⑤小さな科学者と惚れ薬
悪びれる様子もなく堂々とした顔でそう答えた。彼女は俗にいうマッドサイエンティストなのだろうか。
「可愛い顔して恐ろしいことを考えるね。その仮面の下は悪魔、いや、サタンってわけか」
「普通に悪魔でいいじゃないですか。悪魔もサタンも意味は同じですよ。なんでサタンに言い換えたのですか」
「なんか英語のほうが凶悪度増さない?」
「なんですかそれは。べつに私は悪意を持って盛ろうとしているわけじゃないです。ステラハートさんを苦しめるつもりもありません。凶悪度を悪魔かサタンかで例えるならば、私の未遂行為は悪魔のほうですよ」
「ちな、あのピンク色の液体はなんの薬なの?」
「惚れクスリです」
最初にまちこを目撃したとき、恋をする乙女チックな表情を浮かべていたことをふと思い出した。そのとき手に持っていたのは惚れクスリ。点と点がようやく繋がった。
「まさかのロリで自称科学者でヤンデレ属性とか、個性の大渋滞だよ」
「カレンさんが勝手に言ってるだけでしょう。それに何度も言ってますが私は自称科学者ではなくれっきとした科学者です。ほらこれ、アメリカで博士号も取得済みです。自慢ではないですが論文博士のほうを取得しました」
まちこの首には名札がかけてあり、そこには英語がびっしりと記載された証明書が入っていた。手作りの証明書を首にかけて科学者になりきっている、と一瞬思ってしまったが、それは正真正銘のアメリカ政府の大統領印が押してある有名な『カルセルフ第一研究所』の研究員証明書だった。
「頭、良かったんだ」
「悪意のある言い方ぁ!」
惚れクスリなんてフィクションの世界だけのモノだと思ったが、現代科学ではそういう薬も開発できてしまうのか。しかも同い年の女のコが、だ。彼女は天才というやつなのだろうか。
「証明書の生年月日をみるかぎり、まちこは歳相応の女子高校生だったのか。てっきり飛び級でもしたのかと」
「たしかに若く見られることは多々ありますが、皆さんと同じ年齢ですよ」
「若く見られる、なんて年端も行かぬ少女のセリフじゃないな。でも、まちこが惚れクスリを作ったってことは何本かストックがあるのでは?」
「ありません。材料的にも一本作るのが精一杯でしたので。なによりも時間がかかるので体力的にも新たに作るのには厳しいところがあります。だからもういいのです」
まちこは顔をあげてにっこりと微笑む。その笑みには陰りがあった。気を遣わせないよう無理やり作った笑み。私の一番嫌いな表情だった。
「惚れクスリを作ること自体、倫理的に間違っていることくらい分かります。実際、研究室では禁止薬品名簿に登録されている代物ですから。それに私は手を出したのです。研究所の方々にバレてしまえば解雇間違いなしです。しかもクラスメイトに盛ろうなんて、未遂とはいえ自分のしようとしていたことは人の信頼を失墜させる最低な行為です。きっと神様は見ていたのでしょうね。お恥ずかしいかぎりです」
そう言いながら胸元まで垂れ下がったおさげを撫でている。髪の毛の先端をくねくねとイジり指に絡ませて遊ばせる。そうやって気を散らしていないと涙がこぼれ落ちてしまいそうなのだろう。
「まちこ……」
「それなのにカレンさんに八つ当たりして酷いことばかり言って。ごめんなさい。わたし、わたしは……」
握りこぶしに収められたスカート。シワの数だけまちこの悔しさが表れている気がした。涙が溢れないように顎を上げる。鼻の穴まで丸見えだ。科学者にとって実験結果は三度の飯より大好きなものなのに、それを台無しにされたのだから悔しくないわけがない。
「まちこはホントにこのままでいいのかい?」
「はい……」
「それはまちこの本心じゃないだろう?」
沈黙の後、まちこは声を震わせて一言、「嘘です」と告げた。
「私は嘘をつきました。神様から罰がくだったというのに惚れクスリを作り直したいと思っています。このままじゃ終われないと科学者魂が叫んでいるのです。私が作った惚れクスリがはたして成功しているのか気になって仕方がありません。ステラハートさんに盛りたい。盛ってどんな結果になるのかレポートにまとめたい。いま私は惚れクスリをステラハートさんに盛りたくて仕方がないんです」
涙を流しながら彼女は覚悟を口にした。最初にまちこを目撃したとき、廊下のステラハートを見つめていたまちこは恋する乙女の顔をしていた、と、思い込んでいたのだ。思い返せばあれは獲物を狙う捕食者の恍惚とした顔だったのだ。そんな覚悟を聞いてしまったら黙ってこの場を去るなんてできやしなかった。
「分かった、私も惚れクスリの調合を手伝うよ。論理がなんだ、禁止薬品がなんだ。そんなもの気にしてたら科学は発展しないし、まちこ自身も成長しない。探求心なき科学者なんて科学者を名乗る資格なんてない。それこそ自称科学者だ。私も一緒に罪を背負うよ。だから泣かないでよまちこ」
「ほ、ほんとに!?」
「はうぅ」
頬を赤らめ涙を潤った瞳、上目づかいで嬉しそうな反応をみせるまちこに、私の心にゴングの音が鳴り止まなかった。天使が舞い降りたかと思った。彼女を見下ろしていることに罪悪感を覚え、両膝をつき、その尊さに目が眩み、目元を手のひらで隠す。
「ど、どうしましたか! ガラスの破片でも踏んづけちゃいましたか?」
「満面の笑みをうかべちゃって、可愛いんだから」
「か、からかわないでください!」
こうして禁止薬品である代物、惚れクスリを作るために一役買うことになったのであった。
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