あたしたちの争いはついに卒業する時まで続いた。この頃のあたしは、ブランド物が放つ煌びやかな雰囲気に魅了され、見た目が一層華やかになった。

 あたしの派手な見た目がキャバ嬢を思わせたらしく、陰で「嬢」と呼ばれていた。それならば本当にキャバ嬢になって大金を稼いでやろうと、あたしは卒業後そのままキャバクラで働き始めた。両親の反対を押し切り入ったその世界は、あたしが求めていた絢爛豪華そのものだった。

 卒業後は玲奈と連絡を取ることもなく疎遠になった。すると玲奈との疎遠に呼応するように、あたしの人気者への熱も冷めていった。どうしてか何にも身に入らない。化粧やファッションの研究もしなくなり、部屋に散らかったブランドのバッグや服も、これまで私を魅了していたものはすべて色褪せて見える。こんなものに金をかけることすら馬鹿馬鹿しく思えるようになった。初めは意気込んでいた仕事への熱意もなくしていった。毎日、酒臭い男達の相手ばかり。なぜあたしはここで働いているんだろうとすら思うようになった。

 徐々に虚無があたしを襲い、気力が失われていく。惰性で仕事し、客はそんなあたしに呆れ、指名も減っていった。あたしの勤務態度に怒る人もいたが、どんな言葉もあたしを動かすことはできなかった。あれだけ好きだった煌びやかな世界も、今ではセピアのフィルターを通して見ているようだ。何もあたしを満たすものがない生活に、あたしの胸は躍ることを止めた。

 大学の頃は充実していた。あんなに感情を振り回され、かき乱され、高揚したことはない。あの頃に戻りたい。またあの燃えるような、悶えるような感情の中で生きたい。

 あたしは毎日のように過去に思いを馳せていた。


 ある日出勤すると、他のキャバ嬢達がスマホを見ながらはしゃいでいた。何を見ているのか尋ねると、最近流行っているSNSの投稿を見ているのだという。画面を見せてもらうと、様々な投稿が目に飛び込む。ジャンルは統一されておらず、みんな好きなものをそれぞれ投稿していた。あたしは彼女たちに勧められるまま登録し、同僚と何人かインフルエンサーをフォローしてみた。

 それからしばらくはただフォローした人達の投稿を眺め、面白そうなアカウントをフォローするだけだった。このSNSでは気に入った投稿を自分のフォロワーに共有することもできる。うちのキャバ嬢達は毎日のように何かを共有していたため、注目されているアカウントは大体把握できるようになっていた。

 このSNSにどっぷり嵌るようになるにはあるきっかけがあった。フォローしているキャバ嬢の一人がある投稿を共有した。海外と思われる綺麗なビーチを背景にカップルがカメラに向かって笑顔を見せている写真。目にした瞬間に呼吸が止まる。間違いない。玲奈だ。大学時代のライバルは、少し垢抜けた様子で一緒に写っている男性に幸せそうに寄り添っていた。

 急いで玲奈のアカウントに飛ぶ。フォロワーは一般人にしては多く、写真も幸せな生活を思わせるようなものばかりだった。投稿を見るにこの男性と結婚したようだ。コメントに表示された玲奈への賛美の言葉は大学時代を想起させる。あたしの心臓は息を吹き返したように鼓動し始めた。

 そしてある投稿が目に飛び込んだ。自慢の清楚なメイクと服装を身につけ、夫と共に写った写真。いくつか何気ない日常を撮った写真も含まれている。そしてある文章が添えられていた。


『仲の良かった友達が物欲主義者になって、見た目も中身も尻軽女のようになってしまったことが悲しい。中身を見てくれる大事な人に出会えれば、見た目を派手に飾らなくてもいいのに』


 全身の血が激しく逆流するような感覚に陥る。卒業後少し経ってから投稿されたものだが、あたしのことを言っているのは明らかだ。あの女はあたしと縁が切れた後でもあたしを利用してマウントを取り、羨望の的になっている。底なしの貪欲さに呆れる。だが、それ以上に投稿に対して悔しさを感じたことが何よりも屈辱だった。あたしは今あの女に「負けて」いる。

 気づけば家中にある高級ブランドのバックやアクセサリーを片っ端から写真に撮り、写りがいいものを投稿していた。数少ない閲覧数が表示される。玲奈のものには程遠い。もっと注目を集めなければ。

 それからはエステや美容院に行った時の写真や、同伴で食事をしたときの写真を投稿するようになった。雰囲気のある撮り方を研究し、少しずつあたしの投稿も人目を引きフォロワーも増えていった。あたしの心に光が戻り始めた。

 ある日、玲奈があたしのアカウントをフォローした。これも屈辱的だった。玲奈のアカウントの方がフォロワー数も多かったからだ。この時点でフォローしたのは、自分の方が人気だと見せつけるためだろう。あたしのフォロワー数が玲奈のものに並んでからフォローするつもりだったが、先手を打たれた。溢れる悔しさが顔に滲むのがわかった。仕方なくあたしもフォローし返す。それからあたしたちのマウントの取り合いは、場所を大学からSNSに変えて再開された。

 それからというもの、あたしはより注目の的になる為贅沢に明け暮れる。金が必要になったのと、人気のキャバ嬢という称号がよりフォロワーを惹きつけるのを理由に、仕事にも精が出た。その甲斐あってか指名が増え、店でも一目置かれるようになった。

 この時のあたしは自分の馬鹿さ加減に気づきながらも、玲奈との勝負への執着を捨てられなかった。中毒と言ってもいい。「負けた」時に感じる屈辱も、「勝った」時の全能感も、玲奈なしでは味わえなかったからだ。「勝敗」があたしを異常なまでに高ぶらせる。どれだけ高級品を身に纏っても、どれだけいい男に口説かれても得られなかった興奮を、あたしは玲奈との勝負で手にすることができる。

 あたしたちのバトルが再開してから玲奈の投稿も頻度が増し、写真や文章がより魅力的なものに変わったのを見ると、玲奈も同類なのだろう。あたしたちはお互いに依存し、憎み、相手を負かす為に高め合う。お互いに嫌悪の感情を持ちつつも、あたしたちを駆り立てるものは憎いライバルしかしないという皮肉に、あの女は気づいているだろうか。

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