第54話『君の瞳には世界が映る』(トリスタン視点)
(トリスタン視点)
俺はようやくこの時が来たと、気合を入れているレナを見て目を細めた。
ずっと待ちわびていた。
あの日。レナやシーラ様と別れたあの日から、ずっと、ずっとこの日を待ち望んでいた。
「さ。私は準備万端。いつでも良いよ!」
「俺もいつでも大丈夫だよ。レナ」
「……私の名前。馴れ馴れしく呼ばないで貰える? 友達でも無いんだからさ」
「それは寂しいな。昔はあんなに仲良かったのに」
「むかし……?」
「そう。覚えてないかい? レナ。俺とレナは親友だっただろう?」
「親友」
レナは深く考え込み、やがて一つの答えにたどり着いた。
「トリスタン……? トリ、トリシュ? もしかして、トリシュ!?」
「そう。覚えていてくれて嬉しいよ。レナは俺の名前が最初は上手く呼べなくて、トリシュって呼んでたんだよね。懐かしいな。結局俺も否定しないままだったから、ここまで来ちゃったけど」
「待って、待ってよ! トリシュは女の子だったハズでしょ!? 貴方、どう見ても男じゃない!!」
「あぁ。昔はね。母さんが俺にそういう事をさせようとして女装させてたのさ。結局容姿よりも魔力の方に目を付けられて、貴族に売られたんだけどさ」
「売られたって、そんな……」
「よくある事さ。平民は金が無いからね。金が欲しくて、子供を売るなんていうのは……よくある話なんだよ」
「……」
「そんな悲しそうな顔をしないでくれ。俺もそんなに苦労してきたわけじゃない。貴族の女なんてのは見栄ばかり強くて扱いやすい連中だったからね。ちょっと甘い言葉を囁いてやればすぐに……」
「はぁ。分かったよ。じゃあそっちは気にしなくても良いって事ね? それで? そんな過去話をして、何が目的? 決闘はやっぱり止めたとか、そういう話?」
「いや。違うよ。むしろこの決闘は俺も願ったり叶ったりでね。どうやって君と決闘するか悩んでいたくらいさ」
「はぁ?」
「君はどれだけ決闘について知っているんだい? レナ」
「決闘についてって。別に大した意味は無いでしょ。舐めた奴を叩き潰して、私の方が強くて正しいって証明する為の物だよ」
「……良かったよ。君が誰かに巻ける前に決闘が出来て」
「さっきから何言ってんのさ。意味分からないんだけど」
「うん。そうだね。確かにこのままじゃ不平等だ。ちゃんと説明しようか。レナ。この学園で行われる決闘はね。その結果に敗者は従わなければいけないんだよ」
「……?」
「よく分かってないって顔だね。そうだな。例えば、決闘の商品にレストランのパンを要求したとしよう。敗者は例えどんな状況であろうと、そのパンを必ず勝者に渡さなければいけないんだ」
「そりゃ、それを賭けてるならそうでしょ」
「まだ分かってないみたいだね。俺の例えも良くなかったんだろうけど。まぁ、しょうがないか。卑怯な事は出来ないという事だね」
俺は怪訝そうな顔をしているレナにハッキリとその事実を告げた。
「今回俺は言ったよね? 君が負けた時は俺に君を頂戴って」
「何か言ってたわね」
「君は軽く承諾したけどね。それでもう契約は成立したのさ」
「……契約」
「おや。契約については知ってるんだね。偉いよ。契約を甘く見ていたり、知らなかったりする人間は貴族でも多いからね。みんな甘く考えて、大切な物を奪われる」
「経験者は語るって奴?」
「そうさ。俺はね。俺を買った奴、そして売った奴から全てを奪い取ったのさ! もう奴らは俺に逆らえない。何があってもね」
「ふぅん。そ。それで? そんな話をすれば私が怖がって逃げるって? そういう事を期待してる訳?」
「違うよ。ただ、君に知ってもらいたかっただけさ。僕の愛をね」
「愛ぃ?」
「そう。愛さ。例え君に恨まれたとしても、憎まれたとしても、君を契約で縛って守り続ける。そういう覚悟なんだ」
「フン。くだらない。そういう寝言はベッドで言いなよ。私には関係ないからさ!」
レナは笑いながら、魔法を構える。
油断なく。
そんな勇ましい姿を見て、また愛おしさが増えていくが、まだ足りない。
足りないのだ。
「話はまだ終わってないよ」
「はぁ? もう十分だけど」
「いやいや。全然さ。君はまだこの決闘がただの試合の様に思っている。君の全てが掛かっているという覚悟が無い」
「……」
「俺はね。この決闘に勝利した後、シーラ様にも決闘を申し込むつもりだ」
「っ!」
「駆けの対象は無論君だが、これはね。俺が必ず勝つ決闘なんだよ」
「シーラちゃんが負ける訳ないでしょ。アンタなんかに」
「いや、負けるさ。何故なら、俺は君の首にナイフを向けたまま戦うからね。シーラ様が魔法を一つでも使えば殺すって言ってさ」
「お前……!」
レナの瞳が怒りに燃える。
あぁ、そうだ。それでなくては。
全力の中の全力で挑んで負ける。そうでなくては君の心を奪えないからね。
「さぁ。始めようか」
「殺す。お前は」
怒りに震えたレナは殺意に満ちた瞳で俺を射抜くが、そんな視線すら心地よく感じる。
そうだ。
これだ。
この時を待っていた。
「ふふ」
「そのにやけ面。すぐに歪ませてやる!」
レナは開始の合図と同時に魔法をほぼ同時にいくつか放ち、俺の逃げ場を奪う様に次から次へと魔法を打ち出した。
俺はそれを見極めながら、飛び込み、魔力を指先に集めて、レナが顔に付けているスカウターを壊そうと撃ち出した。
しかし、それはレナに気づかれて避けられてしまう。
「惜しいな」
スカウターさえ壊してしまえば、魔法使い同士の戦いはほぼ終わりなんだけど。
流石というべきか、そういう所はよく分かっているらしい。
『特別教室の狂戦士』なんて呼ばれているだけの事はあるね。
まぁ、正直全然好きな名前じゃないけど。
どいつもこいつも、レナの言動にだけ囚われ過ぎている。
そう。レナは誰よりも優しくて、美しい少女なんだと。
いや……それは俺だけが知っていれば良い事か。
俺はこれからレナと過ごす日々に想いを馳せながら走り、水の魔法を放ち続け、それを数十回と繰り返して、ようやくその準備が終わった事で立ち止まった。
「……諦めたの?」
「いいや。準備が終わっただけさ」
「準備……?」
警戒する様に俺を見つめるレナに俺は笑みを深めた。
純粋で、疑う事を知らず、ただ真っすぐに世界を見据える瞳。
美しく気高い。
だからこそ、俺以外がその瞳に映るのは許しがたい。
「成長しろ」
俺は水の魔法の中に紛れさせた種を一気に芽吹かせて、成長させる。
それはまるで巨大な一つの巨木の様になり、レナを飲み込んでゆくのだった。
「っ!!? これは!」
「力押しばかりが魔法じゃないって事さ」
体のほぼ全てが巨木に飲み込まれ、レナは胸像の様に、顔と胴体だけを出した状態で閉じ込められた。
「くっ、この! こんなの!」
「無駄だよ。一本の木の様に見えて、内部では絡み合っている。力で抜け出す事は不可能だ」
「……」
「そして魔法も対象へと手を向けなければ放てない。君の負けだね。レナ」
俺は勝ちを確信して、レナに近寄るとその頬に手を当てて笑う。
可愛い顔に傷がついたら大変だ。
しかし、どうやら大きな傷は無いようだった。
「さ。降参するんだ。レナ」
俺は堂々とレナに勝利宣言をするのだった。
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