第53話『ヤンデレキャラのバッドエンドはハッピーエンド』

私が聖女だと世界にバラしてから、私の日常はそれはそれは慌ただしいものになった。


まぁ、こればっかりはしょうがない事だともいえる。


何せ聖女というのはそれだけ貴重な存在だからだ。


それが珍しいパンダこと、エルフとの悪魔合体だ。騒ぎにならない方がおかしい。


しかし、だからと言って、あれやこれやと何でもかんでもやらせようとするのはどうなのか。


病気とか怪我は大変だと思うが、一人一人の個人にまで手を出してはいられない。


もし、仮に私が本当に聖女だったとしても、手が足りないよ。


という訳で、基本的に誰にも手を出すつもりはない。


まぁ、そもそも私聖女じゃ無いから、何も出来ないが正しいのだけれど。


それは良いや。


それよりもだ。


その本物の聖女様が今大変なのだ。




私は学園の決闘場の近くに転移してから、これから始まろうとしていう決闘を想う。


これからここでレナちゃんと『春風に囁く恋の詩』の攻略キャラクターの一人であるトリスタン・ド・モスネルが戦う事になるのだ。


そう。トリスタン・ド・モスネルといえば『春風に囁く恋の詩』の攻略キャラクターである。


このゲームにおけるチャラ男枠だ。


乙女ゲームにおけるチャラ男と言えば、遊び人風でありながら、実は一途で主人公と結ばれてからは主人公を溺愛し始めるというのがまぁ、定番ではある。


実は遊び人風だったのは理由があって……とかね。


だから『春風に囁く恋の詩』でも主人公レナちゃんによるメンタルケアの結果、チャラ男はチャラ男をしなくてもよくなる為、主人公を溺愛する様になる訳だが。


このキャラクターのルートは非情に面倒な要素があるのだ。


それは……唐突にやってくるバッドエンドルートの存在である。


そう。『春風に囁く恋の詩』を攻略サイト無しで攻略している人間の八割が最初に目撃するバッドエンドがトリスタンのバッドエンドなのだ。


何故、そんな事になるのか。


問題はトリスタンとの出会いイベントにある。


トリスタンとの出会いイベントは、学園の隠れた場所で虐められている女の子を主人公レナちゃんが発見し、その子を助ける為に飛び出した事で起こるのだが。


この時、ちょっとした事があって、トリスタンとの決闘イベントが起こるのだ。


そして、この決闘イベントで敗北すると……バッドエンドになる。


いや、意味が分からない。


RPGじゃ無いんだからさ。何で戦闘が唐突に始まって負けたらバッドエンドなのよ。


おかしいでしょ。


と、ここに居ない開発スタッフに文句を言っても仕方ない。


そもそも設定上で九割くらいの登場キャラクターを不幸にしている、不幸が大好物の開発スタッフである。


この程度は朝飯前という事なのだろう。


でも、一応救済措置も存在はしていて、出会いイベントが起こった時点での主人公レナちゃんの称号によって強さが変わるのだ。


まぁ、別にこのゲーム死に覚えゲーとかじゃないからね。普通の……って言うと微妙な気持ちになるけど、一応普通の乙女ゲームだから。


うん。だから、初期称号の『ふつうの女の子』よりも上なら、適度な難易度の相手となるのだ。


最高称号である『救済の聖女』まで行っている状態で出会いイベントを起こすと、初級の攻撃魔法二回とかで勝てるくらいぬるい。


しかし、よく考えて貰いたい。


これは最終イベントではなく、出会いイベントである。


世の乙女ゲームユーザーがとりあえず全キャラ出会うか! と進んだ挙句トリスタンとの出会いイベントを起こした場合、大したレベリングもしてないのに、戦闘をする事になるのだ。


流石に初期称号の『ふつうの女の子』がそれなりに弱いとはいえ、初期レベルで勝てる程弱くは無いのだ。


当然、敗北してしまう。


私も初期プレイはそうだった。


だって、全キャラ会話してから誰を攻略するか決めたいタイプだったから。


でも、その結果が突然のバッドエンドである。


こんな理不尽ある?


しかもこのバッドエンドが結構エグくて、主人公はトリスタンの家に誘拐されて監禁されて、生涯トリスタン以外とは誰とも会話出来ませんでした。っていうエンディングなんだよね。


いきなり重いねん。


というか、出会ったばかりのキャラクターで何故ここまでのバッドエンドが……? という疑問も無くは無いけど。


そこはまぁ、ストーリーを攻略していくと判明するんだけど、過去にレナちゃんと出会った事があって、という過去イベントがある。


だからと言って、そんなあれやこれやを知らないプレイヤーにとってはいきなり誘拐監禁暴行かましてくるとんでもキャラである。


いや、別に過去イベント知ってても、ヤバいキャラだっていう印象は変わらないけどね。


まぁ、それだけ愛が重いんだと言われればそれまでなんだけど。


けどさ。このバッドエンド長いんだよね。


しかも無駄に選択肢とか出てくるから、ここからまだ逆転出来るのか? と思わせるのもエグい。


結果、プレイヤーのトラウマバッドエンドランキングで堂々の一位。


それは、そう。


あぁ、愛があるので、そういう行為も当然してくるぞ。R18じゃないから、具体的な所までは出さないけど。


なんならグッドエンドよりも、そういう描写が多いせいで、トリスタン推しは、このバッドエンドがトゥルーエンドとか言っている人も居るくらいだ。


いや、まぁ、気持ちは分からなくも無いけどさ。


遊び人風のイケメンが自分を監禁してる癖に捨てないでとか縋ってくるのは、まぁ独特の良さがあるよね。癖というか。


冷静に考えると早く病院に行け。案件な訳だけど。


退廃的な世界にしかない良さもあると言えばある。


私は理解のある女。受け入れますよ。そんなキャラもね。


ただ、まぁ。それもこれもゲームならという話だ。


ここはゲームの世界ではない。現実の世界である。


レナちゃんを監禁などさせてたまるかという話だ。


いや、レナちゃんが、レナちゃんとトリスタンの二人きりの世界が良いと思っているのなら、邪魔をするのはどうかと思うけど。


少なくとも私が知っている限り、そういう趣味をレナちゃんは持っていなかった筈である。


ならば、いざレナちゃんが敗北したとしても、私がバッドエンドになる事を防げば良い。


簡単な話だ。


「おや。シーラ様。こんにちは」


「あぁ、トリスタン君。こんにちは」


「シーラ様も決闘をご見学に?」


「そうですね。レナちゃんもトリスタン君も私の生徒ですから」


私がいつもの笑顔でそう答えるとトリスタン君はチャラ男らしい笑顔で笑った。


なんやねん。


「何か?」


「いえいえ。シーラ様も嘘を吐くのだなと」


「嘘……?」


「シーラ様が気になったのは、レナが俺に負けた時どうなるか。という所でしょう?」


スッと細められた目で射抜かれて、私は思わず一歩後ずさってしまった。


「ご心配なさらなくても、レナは俺が大切に、大切に保護しますよ」


「大切にするというのは、世界から隔離するという事ではありませんよ!」


何かトリスタン君が怖くて、思わず口走ってしまったが、トリスタン君は私の言葉に疑問を持つ事はなく、より深い笑みで私を真っすぐに見据えた。


「そこまでご存知でしたか。であれば話は早いですね。もしレナが負けた時はシーラ様も楽園にお越しください」


「え!? わ、私も!?」


「当然でしょう。レナには貴女が必要だ」


「……」


私はトリスタン君を警戒しつつ、魔法を使おうとした。


決闘自体をなかった事にしようと。


しかし。


「あぁ、ソレは止めた方が良いですよ。俺もこの学園を壊したくはないですから。孤児院もね」


「っ」


「そんな怖い顔で睨まなくても、貴女が邪魔をしなければ何もしませんよ。ただ俺とレナを見守ってくれていればね」


「……分かりました」


私は右手を握りしめながら、決闘を見守る事にした。


トリスタン君が明確に敵であるならば、止める事も可能だけど、今はまだその時じゃない。


それに、そうだ。


レナちゃんが決闘に勝てば良いのだ。


レナちゃんが今どんな称号なのか、それは分からないけど。


多分『ふつうの女の子』か『優しい一輪花』のどちらかだろう。慈愛の値高そうだし。


間違っても、『特別教室の狂戦士』ではない筈だ。


もし、一番下の称号だったら、相当危険だけど……大丈夫だよね? レナちゃん。


私は両手を握りしめながらレナちゃんを見守るのだった。

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