3-9 人を殴る聖女の噂


食事を終え、シュヴァルドはマリアの部屋の前に護衛で立つモナと交代するため、部屋を出た。二、三言言葉を交わし、問題ないことを確認してから交代する。また朝になって別の者が来るまでシュヴァルドは直立のまま、周囲を見張る。


マリアも食事を終えたのだろう。屋敷のメイドが食器を下げに来た。


メイドが部屋に入ると、つい耳をそば立ててしまう。最初のメイドは張り飛ばしたのだ。行く町行く町で問題を起こされては大変だと、何か起こる前に止めに入るつもりだった。


しかし、マリアの怒鳴る声も、誰かが叩かれる音もなく、無事にメイドが部屋から出てくる。よかった、と胸を撫で下ろしたのも束の間、部屋を出てきたメイドの顔が真っ青でシュヴァルドはぎょっとした。


「失礼。何かあったのか? その、マリア様は言い方が少しきついが、悪気があるわけではなく……」


ただ思ったことをそのまま口に出し、相手の機嫌を考えない悪癖があるだけ。


そうは言えずに濁すと、メイドは「いいえ」と頭を振る。そして、微かに震えながら不安をこぼす。


「あ、あの……聖女様が、この地の病はなくならないと仰っていました」

「なに?」

「聖女様は儀式を行わなかったのでしょうか?あの人は、不満があれば拗ねて、自分の思い通りにならないと暴力を振るうと聞きました……。私たちにも同じことをするつもりで……」

「待ってくれ。儀式は間違いなく行われた。大司教のリヤン殿に確認してみるといい。あの方も見守られたのだから」

「本当ですか? よかった……」


ほんの少しだけメイドの顔に安堵が戻る。怒鳴り声は聞こえなかったが、中で何があったのだろうか。そう気になりつつも、シュヴァルドはメイドの言葉にあったことを問う。


「それよりも、その聖女の噂はどこで聞いた?暴力を振るうだなんて……」

「そ、それは……! 忘れてください。余計なことを口にしてしまいました。私はただ、町が心配で……!」

「案じなくてもいい。君を責めているわけではない。ただ、その聖女の噂の出所を……」

「本当に申し訳ありません。どうか、どうかこのことはご内密にお願いいたします。もう、何も言いませんからっ……!」


深く頭を下げたメイドは「失礼します」と逃げるように足早に去っていく。怯える姿を見て引き止めもできず、シュヴァルドはその背中を見送った。


聖女に対する噂だ。不満があれば拗ねるというのは、街に到着した様子から出てきたのかもしれない。だが、暴力はどこから? マリアは王城で一度、メイドに手を上げたきり、誰にも暴力を振るってはいない。王城の噂が外に漏れたのだろうか。


たかが噂だが、拗ねれば儀式を行わないと思われるのはマリアに対する評価が悪くなる。悪評というのは敵を呼び、危険な状況を作り出す。聖女だから、儀式に必要だからと、なにもかも安全とは限らない。人は敵だと思った相手に何をするかわからないから。


マリアが危険にさらされるのなら、守るのがシュヴァルドたちの役目だ。噂について調べ、可能ならば別の噂で上書きできるように対策を立てよう。


そう頭の中で組み立てながら、シュヴァルドはマリアの部屋のドアと向かい合う。メイドと何があったか、聞かなければ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る