あっという間に1か月が経つ。真壁さんからは面会の日時の確認以外で特に連絡もなく、大学の課題で忙しい僕は少しだけ彼女のことを忘れていた。

 面会の日、時間通りに事務所に来た真壁さんの外見は以前よりも一層派手さを増していた。

「境くん。これに着替えて」

 彼女は大きな紙袋を僕に渡す。僕は状況を理解できずに佇む。すると彼女は苛立ち始めた。

「着替えてって言ったでしょ? 早くして。予約の時間に間に合わないじゃない」

 僕は理解できないまま別室に押し込まれた。納得がいかないまま着替えをする。白いTシャツに黒のジャケットとズボン、白い大きめのスニーカー。いたってシンプルだが、タグを見ると高級ブランド名が記載されている。僕が持っている安価なものとは違う、瀟洒な雰囲気と独特な貫禄が僕の全身を包む。ブランド物など雲の上、と距離を置いていた僕はその高価な雰囲気に居心地の悪さを感じていた。着替えを終えて戻ると、真壁さんがじっくり僕を見る。

「なかなか似合ってるね。じゃあ行こうか」

 言うやいなや、真壁さんは僕の腕に自分のものを絡ませ、僕を事務所から引きずり出した。向かった先は美容室。椅子に座らされ、彼女と美容師は僕の後ろで何やら話している。時折美容師が僕の髪と首筋に触れ、背中に悪寒が走る。

「じゃあそういう感じでいきましょう」

 二人の話し合いが終わったらしく、美容師が僕の髪を切り始める。

 1時間ほど経ち、僕の髪は見違えるように綺麗に整えられた。美容師が仕上げに取り掛かっている時、真壁さんは少し離れた場所にあるソファに座っていた。

 美容院を出ると、そのままの足で彼女が予約したというレストランに入る。シックな外壁に上品なデザインの店内。その瀟洒な佇まいが高級店だと主張している。席についてメニューを見るも、洒落た名前が羅列し僕は混乱した。注文はすべて彼女に任せた。

 注文した料理を待ちながら、僕は溜まっていた質問をようやく吐き出した。

「真壁さんは僕をどうしたいんですか?」

「面会の時はデートしたいって言ったじゃない」

「男性に服を着替えさせたり、美容院で本人の許可なく髪を切ったりすることは僕の知っているデートではありません」

「もしかして怒ってる? ごめんね。でも境くんっていい顔してるのに全然おしゃれしないからもったいないって思ってたの。今の方が似合ってるよ」

 顔を褒められたことで少し恥ずかしくなり、僕は顔を背ける。

「それに真壁さんは『アクセサリーが欲しい』とおっしゃっていたと思いますが」

「そう、私を飾るアクセサリーが欲しいの。でもそれってジュエリーのことじゃなくて境くんのことだよ」

 向かいに座っていた真壁さんが僕の隣に移動する。おもむろにスマホを取り出し、写真を撮り始めた。僕は慌てて顔を隠す。

「ちょっと動かないで。顔は写さないから。左手をテーブルの上に出して」

 言われた通りにすると、真壁さんは僕の左袖を少し上げる。彼女が僕につけさせた高級ブランドの腕時計が露になると、そのまま撮影する。料理が運ばれると同じように手の位置を指示され、撮影が続けられた。

「ほら、これ見て」

 しばらくスマホで作業をしていた真壁さんがようやく顔を上げ、スマホの画面を見せる。彼女のSNSのアカウントだ。特に若者の間で人気の、写真や動画を投稿するものだ。

 真壁さんはさっき撮った写真を投稿したらしい。彼女自身が写真の半分を占め、残りの半分に料理や、僕が身につけるブランドの服や腕時計が収められている。僕の半身は完全に背景と化しているが、腕時計の存在感は目を引くものがある。写真の下には閲覧数とコメントが表示されて、すでに多くの人がこの投稿を閲覧している。

「このSNS登録してる? これあたしのアカウントだからフォローしてね」

 以前流行りに乗って登録していたが、何もせず放置していたのを思い出した。久しぶりにアプリを開き、彼女のアカウントを検索してフォローする。きっと記録に役立つだろう。

「アクセサリーってこういうことですか」僕はようやく彼女の意図を理解した。

「そう、あたしはほぼ毎日投稿しているんだけど、やっぱ着飾ると閲覧数もコメントも増えるからさ」

 「着飾る」には身につけている服だけでなく連れて歩く男も含まれているんだろう。スクロールしながら投稿を見ると、つい最近新しいマンションに引っ越した様子があった。

「お引越しされたんですね」

「そう。投稿見た? すごくいいマンションでさ、豪華で設備も完璧。いつか住みたいと持って狙ってたんだよね。境くんも遊びに来なよ」

「遠慮しておきます」

 写真だけでも臆してしまうほど華々しいマンション。一人で住むには持て余すであろう広さのリビングや目が眩むような夜景は、僕の住む世界とはかけ離れすぎている。

 彼女の投稿はほぼ豪奢な生活で埋め尽くされていた。コメントは大半が彼女の容姿と贅沢な生活についての賛美だった。

「つまり、寿命を売った目的はこれですか?」

「そう。もちろん高級なものは大好きよ。でも一番の理由はこれ。注目されるためにはいい投稿を頻繁に行う必要があるんだけど、それにはお金がいるの」

「お金がなくても投稿は続けられるのでは?」

「そんな地味な投稿じゃフォロワーは増えないし、他のアカウントに負けちゃうじゃない。人は見た目に惹かれるから豪華な投稿の方が受けがいいの」

「余命1年になってまでやりたいことがこれですか?」

「そうよ。だって長生きしたところで、仕事もせずに10億を好きなように使える1年なんて一生来ないじゃない。あたしも年を取るし、あたしより若い金持ちの女の子たちが人気者の椅子を奪っていく。これはネット上の椅子取りゲームなの。あたしの人気もいつまで続くかわからないしね。だったらいっそ、残りの1年で思いっきりフォロワーからの注目を集めて、自分が一番だっていう甘美に酔いしれて死にたい。長寿よりもこの1年の方があたしにとってはずっと価値があるの」

 真壁さんは再度スマホを見始める。何かを見つけ画面を僕に見せる。

「残りの余命を最高のものにするためにはこいつに勝つ必要があるの。これはあたしのライバルのアカウントよ。麻井玲奈あさいれいな。大学時代の同級生なの」

 麻井玲奈は可愛らしい顔立ちをした人だった。薄めのメイクと清楚な服装は男性からの人気も誇っているであろうことを匂わせる。ただ麻井玲奈の投稿は真壁さんのものと比べると質素な印象が残る。手料理や通っている教室の写真が多く、お世辞にも豪華とは言えない。麻井玲奈の投稿は、理想の専業主婦を絵に描いたようなものばかりだ。

「真壁さんの投稿とは毛色が違うようですけど」

「そう。でもやってることはあたしと同じ。羨望の的になるために投稿してるの」

 真壁さんは画面をスクロールしいくつか投稿を見せる。綺麗に撮られた写真と共にいくつか文章が添えられている。


『旦那様からのプレゼント。いつも家事を頑張っているお礼だって。こちらこそ感謝』

『仕事で忙しい旦那様のために朝4時に起きてお弁当作りました。喜んでくれるといいな』

『今日はヨガ教室。自分磨きを頑張って旦那様に愛される奥様でいなきゃ』


 なんとなく真壁さんの言っていたことが理解できた。彼女は投稿を見ながら吐く真似をする。

「こんな気持ち悪い投稿ばかり。おまけに豪華な生活をしているあたしみたいな女を見下すような投稿も時々するの。腹立つわ」彼女は眉間に皺を寄せながら無邪気に笑う。「でもいいの。前にこいつの旦那がキャバクラに来てあたしを指名したの。愛妻家の旦那様が他の女に大金払っているのを知ったら、こいつどんな顔するかな」

 真壁さんは嬉しそうに語る。他にも人気のアカウントがあるにも拘わらずなぜ麻井玲奈に固執するのかは不思議だったが、大学の同級生という関係性から何かあるのだろう。

「あたしのことばっかり話しててもつまんない。境くんのことも聞かせてよ。境くんは今大学生三年生だっけ? 出身はここ?」

「いえ、加見野市です」

「ああ、あそこね。前に行ったことあるよ。『若者の街』でしょ? 本当に若い人が多くて街が活気づいていたし、娯楽も多くて楽しかった」

「確かに遊ぶ場所には困らないところですね」

「境くんも、やっぱり卒業したら地元に帰るの?」

「そうですね。しばらくは地元で暮らそうと思っています」

「なんだかんだ地元が一番よね。私もここから離れる気なかったもん。空気とか食べ物とか、きっと他と対して違いはないんだろうけど、やっぱり地元で感じるものは格別よね」

 その後は趣味など他愛もない話で盛り上がった。僕は会話下手だが、自然と口から言葉が出てくる感覚に驚いた。彼女がうまく僕から言葉を引き出していることに後から気づいた。相手に気持ちよく話をさせる話術に舌を巻く。さすがキャバ嬢。

 食事はすべて彼女が支払ってくれた。情けなくも安心してしまう。大学生の財布ではとても賄えない額だった。

「境くん、次の面会もあたしのアクセサリーとしてデートしてね」

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