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あたしは人生の大半を地味なブスとして過ごした。おまけに大学に入るまでは肥えた体型と見た目の醜さで、人気者からはかけ離れた生活を送っていた。それでいじめを受けることはなく、友達と遊んだり、趣味を共有したり、それなりに楽しい思春期を過ごした。それでも、どのクラスにもいる一部の人気者達への憧れはひそかに胸の中で疼いていた。
大学に入学し、初めてできた友達が麻井玲奈だった。彼女は絵に描いたような人気者だった。子犬を思わせる可愛らしい容姿に、人見知りしない明るい性格、誰にでも分け隔てなく接し、揺るぎない自信を感じさせる態度は周りを魅了した。あたしも例外じゃなかった。寧ろ強く憧れるがあまり、誰よりも仲良くなろうと必死だった。その甲斐あってか、大学では一番の親友だった。
大学生にもなるとみんな色恋で浮足立つ。他の同級生も交えて飲みに行った時、あたし達も例に洩れず恋愛の話で盛り上がっていた。玲奈を除いて、みんな恋愛経験が乏しく彼氏の作り方や出会い方などをいつも模索していたけど、結局は玲奈のアドバイスに頼るのがお決まりのパターンだった。玲奈は中学の時からスクールカーストの上位にいて常に彼氏が絶えなかったらしい。流行にも敏感でお洒落には手を抜かなかった。それゆえに玲奈から男が好む服装やメイク、仕草などの教えを授かっていた。あたしは彼氏有無よりも、長年憧れていた『人気者』に少しでも近づくために玲奈のアドバイスに依存していた。
玲奈のアドバイスはいつも明確で、打てば叩くように返事が来た。今まで知らなかったお洒落の知識も増えて自分が人気者の一員になった気がしてあたしは浮かれていた。
ある日、玲奈を真似た服装を来て大学に行った。短めのスカートに小さなフリルが袖に着いた可愛らしい服。隣に座ったあたしを、玲奈は上から下まで舐めるように見て、言った。
「加奈子にはもっと違うタイプの服装が似合うと思うよ」
玲奈なりに気を遣って言ったのだろう。言われてみればその通りだ。ブスでデブのあたしが玲奈の着る服が似合うわけがない。その日は朝から晩まで隙間なく授業が詰まっていたため途中で家に帰って着替えることもできずにそのままで過ごした。授業中、後ろの方からクスクスと笑い声が聞こえる。初めは特に気にしていなかったが、「豚に真珠」という言葉が耳に入り、自分が笑われていることに気づいた。おそらくことわざ本来の意味ではなく、文字通りの意味で皮肉ったのだろう。それからは羞恥心で縮こまった。人目をなるべく避けながら下を向いて移動した。他の友達はみんな腫物を触るようにあたしの服装には言及しない。その空気が一層あたしを辱めた。
玲奈と同級生二人と昼食を取っていた時、あたしは耐え切れず話題に上げた。
「玲奈がよくこういう服着ていてかわいかったから試したんだけど、あたし似合ってないね」
自虐的に言うあたしに全員の食べる手が止まり、みんな目を泳がせた。
「そんなことないよ。大丈夫だって」
「そうそう、周りの言うことなんて気にしないで」
玲奈以外の二人が必死にあたしを慰める。あたしは馬鹿にされたことについては話していないが、みんな気づいていたらしい。その反応で余計羞恥心が増す。役に立たない慰めの言葉はよりあたしを苦しめた。そんな中、玲奈の反応だけは違った。
「あたしは、加奈子には加奈子の似合う服があると思うから無理に私に合わせなくてもいいと思うよ」玲奈は張りのある声で言う。「お洒落もいろんな形があるからさ、自分に合うものを探した方がいいよ。誰でもその人にしかない魅力があるの。誰かの真似をするんじゃなく、それぞれの魅力を光らせるやり方が本当のお洒落なんだよ」
友達の一人が「おお」と息を吐く。玲奈の言葉に、周囲にいた人までも感心して音のない拍手を送っていた。それを見て玲奈は照れながら、それでも嬉しそうに「あくまで私個人の意見だから」と両手を振るしぐさをする。表向きは玲奈があたしを慰めたように見えただろう。でも周囲とは裏腹に、あたしの羞恥心は増していった。玲奈の優等生さながらの回答は、ただあたしの醜い失敗を強調するだけだった。
別の日に玲奈と遊びに行った時、玲奈はあたしに見合う服を見繕ってくれた。何着か気に入ったものを購入し、後日大学に着ていった。講義室に入ると、みんなは垢抜けたあたしの服装を見て感心の眼差しを送る。自分の実力ではないが、注目を浴びることが素直に嬉しかった。どこで購入したか質問された時、あたしが答えるよりも先に玲奈が横から顔を出して答える。
「駅ビルにある最近できたお店に一緒に行ったの。その時に買ったやつだよ」
それを聞いて、みんなの視線があたしから玲奈に移る。玲奈が選んだおかげであることを察していることはすぐにわかった。
「加奈子、みんなに褒められてよかったね」
うん、と小さく返したが、玲奈の屈託のない笑顔を見て、少しだけわだかまりが芽生えた。
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