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次の面会ではより詳しく礼の男性の話を聞いた。大半は生々しい不倫についてだったため、正直聞くに堪えなかった。
彼女の投稿にも少し変化があった。最近では麻井玲奈の夫との逢瀬に関するものが半分以上を占めている。コメント欄も随時確認しているが、時折麻井玲奈の夫だと勘繰るものも見られる。真壁さんの話だと、二人を同時にフォローしている人も多いのだという。麻井玲奈が気づくのも時間の問題だ。
「気づいてるに決まってるじゃない。あいつは知らないふりしてるだけよ」
真壁はワインを口にしながら飄々と話す。僕はワインを吹き出しそうになる。
「不倫されていることに気づいていて何もしないんですか?」
「公にはね。だってあいつは『理想の愛妻家の妻』として有名なのよ? 下手に騒いだら不倫されたことを公に認めることになるでしょ? そうなったら『夫に愛されていると勘違いした女』のレッテルが貼られてこれまでの投稿が黒歴史になる。そんなことあいつがするわけない」
「でも不倫されているんですよ? 深刻な問題じゃないんですか?」
「あいつにとって大事なのは旦那との生活じゃなくて『愛妻家の妻』としての立場よ。しばらく旦那に関する投稿を控えて水面下で不倫問題を処理するでしょうね。ほとぼりが冷めた頃にまた幸せアピールをするつもりだと思う」
「その為に結婚したんですか? SNSでアピールする為に?」
「境くんは理解できないでしょうね」彼女はカラッと笑う。「SNSの為の結婚ってそんな変なことでもないんじゃない? SNSの為に寿命を売った人に比べれば」
「僕は理解できかねます。家族ですらアピールの為の道具扱いなんて。そもそもいくら外見を飾っても人は中身が一番ですから」
真壁さんが沈黙する。彼女の目がより吊り上がり、鋭い眼光が僕を捉える。
「何それ、正論? つまんない」
その低い声に僕は蛇に睨まれた蛙のように膠着した。
「いいこと言うね、境くん。でもあたし、正論って吐くほど嫌いなの」
声色に籠った怒りが声の振動と共に僕の耳に伝わる。妙にゆっくりと話すそれが、蛇のように僕の全身に纏わりつく。
「境くんって正論大好きでしょ。そんな顔してる。でも覚えておいた方がいいよ。あんたが思っているほど正論って人を救わないから」
「確かに正論は人を傷つけるって言われますけど、それでも多くの人が口にする理由は救われる人もいるからだと思います」
「いるよ、救われる人は。君だよ」
真壁さんが僕を指差す。長く艶のある爪はまるで僕の喉元に突きつけるナイフのようだ。
「正論言って気分いいでしょ。あたし達みたいな『非常識な人間』を見下して、自分を善人だと思えるその瞬間、快感でしょ? 正論がそう思わせてくれるの。今自分に酔ってない?」
「そんな、ただ自分の意見を言っているだけです」
「それ本当に自分の意見? 月並みな意見じゃん。みんな言ってるよね」
悪意のある言い方に僕は顔を顰めた。真壁さんは気にせず続ける。
「自己陶酔の為に正論を吐く人はいっぱいいるよ。世論にならうだけだから簡単だし、一見正しく見えるからこそ反論もされにくい。相手を黙らせるのも簡単。でも言われた側のことなんか知ったこっちゃない。これが正論。あくまでエゴなの。言われた側はね、自分の為の言葉じゃないことにすぐ気がつくの。それどころか正論を口にする相手が悦に入るために自分が利用されていることを察するの。正論が人を傷つけるのはこの為よ。言うのは勝手だけど、言う場所は考えた方がいい」
軽く舌打ちをする真壁さんの顔はどこか寂しさを滲ませていた。
前回の面会から二週間ほど経った頃、真壁さんがある写真を投稿した。麻井玲奈の旦那と思われる男性と隣りあわせで撮った写真とある文章が表示される。
『ブランド物も豪華な家も手に入れて、みんなが憧れるようなキラキラした生活を送りつつ、こんな素敵な男性に愛してもらえる私は世界一の幸せ者。でもお金じゃ買えないこの幸福な時間は何ものにも代え難い』
見覚えのある文章は明らかに麻井玲奈を煽っている。コメントを見ると、写真に写っている男性が麻井玲奈の夫だと気付いたフォロワーも以前の投稿より多かった。写真の中で男性が身につけていた腕時計が、麻井玲奈が夫の誕生日にプレゼントしたものと全く同じだったからだ。これもわざとに違いない。二週間後の面会ではさらに過激な話を聞くことになるだろうから腹を据えなければ。
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