隼人とはあれからも何度か連絡を取り、ご飯に行っては体を重ねる関係が続いた。隼人は元々セフレが欲しいだけだったらしく、あたしも隼人と仲良くはするものの恋心を抱くことはなかったから体だけの関係があたしたちには合っていた。さらにあたしは隼人との関係を話すことで会話の中心になる愉悦に酔いしれていた。このために隼人との関係を続けていたと言っても過言ではなかった。

 ある日、あたしは図書館で課題のための蔵書を探していた。目的の本を見つけ席に着くと、伊織があたしに近づいてきた。目の前に座った伊織はあたしの顔をじっと見つめる。

「あたしの顔に何かついてる?」

「麻井玲奈と仲いいよね?」伊織は淡々と聞く。

「そうだけど」

「あの人、やめた方がいい」

「え、何? どういうこと?」

 前置きのない突飛な話に混乱する。

「なんかみんなから好かれてるみたいだけど、たぶん他人を利用してる」

 おまけに脈絡もない。

「前に行った合コン、なんで私が誘われたのか疑問に思わなかった? 加奈子達と仲がいい人ならもっと他にいるのに」

 確かに同じ疑問を抱いた。いつも一緒にいる友達は玲奈の合コンに誘われたことはないらしい。そのことで彼女たちが愚痴を漏らしていたことを思い出した。

 伊織は一匹狼でクラスではいつも一人で座っていた。なぜ伊織を合コンのメンバーに選んだのか?

「麻井玲奈はうまく自分だけが注目されるように周りをコントロールしてる。合コンに加奈子と私が誘われたのも、うちらなら男達からの注目を奪うことがないから」

 確かに伊織は美人とは言い難い上に愛想はない。そしてあたしも美人からは程遠い。

「私が麻井玲奈に誘われた時、『他の子を誘えば?』って聞いた。私合コン興味ないから。そしたら麻井玲奈は『合コンに気になる人がいて緊張するから助けてほしい』って言った。私じゃ助けになんないけど、全然引き下がらないから参加だけした。結果はあの通り。あの人は私の助けなんて必要としてなかった」

 玲奈はわざわざ嘘をついてまで伊織を誘ったらしい。

「おまけに後になって誰かが『なんで伊織を合コンに誘ったの?』って麻井玲奈に聞いてた。あの人は『伊織が彼氏いなくて寂しいって言ってたの。出会いの機会を作ってあげたくて』って答えてた。もちろん私はそんなこと言ってない」

 きっとその会話の後に誰かが玲奈の「優しさ」を称賛したことだろう。

「加奈子は合コンで会ったあの人と続いているんでしょ? 合コンで二人が仲良くしてる時、麻井玲奈は必死にあの人の気を引こうとしてた。けど全部無駄に終わってた」

 伊織は隼人の名前を憶えていないらしく、人差し指で小刻みに動かして「あの人」を連呼する。

 隼人への悪口の理由はこれか。みんなの前でわざわざ話したのは、自分が落とせなかった男と関係を持ったあたしに嫉妬していたのだ。

「普段の加奈子達の会話を聞いてても、麻井玲奈は加奈子を引き立て役として利用してると思う。あの人と一緒にいるのやめた方がいい」

 今まで感じていた玲奈への違和感に合点がいった。いや、とっくの昔に気付いていたのに、気づかないふりをしていただけかもしれない。玲奈がマウントを取っているということに。確かに見た目が醜く玲奈に強い憧れを抱いていたあたしは利用するのに都合がよかっただろう。

 伊織はあたしのことを心配してわざわざ話しに来てくれたらしい。それでもあたしの中に芽生えたのは玲奈への恨みではなく、玲奈があたしに嫉妬したということへの悦びだった。我ながら馬鹿だと思う。本来なら玲奈に怒りを感じて、伊織の言う通り関係を切るべきだろう。でも、今まで憧れていた存在に嫉妬されたという事実があたしをどうしようもなく高揚させた。あたしは対等な存在だとみなされたのだ。急激に自分の株が上がったような感覚が芽生え、堪らなく興奮した。

 伊織は話が終わるとさっさと図書館を出て行ってしまった。その後もあたしの熱は収まらず、課題にも集中できない程だった。


 その感覚は麻薬のようにあたしを虜にした。もう一度同じ感覚を味わうため、あたしは周りから注目を集めることに熱を上げた。もちろん玲奈の目の前で。

 メイクとファッションの雑誌を読み漁り、研究する。またダイエットにも励んだ。初めてのダイエットには苦戦したが、それでも何とかやり遂げた。おかげで1年後には見違えるようになった。元の顔形を隠すために練習した変身メイクも板につき、あたしの変わりように誰もが噂した。

 あたしの変身は周りの態度をも変えた。特に男達はこぞってあたしにアプローチを仕掛ける。玲奈からあたしに乗り換えた男までいた。変わったのは見た目だけなのにも拘わらずだ。彼らの単純さに呆れ、結局人は見た目なのだと痛感する。

 何人か寄ってきた男と体の関係を持ち、その度に友達とその話で盛り上がる。この頃にはあたしの変わりように隼人は鼻白み、連絡が途絶えてしまった。でも他に寄ってくる男達が代わりを務めたために気にしなかった。

 ダイエットやメイクについても注目を浴びるようになった。あたしの変身メイクは、元の顔立ちがいい玲奈の清楚メイクよりも需要が高く、自然と玲奈への相談の数が減っていった。あたしが人の相談に乗っている時は、玲奈は無表情でテーブルを見つめたまま一言も話さなくなる。玲奈のその表情が痛快だった。

 玲奈もあたしに対抗しようと躍起になり、あたしが持っていないもので勝負するようになった。清楚メイクのメリットや彼氏の話。玲奈が放つ、あたしと寝た男達の悪口と彼氏自慢には辟易して舌打ちが出そうになるが、ぐっと堪え笑顔で「羨ましい」と嘘をつく。悔しがる様子は相手を喜ばせるだけだと学んだあたしたちは、親友のふりを続けながら水面下でマウントの取り合いに勤しんでいた。

 徐々に周囲があたしたちの争いに気づき始めた。中には諫めようとする人もいたが、異口同音に言う「中身が大事」という言葉には冷ややかな笑いを送ってやった。笑わせるなと。あたしが地味でブスだった時はあたしの中身に見向きもしなかった連中が、偉そうにお決まりの正論を吐き捨てる。おまけにそういう奴らはマウントは惨めだと言う。それをしない善人アピールすることでマウントを取っていることにも気づいていない様子で。結局みんな同じなんだ。自覚がある分あたしは可愛い方だ。そういう人達とは自ら縁を切った。

 こんな生活を続ける中、玲奈とのマウント合戦に疲れた時も正直あった。常に周囲の目を気にしなければいけないストレスが常に付き纏い、マウントを取られた後の屈辱は眠れない程の怒りを胸に残した。こんな下らない争いを止められたらどんなに楽だろう。それでも玲奈の勝ち誇った顔があたしをこの土俵に引き戻す。負けたまま終われない。勝った時のあの感覚をまた味わいたい。あたしはもうマウントの虜なのだ。あたしはもう普通じゃないんだ。ならこのまま突き進むしかない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る