償いの機会を奪ったことで罰が下ってしまうでしょう。私たちがこの場にいては捨てた者がゴミを拾いにくいでしょう。早々に立ち去るとしましょうか」
十四は空に向かって祈りのポーズを捧げている。性根の腐りかけた自称天使である。そんなことをしている間、幼稚園の制服を着た子供がお菓子のゴミを発見し、ためらいもなく素手でゴミを拾って公園のゴミ箱に捨てた。子供の隣にはお母さんもいた。水道でしっかりと手を洗い、アルコールスプレーで消毒殺菌。お母さんは子供の頭を撫でながら立派な行いを褒めている。子供も嬉しそうに笑顔を見せていた。その様子を十四は小さい口を開けて一部始終を目撃していた。
「……罰が下っちゃうのかぁ」
私がボソッと呟くと十四は辱めに耐えきれず涙をうっすら浮かべる。地団駄を踏むみたいに足音を強くして歩き去っていく。ちょっかいを出し過ぎだろうか、あからさまに不機嫌である。彼女の後ろを私は黙ってついていくことにした。
天野十四を堂々とストーカーしている私の存在に気づいていながらシカトを貫いている。もしまちこがこの場に居たならば「悪いのはカレンさんです。車の対物賠償なら10:0になるくらいカレンさんが悪いです。ちゃんと謝りましょう」となだめてくるだろう。私の中の妄想まちこがそう発言しているのだから、私自身も私が悪いことくらい分かっていた。
謝りたい気持ちはあるがタイミングが分からない。だから様子をうかがう理由もあって彼女をストーキングしているわけだが。
(十四はどこぞのお嬢様なのかな?)
ハイブランドの革靴、海外の高級貴宝石で扱われる純プラチナの髪飾り、そしてハリボテの天使の輪っか。その天使の輪っかもとい蛍光灯は消灯しているのに周りの光を吸収して金髪よりもきらびやかな輝きを放っている。
それもそのはず。蛍光灯を支える骨組みには4カラットのダイヤモンドが複数個も埋め込まれている。模造品ではなく本物のダイヤモンドが。
本物のダイヤモンドなんてはるか昔、観測者として貴族の屋敷に滞在していたときにお目にかかって以来である。美しいものと可愛いものには目がない私は、そのダイヤモンドに目を奪われていると。
「あでっ」
十四が急に立ち止まったことに意識が向かず、彼女の後頭部に鼻を打ってしまった。鼻血は出ていないが赤く腫れている気がした。そういう痛みだった。だけどおかげでダイヤモンドに目が眩んだ私は我に返ることができた。
まちこに言い放った『電灯に群がる羽虫』がブーメランで返ってきて私に突き刺さる。
「急に立ち止まらないでよ危ないな」
ストーカーしていたヤツが何を言ってるんだ、と自分で自分にツッコミいれる。けれど十四から返事はない。
「どしたの?」
彼女の視線の先にはコンビニがあった。そのコンビニの前には高校生がたむろしていた。彼らは肉まんを四等分にしてシェアしている。高校生なのでお金がないのは分かるが、肉まんを四等分するのはさすがにみすぼらしい。せいぜい肉まんのシェアは一人までだろう。しかも制服が同じであるためコスプレじゃなければ我が校のα棟の生徒だろう。
彼らは四等分した肉まんを美味しそうに食べている。ひと口で終わっちまった、と笑いあっている。青春って感じだ。
「たしか校則で買い食い禁止ってあったよね。さすが十四様。我が校の風紀を正すため注意しに行くってわけか」
やってしまった、と思った。謝るためについてきたのに火に油を注いでしまった。だけど性根の腐った自称天使だから『聖書にこう記されて』と注意をしない言い訳をするのかと思った。
「……いえ」
私の声は聞こえていても彼女に届いてはいなかった。彼らを観察する十四の横顔はいつもの外面スマイルは消え、まるでかごの中の鳥が大きな空に憧れるような、羨ましそうでいて、どこか苦痛に耐えるような表情をしていた。
夕暮れのチャイムが17時を知らせる。その柔らかなピアノのメロディーに紛れこませるように、彼女は一言零した。
「私の家は世界的にも有名な宗教一派なんです」
それはあまりにも唐突で、口を滑らせた様子もなく、視線は正面を向けたままだったが私に向けた一言だった。その時の十四は、普段の『天使様』を片鱗も感じさせない普通の女子高校生のようだった。
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