第56話『未来へ踏み出す勇気』
私は思考の海から浮き上がって、未だベッドの上で悶えているレナちゃんへと視線を向ける。
まずい。
笑うな。まだ笑う時じゃない。
「まったくだよ! こんなの、初めてで! もう! もう!! だよ!!」
レナちゃんがベッドの上でぬいぐるみを抱きしめながらゴロゴロと転がって、初めて男の子から受けた好意に悶えてるんだよ?
可愛い。
可愛いにも程がある。
まぁ、正直今回が初めてじゃないんだけどね。レナちゃんは黙ってると可愛いから、結構好意向けてる子多いし。
喋ると今度は女の子のファンが増えるから、まぁこれはこれでという感じだけど。
「あぁぁああー! もう! 明日からどうすれば良いのー!?」
「ふふ。良いじゃないですか。ナルシス君やトリスタン君の恋がどんな気持ちなのか考えてみるのも良いと思いますよ」
なんて私はニコニコと笑いながら、ぬいぐるみに顔を埋めて唸っているレナちゃんに告げる。
「もう! 私はそんなの興味ないって言ってるじゃない!」
真っ赤な顔でそう反論するレナちゃんを見て、私は一つの答えに辿り着いた。
そうか。そうだったのか。
私は大きな勘違いをしていた。
乙女ゲームは色々とアレな男の子を癒して、何だかんだ恋愛する感じの医療系作品だと思っていたが、違うのか。
ヒロインたる主人公が、男の子の悩みや苦しみをその天性からの善意で解決し、癒す。
その結果、男の子が主人公ヒロインに恋をし、グイグイ押す事によって、主人公ヒロインは恋を知る!
そして、ヒロインは男の子に恋をして、二人は永遠の向こう側に行く……って訳か!!
なんて事だ。攻略対象とは名ばかりで、攻略されているのはヒロインであったか!
いや、結局ゲームやってるのは私達だから、私達がこのイケメンを攻略すると決め、イケメンが落とされる。
そして、落とされたイケメンがヒロインを攻略していたという事?
え? いや。なに?
何か、今頭にノイズが走ったんだけど……乙女ゲームは寝取られゲームだった……?
いや、寝て無いから関係ないけど、でもそういう事じゃんねぇ!!!
止めよう。これ以上は考えない様にしよう。
触れてはいけない部分に触れてしまいそうだ。
私は思考の海から浮き上がって、未だベッドの上で悶えているレナちゃんへと視線を向ける。
「うぅぅううう」
「レナちゃん」
「……なに?」
「レナちゃんは恋をするのが怖いですか?」
「別に怖くなんて!! ……ちょっとだけあるかもしれないけどさ」
「はい」
起き上がってベッドの上に座り、いじけた子供の様に唇を尖らせる。
そんな姿も可愛いが、今は可愛い可愛いと喜んでいる状況でもない。
レナちゃんは真剣に悩んでいるのだ。
「人を知るという事は怖い事だと思います。でも、知らない人と話し、触れ合うからこそ世界が広がるという事もあると思います」
「シーラちゃんも、そうだったの?」
「えぇ。もちろん」
私はレナちゃんの隣に座り、懐かしい話を思い出しながら語りだした。
「昔、私はエルフの里で生きていたのですが、ある時、どうしようもなく人の世界に行ってみたくなり、外に飛び出したのです。周りのエルフには止められましたが、私自身はもう我慢の限界だったのです」
「ふふ。シーラちゃんらしいね。今と全然変わってない」
「そうですか? 昔とは随分と変わった様な気がしているのですが」
「昔のシーラちゃんは分からないけど、何となく想像できるよ」
レナちゃんは私の手に指を絡めて繋げると、目を閉じて私に寄りかかってきた。
ともすれば体格の差で潰れてしまいそうだが、そこはレナちゃんが体重をかけている訳では無いので、大丈夫そうだ。
「そして、里を出て、すぐに会ったのがオリヴァー君でした。あの頃はまだまだ幼い子供でしたね」
「へぇー。そうなんだ。オリヴァーさんってあの格好いいおじ様でしょ? そんな時代もあったんだねぇ」
「えぇ。どんな子も最初は小さい子供でしたよ。って、レナちゃんの中でオリヴァー君は格好いいって判定なんですね」
「まぁ、格好いいと思うよ。あの人が一番スマートにシーラちゃんを守ってるし。強いし。私の目標なんだ」
「……なるほど」
乙女ゲーム的な格好良いではなく、少年漫画的な格好良さだったか。
ちょっと残念。
「それからオリヴァー君の国に行く事になりまして、色々な国と関わる様になった。という訳ですね。特に長い付き合いのエミリーちゃんもキッフレイ聖国と関わる様になってから一緒に暮らしたりするようになったんですよ? 今はもう別の場所で生活していますが」
「……そうなんだ」
「一人一人話していくと長くなってしまいますが、私は二人以外にも多くの人と出会って、話をして、触れ合って、人を理解し、世界を理解して人の中で生活が出来る様になりました。しかし、これはエルフだからという事では無いと思います。多くの人も、他者と触れ合う事で世界を広げていくのだと私は考えていますよ」
レナちゃんはスッと目を開いて私を見つめた。
「怖い事があれば、私はいつでもここに居ますよ」
「だから、勇気をもって一歩を踏み出してって、こと?」
「はい。この先、レナちゃんの歩む道がどんな結果に繋がるとしても、私はレナちゃんの味方ですから」
私はレナちゃんを見て笑い、レナちゃんは笑ってから強い意志を瞳に灯した。
それから、レナちゃんは前向きに、ナルシス君やトリスタン君と接する様になった。
それが恋の始まりとなるのか、それは私にも分からない。
けれど、何かが変わっていくのは確かだ。
まぁ、アレだな。舞台が次のステージに進んだっていう感じなんだろうな。
でも、まだだ。
まだ出会い編は終わってないのよ。
そう。居るのだ。後一人。
私は誰もいない教室で、その最後の一人となる少年を待っていた。
「わ、わわ、わ! ご、ごめんなさーい! 遅れちゃって」
「いえ。大丈夫ですよ」
にこやかに笑いながら、純粋無垢に見える笑顔で笑う少年に視線を向ける。
少年は私を見て笑みを深めた後、私の正面に置かれた椅子に座って、煌びやかな笑顔で自己紹介をした。
「はじめまして。シーラサマ。僕は、ルイ。ただのルイだよ!」
「はい。はじめまして。シーラです。ルイ君、でよろしいですか?」
「うん!」
天真爛漫という言葉がよく似合う良い笑顔だ。
しかし、私はよく知っている。
この少年が天真爛漫なんて言葉から最も遠い、とんだ闇ショタだという事を。
「では、ルイ君はとても魔法が上手なので、特別教室になりますが、よろしいですか?」
「えー!? 特別!! わぁーい! それってー。僕が凄いって事だよね!!」
「えぇ、そうなりますね」
「くふふ。嬉しいなぁ~嬉しいなぁ~」
ニコニコと楽しそうに笑いながら左右に揺れる闇ショタを見て、私は笑う。
まぁ、別に楽しい訳じゃないんだけど。
こう。営業用のスマイルはとりあえず浮かべておくのが吉というか。
良いから笑っておけという精神というか。
この子は本当に何考えているのか分からないから怖いっていうか。
笑顔って牽制の意味もあるんですよっていう話だ。
「じゃあ、じゃーあ。シーラサマに色々と教えて貰えるって事だよねー!」
「はい。そうなりますね」
私は結局最後までニコニコと笑いながら頷くのだった。
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