3-10 信じるのは聖女かメイドか


「私、そんなこと言ってないわよ」


まだ顔色は悪かったものの、休んだおかげか幾分か回復していたマリアは、椅子に座ってお茶を飲みながらシュヴァルドの質問に答える。


儀式を行わなかったというようなことをマリアが言ったという噂を聞いたが本当か、と聞いたのだが、マリアは犯人が誰かわかったのか、目つきを鋭くする。


「あのメイド、自分の仕事をサボりながら人を悪く言うなんて最低ね。使えない人を置いておく町長も町長だわ。誰も使えやしない」

「メイドだとは……」

「メイドが出てしばらくしてからあなたがくれば予想はできるわよ。外で話していたようだし、あなたの性格からして、泣きつかれたから私に確認しに来たんでしょう? 本当なら注意しなくちゃって」


カップをゆっくりテーブルに戻し、マリアは呆れたようにシュヴァルドを見る。


「私の護衛が、私を疑うのね」


責める声。もとからマリアから信頼を得られてはいないと思っていたが、さらに地の底へ落ちたように感じる。


「……話は双方から聞きたいと思ったのです」

「じゃあ、私が言ってないと言ったら信じるの?」

「マリア様がそういうなら、そうなのでしょう」

「なら、メイドが嘘をついたとあなたは思うのね」

「動揺していたように見えたので、言葉尻を悪く捉えてしまったという可能性はあります。一語一句、間違えずに伝えることはできないでしょうから」

「ああ、そういう言い方もできるわね」


興味なさそうにマリアの視線が外れた。責める空気は消えたので、シュヴァルドは追加で質問する。


「では、マリア様はなんとおっしゃったのですか? メイドは何を聞いて、あれほど慌てていたのでしょう?」

「何も言ってないわ」

「何も聞いてもいないのに、メイドの顔が真っ青になったのですか?」

「あら。これは私の言葉を信じないのね」


どきりとした。先ほどとは違い、責める色はない。だが、面白がっていた。


自分を信じないシュヴァルドを見て、マリアは楽しんでいる。


「……何もなく、あそこまで顔色が悪くなることはありません」

「体調が悪かったのかもしれないわ」

「そのようには見えませんでしたが……」

「あなたが別の形でその人を見ていたからよ。『ああ、この娘は聖女にいじめられたんだな』って思っていたんじゃないの?」


そんなことは、と口を開きかけ、答えられなかった。そうだ、部屋の前に立っていたとき、シュヴァルドはマリアがメイドをいじめないか心配していた。何かあったら止めようと思って、聞き耳も立てていた。


シュヴァルドの態度に、マリアはほれ見たことかと手を振る。


「自分が思う姿だけ見たいのなら、私の時間をいちいち奪わないでくれる? もう休むから下がってちょうだい」

「マリア様……」

「休むと言ってるのよ」


有無を言わせない強さがあった。この娘がその態度を見せると、言い返せなくなる。仕方なくシュヴァルドは一礼をして下がった。


同じように主人から追い出されたフィリッテも部屋から出てくる。シュヴァルドは無言で彼女にも会釈して見張りに戻るが、フィリッテは一度下がった後に再び現れる。


何か、と口を開きかけたシュヴァルドに、フィリッテは自らの唇に人差し指を当てて黙るように指示をした。そして、持っていた紙切れをシュヴァルドに渡すと、静かに頭を下げて去る。


なんだろうかと手元に残された紙切れを見れば、こう書かれていた。


『あの方は、二度と儀式は行なわないとメイドを脅しました』

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