④小さな科学者と惚れ薬

「あの中にお目当ての女の子が?」

「キャバクラの黒服さんみたいな言い方しないでください」

「その見た目からキャバクラって単語は出さないでもらいたい。青少年健全育成なんちゃらに引っかかって私達の物語が終わる」

「何を言ってるんですか?」

「それよりも、あの場にいる一際目立つ女の子は誰だい?」


 その群がっている女子生徒の中心には、身長180センチは超えているだろう女子がギターケースを背負って立っていた。ということは軽音楽部だろうか。憶測だがアレはファンに囲まれているみたいだ。なぜなら取り囲む女子たちからピンク色のハートが飛び散っているからだ。


「いや、待てよ。よく見たらあれはギターケースなんかじゃないっぞ!」 

「なにが「ないっぞ!」ですか。そんなオーバーリアクションしなくてもあれがギターケースじゃないことくらい見ればわかるでしょう。耳がキンキンしますのでやめてください」

「ち○ち○?」

「穢らわしいにも程がある!!」


 目を凝らしてみると背負っているのはギターケースではなく銀色の十字架が埋め込まれた人型サイズの棺桶。吸血鬼が登場する洋風映画のお屋敷にあるような棺桶であった。そして当の本人は腰まで伸びた白銀色の髪に、二日酔いのような死んだ魚の目をしている。これほどまで棺桶が似合う人は初めて見た。私の憶測は的外れだった。


「そういえば教室の後ろにおおきな棺桶が置いてあったな」

「よく平然とした顔で『そういえば』なんて言えますね。棺桶ですよ棺桶。私なんて最初に見たとき腰抜かしましたよ」

「実は今日の昼休み、購買で昼飯買って戻ってきたときに足をつまづいてさ」


 まちこのレッサーパンダのような手がふたたび私の視界を遮る。


「ま、待ってくださいカレンさん。このタイミングで突然なんですか、いったい何の話が始まるんですか」

「あの棺桶にまつわる話だよ。あれは今日の昼休みのことだった」


 怖い話でも始めるみたいに声のトーンを低くすると、まちこの喉が鳴る。


「昼食を買いに購買へアップルメロンパイと牛乳を買って戻ってきたら、突然足に痛みが走り、体勢を崩してしまったんだ。そしてあの棺桶に牛乳ぶちまけちゃったんだよ。そしたらあの子にめちゃくちゃ怒られてさ」

「アップルメロンパイの存在がとても気になりますがそれは一旦おいておくとして、入学して二日目でなんてことやらかしているんですか!? 相手の私物に牛乳ぶちまけるなんて忌み嫌われる行為ですよ! 一歩間違えたらあの棺桶にインですよ!」

「事故だよ事故。故意でやったわけじゃない。そもそも教室の床に顕微鏡が置いてあって、それを避けようとして転んだんだ。結果的にあの子とは和解して、教室の床に顕微鏡を置いていたやつが悪いってことになったんだよ。多分その顕微鏡、呪われたね」

「顕微鏡……それ私の顕微鏡だぁ!」


 スマホで『除霊、方法』で検索しはじめるまちこに、せめてもの慰めで肩に手を置いた。いま思えばまちこの机の周りには科学用品や実験道具が散乱している。たしかに教室の後ろに棺桶を置いているのもイカれていると思うが、入学二日目でそういった私物を遠慮なく置けるまちこもなかなか変わり者だ。


「あの子って自己紹介のときに自称エクソシストと名乗っていた。名前はたしか……」

「略称でステラハートさんですよ。本名はドラ〇エの復活の呪文みたいに長いお名前でしたので、さすがの私も覚えられませんでした。それと自称なんて言ってませんよ。それをつけることで痛い子みたいになってしまいますからやめてあげてください」

「まちこも自称科学者だっけ?」

「れっきとした科学者ですがぁ!? 神経を逆なでするのお上手ですね!」


 きゃんきゃん吠えるまちこを差しおいて、もう一度、廊下の先を見つめる。


「それにしてもステラハートのやつ、立入禁止エリアのα棟に侵入、しかも一般生徒と接触禁止なのに堂々と違反してやがる。肝が据わってるな」

「いや、アナタも大概ですよ」


 それを言われたら反論できなかった。反論する気もないけども。だけど私はステラハートと違って一般生徒と接触していない。罪は軽いほうだ。


「それで話は戻るけど、まちこはステラハートに用事でもあったの?」

「ええ……まあ、そんなところでしょうか」


 歯切れの悪い返答。必要以上に情報を喋らないという意思が伝わってくる。そうなると余計に喋らせたくなるのが私の性なのである。けれど冷静にまちこの行動を思い返せばいくつか見当がつく。


「よし、この名探偵カレンちゃんが真実の扉をノックして差し上げましょう」

「ノックだけですか。ずいぶん配慮してくれる名探偵さんですね」

「察するにあの小瓶だったものをステラハートさんにプレゼントしようとしたわけだ。もしくは一服盛ろうとタイミングを窺っていたか、なんて……」


 答え合わせにチラッとまちこの様子を窺う。嘘が下手な彼女はピカソの絵のような抽象的な表情へと変わっていた。それは一体どんな感情なのだろうか。やはりまちこという名前だけあってごまかし方が昭和チックだ。しかしそれを口に出すと目の前のまちこと、全世界のまちこに石を投げられかねない。全まちこによるまちこの逆襲劇が始まってしまう。だから声に出したい気持ちをぐっと堪えた。


「これは肯定と捉えていいのかな?」


 そう訊ねると「ここまで知られてしまっては仕方ありません」と、まちこは廊下の先にいるステラハートを見つめながら口を割った。


「後者が正解です。臨床実験もかねて一服盛ろうとしていました」

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