実家に帰ってからも姉には味方がいなかった。母はやつれた姉の面倒を見るも「早くいい人見つけましょうね」と常に耳元で囁くのみで姉の話には耳を貸さなかった。

 父は「俺の言った通りだな。やはり女に医学は無理だ」と留飲を下げ、同情の意を全くと言っていい程示さなかった。姉の幸せよりも自分の意見が正しかったと知ることの方が父にとってはずっと大事だった。それを知った私は心から父を軽蔑した。

 実家に戻り、健康的な食事を取って休んだことで姉は徐々に回復していった。身体に肉がつき、肌と髪は以前の艶を取り戻した。しかし目には生気が戻らなかった。

 母は、遠くから越してきたという家族と仲良くなった。その家族に丁度結婚相手に良さそうな年頃の息子がいると聞いてすぐに縁談の話を持ち出した。相手の家族は二つ返事で了承した。

 姉の回復がまだ完全でない為に見合いは嵯峨家で行われた。相手家族が現れると両親は天皇が来たかのようにもてなした。なんとしても姉を嫁に貰ってほしいと全身で主張しているようだった。

 相手の男は30歳で電機会社に勤めているという。男は姉の容姿に見惚れ頬を赤くし、姉の気を向かせるために冗談をかまして笑わそうとしていた。姉の表情はピクリとも動かなかった。

 相手の両親が姉のこれまでについて聞くと、両親は少しだけ気まずそうにこれまでの経緯を要約した。

 相手の両親は体調を崩した姉に同情の意を示す。すると男の方は笑顔を携えこう言った。

「それは大変でしたね。ですが、やはり女性は進学よりも結婚という幸せがあります。医学は女性に向かないでしょうし、家に身を置く方があなたにはいいのでしょう。諦めてよかったのだと思います。今こうして私達が出会うことができたのですから」

 渾身の口説き文句のつもりだったのだろう。男の顔は自信に満ちている。これまで表情に変化を見せなかった姉が少しだけ動きを見せた。姉の目は完全に色をなくした。

 見合いが終わると男はすぐに結婚を申し出た。両親は両手を上げて喜び、すぐさま了承した。姉は何も言わなかった。

 式はとんとん拍子に決まり、母は姉の結婚式の準備に忙しかった。親戚にも話が伝わり、お祝いに訪れる人もいた。

「ようやく肩の荷が下りたよ」父は笑ってそう言った。

 姉は何も言わなかった。


 結婚式の前日、姉は珍しく朝早くから起きて近所を散歩していた。私が起きる頃に家に戻った姉は以前のような笑顔を取り戻していた。

「おはよう、成浩」

 太陽のような笑顔を携えた姉は美しかった。浅黒い肌をくしゃっと潰し、口角が上がった顔はこれまでの憂いを感じさせない光を放っていた。私は眠り目をこすりながらもその美しさに見惚れていた。そして姉が元気を取り戻したことを心から喜んでいた。

その日一日姉は異常なまでに元気だった。両親も初めは驚いていたが、「結婚に漸く前向きになった」と喜んだ。数年ぶりに家族が笑顔で食卓を囲んだ。昔の話で盛り上がり、笑い合った。こんなに楽しい夜は久しぶりだった。食事を終え、布団に入ってからも私の心は踊っていた。姉は嫁に行ってしまうが、いつかまた同じように家族で食卓を囲むことができるだろう。その日を楽しみに、姉を見送ろうと決め眠りについた。


 その夜、姉は首を吊った。

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