第58話『これまでとこれから』
(ルイ視点)
シーラサマとのお話が終わってから、僕は一人寮の部屋で自分の両手を見つめながら握りしめた。
あの時、初めて出会った時から、シーラサマは何も変わっていなかった。
それが嬉しくて、嬉しくて……少し悲しい。
「でも、学園には入れたし。後はあの子、レナの秘密を暴いて、シーラサマの傍からどかせば良いよね。あの子だけ特別扱いなんて、きっと何かズルしてるに決まってるんだから」
僕は、これからあの子が居なくなって、シーラサマが僕の事を特別扱いしてくれる未来を想像して、笑う。
楽しい未来だ。
きっと愉快だろう。
これまでの人生全てがどうでも良かったと思える程の幸運に違いない。
だから僕は、間違いなくその未来を手に入れる事が出来る様にと気合を入れる。
「忘れるな。僕はこの時の為に生きてきたんだ」
僕は言葉を繰り返しながら、昔の事を思い出していた。
そう。僕が生まれたのはある小さくて貧乏な村だった。
両親はどこにでも居る様な自己保身だけが上手いクズ人間だった。
だから、僕は貴族に玩具として売られそうになったし、必死に反抗して逃げ出したら殴られて、今度は子供を兵器にする奴らに売られた。
今度こそ逃げられない様にって縛られて。
憎かった。
頼んでも無いのに、この世に産んで、要らないからって売って、痛めつけて、殺そうとする。
この世界に居る何もかもが憎かった。
なのに……。
「大丈夫ですか? 痛い所はありませんか?」
シーラサマは当たり前の様に僕の目の前に現れて、僕の事を傷つけようとする奴らを全員倒してしまったんだ。
暗い、暗い部屋の中で、殴られて、裸のまま床に転がっていた僕に、綺麗なシャツをくれて、こんな物しかありませんが。なんて不器用な笑顔を浮かべているシーラサマは、僕にとって太陽であり、お月様だった。
それからシーラサマは他にも捕まっていた子供が居るからと、僕をつれたままその建物の中を走り回り、全てを倒して僕たちはあっさりと解放された。
あんなにも怖くて、辛くて苦しい世界から、シーラサマは簡単に僕を連れ出してくれたのだ。
でも、それからシーラサマが僕たちを親の所に返すって言ってきて。
殆どの子は喜んでいたのだけれど、僕と何人かは喜べずに俯いていた。
だって、親の所へ戻れば、結局同じ事の繰り返しだから。
僕はまたどこかに売られてしまうだろう。
もしかしたら次は、もう終わりかもしれない。
それが辛くて……辛くて、僕は思わずシーラサマの服を掴みながら行きたくないと言ってしまった。
「家には帰りたくない。ですか」
無言で頷く僕にシーラサマは優しく微笑むと、僕と同じ様に俯いている子達にも笑いかける。
「なら、分かりました。私が経営している孤児院がありますので、そちらへ行きましょうか。大丈夫。孤児院の先生方はみんな良い先生ばかりなので、怖い事はもう何もありませんよ」
その言葉に、みんな大喜びだった。
しかし、僕は違った。
だって、僕にとってこの世界はシーラサマとそれ以外なのだ。
シーラサマが居ないのであれば、この世界に意味なんて無い。
だから、シーラサマは居ないのかと問うた。
「私ですか? うん。そうですね。毎日は無理ですが、たまになら、会いに行く事も可能ですよ」
僕の我儘を聞いても、笑顔で頷いてくれるシーラサマが嬉しくて、僕は喜んだ。
それからの僕は孤児院に入って、なるべくいい子で居ようと頑張って、シーラサマが来たらみんなと一緒にではあるけれど、シーラサマに甘えて。
長い間会えなかった悲しみを少しだけ癒した。
仕方が無いのだと、自分に言い聞かせて。
しかし、そんな僕の気持ちは、僕より先に孤児院を出ていた子の言葉であっけなく破壊されてしまった。
「そう。しょうがない事だって分かってるんだけどね」
「まぁ、シーラ様のお気持ちは誰にもどうしようも無いからね」
それは、深夜に孤児院の大人同士でコソコソと話していた物だ。
シーラサマは、世界中に孤児院を作って子供を慈しみ、育てているが、その中でたった一人だけ、わざわざシーラサマがその子の家に住んでまで、育てている子が居るというのだ。
特別扱いされている子が居るというのだ。
僕は自分の中に閉じ込めた感情が、封じ込めた筈の願いが、ガンガンと内側から扉を壊して出てくるのを感じた。
その感情は、何だろうか。
怒りか、憎しみか。
もしくは世界への絶望か。
その感情の正体も分からぬまま僕は孤児院を飛び出して、シーラサマの魔力を追った。
いつかシーラサマと一緒に行動出来る様にと覚えた転移の魔法を使って、シーラサマが今居る場所に飛び、そして、窓からその光景を見て、唇を噛みしめる。
あぁ。
あぁ……!
そうか。
そういう事か。
僕はこの感情が怒りにせよ、憎しみにせよ。何も変わらないという事がよく分かった。
レナと呼ばれた少女には親が居た。
彼女を慈しみ、育ててくれる母親が。
そして、レナを守り、見守る姉の様な存在が居た。
シーラサマだ。
初めから愛情を持っていた癖に。
その上、僕からシーラサマを奪っていく女。
「レナ」
憎い。
これが憎しみかと良く分かった。
今までこの理不尽な世界に向いていた憎しみが、あの女一人に集まっていくのを感じる。
「レナ」
「レナ、レナ」
「レナレナレナレナレナ」
「何で、アイツだけ特別なの?」
「どうしてレナだけシーラサマと一緒に居ても良いの?」
「僕は何がダメなの?」
「アイツは全部を持ってるのに、どうしてシーラサマまで持っていくの?」
シーラサマと一緒に食べるご飯は美味しかっただろう。
僕はたまにしか一緒に食べられないのに。
シーラサマと一緒にお風呂へ入るのは楽しかっただろう。
僕は年に何度も会える訳じゃないし、お風呂だって片手で数えられるくらいしか一緒に入れなかったのに。
シーラサマと一緒に眠るのは安心できるだろう。
僕はいつだって、一人で寒い夜を超えているのに。
あぁ。
あの女は全てを持っている。
そんな現実が、私の中にある感情をかき回して、怒りを憎しみに変える。
でも、それは爆発することなく、僕の中で静かに燃える炎となった。
分かっていたからだ。
ここで爆発した所で意味なんて無いって事を。
やるなら、シーラサマを騙して、利用しているアイツを蹴落としてからにしなきゃだめだ。
シーラサマは悪に容赦しない。
だから僕自身が悪になってはいけないのだ。
悪いのはあの女なのだから。
そう。
僕はあの女の悪事を暴いて、それで、シーラサマを守るんだ。
そして、これまでの全部を取り返す。
「……そうすれば、シーラサマは僕の傍にずっと居てくれるよね? ずっと。ずっと」
ふふ。と僕は一人きりの部屋で笑った。
これまでの全部がどうでもよくなるくらい、これからの日々はきっと幸せで満ち足りた世界になるはずだから。
そんな未来を想像して笑うのだ。
「まずは、お友達になろう。レナちゃんのお友達に。そして、君の秘密を全部見つけるよ」
バッグからレナちゃんの写真を取り出して空中に投げると、それをナイフで撃ち抜いて、壁に叩きつける。
「あぁ、楽しみだなぁ」
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