第52話『嫌な男』(レナ視点)

(レナ視点)




昔、お母さんがまだ生きていた頃、聞いた話がある。


それは、私が持っている聖女の魔法についてだ。


「レナ。貴女の力は決して誰にも教えては駄目よ」


「誰にもって、好きな人にも?」


「そう。好きな人にも」


「なんで!?」


「貴女がその力を持っている事がバレたら、その好きな人が傷つくかもしれないからよ」


「そんなぁ……」


私は悲しくなって、お母さんの服を掴みながら、どうにかならないのか。と縋った。


でも、お母さんは私がどんなに甘えても首を振るばかりで、それが酷く悲しかったのを私は覚えている。


「でも」


「……でも?」


「どうしても、貴女が聖女としての力を誰かに明かしたい時は、シーラ様に助けを求めて」


「シーラちゃんに?」


「そう。もしかしたらその選択を、貴女は後悔する事になるかもしれないけれど、でも、シーラ様はきっと貴女の力になってくれるわ」


「シーラちゃんに」


そして、私はお母さんの言葉を思い出した事もあって、ナルシス君を助けたいと願って、シーラちゃんに助けを求めた。


でも。でも、それは……間違いだったのかもしれない。




私は、最近急速に距離が近くなったナルシス君から世界の情勢を聞いていた。


「あまり良くない状況だな」


「そうなの?」


「まぁ、当然と言えば当然だがな。シーラ様は元々世界の救世主であったのだ。それが聖女様でもあったとなれば、こうなる事は必然だ」


「……」


そう。キッフレイ聖国の一件以降、シーラちゃんは聖女としても期待されているのだ。


しかし、実際には聖女は私なのだから、シーラちゃんはその力を使う事が出来ない。


だからシーラちゃんは聖女なのに、力を使ってくれないと文句を言われているらしい。


自分勝手な話だ。


今まで散々シーラちゃんに助けられてきたのに、たった一つ思い通りにならないだけで、手のひらを返して文句を言う。


私はいつも変わらない笑顔で大丈夫ですよ。って言っていたシーラちゃんを思ってベンチに座りながら膝を抱えた。


「シーラちゃん。どうなっちゃうんだろう」


「今はまだ何も分からんな。シーラ様に魔法で勝てる者も居ないし、シーラ様が居なくなってしまえば人類がどうなるか分かっている以上、何かされる事は無いだろうさ」


ナルシス君の言葉に私は小さく頷くが、正直安心できる内容では無かった。


そして、嬉しい話でもない。


だって、状況は少しもシーラちゃんにとって良い事は無いのだから。


でも。


「私が聖女だってみんなにいう事は出来ないんだもんね。あんな契約するんじゃなかった」


「しかし、シーラ様はレナが不幸になる事を望まないと思うぞ」


「……分かってるよ。シーラちゃんは優しすぎるから」


私はベンチから立ち上がると、歩き出した。


もう聞きたい事は聞けたから。


「レナ」


「……なに?」


「いや、あまり背負い過ぎるなよ」


「分かってるよ」


私はナルシス君に笑顔を返しながら、歩き始め、一人で色々と考えようとしていたのだが、その足はすぐに止まる事になった。




そう、それは中庭を歩いていた時の事だ。


何処からか、争うような声が聞こえてきて、またかと思いながらその現場に顔を出した。


「生意気なのよ!」


「そうよ! なんで! アンタみたいな平民が! 特別教室に!」


「……っ」


「そりゃ優秀だからでしょ? そんな事も分からないの?」


「あんまりこういう争いに口を出すのは好きじゃないんだけどね。見ちゃった以上は見逃せないかな」


「は?」


「ん?」


私は物陰から飛び出して、イジメをやってる三人に右手を向けて魔法を構えたのだが、私と同じタイミングに反対側から出てきた奴がいた。


何かチャラチャラした男。どっかで見た様な気がするんだけど。果たしてどこだったか。


「君は……レナちゃん?」


「は? なんで、私の名前知ってるんですか?」


「まぁ、君は有名人だからね」


ハハハと笑う胡散臭い男は無視し、泣いている小さな女の子に目線を向けて、傍に駆け寄った。


そして、私と胡散臭い男が現れたからか、イジメを行っていた女三人は明らかに動揺したようである。


「と、特別教室のバーサーカーに……モスネル様」


「なんだ。俺の事を知っているんだ。なら話は早いな。今日の所は見逃してあげるけど……」


「「「も、申し訳ございませんでしたー!!」」」


何だかよく分からないが、胡散臭い男の事が怖かったのか、イジメ女共はさっさと逃げ出した様であった。


逃げるくらいなら初めからやらなきゃ良いのに。


と、私は消えた者の事はさっさと頭から追い出して、イジメられていた子に話しかける。


「君。大丈夫?」


「……あ、あなたは」


「私はレナ! 超絶天才魔法使いにして、シーラちゃんの相棒のレナだよ!」


「……」


「あれ? どうしたの?」


「あ、いえ、ちょっとビックリしてしまいまして」


「ふーん。そっか」


何だかオドオドとした姿が、やらかした時のシーラちゃんみたいで可愛いなと思い、見ていたのだが、女の子は急に焦り始めた。


「えと、えと! ごめんなさい!」


「……? ん? 突然謝ってどうしたの?」


「あっ、いえ! その、私、どんくさくて、失敗ばかりで、それで、レナさんも不快にさせてしまったかと」


「そんな事じゃ不快になんてならないよ。のんびりしてるっていうのも、貴女の良さでしょ。って、そうだ。名前教えてよ。貴女って言ってるのも何か微妙だしさ」


「え!? な、名前ですか!? それは私の事を名前で呼んで下さるという事でしょうか!?」


「いや、そりゃ呼ぶ為に教えてって言ってんだけどさ。アハハ。面白いね。ホント」


私は女の子の言葉にお腹を抱えながら笑う。


そして、女の子はやや控え目に俯きながらその名前を告げた。


「私はエマと申します」


「エマちゃんか。よろしくー。あ、私はさっきも言ったけど、レナね」


「はい! レナさん!」


あらやだ。笑うと可愛い子だわ。


長い前髪が、目元を隠しているけれど、動くとその隙間から可愛い顔がチラチラと見える。


うーん。


さっき聞こえてきた感じからすると、エマちゃんは頭が良くて、可愛いけど、平民だからイジメられてたって感じなのかな。


くだらない話だ。まったく。


「あぁ。俺はトリスタン・ド・モスネルね。よろしくかわい子ちゃん達」


「は? 聞いて無いけど」


「え!? あ、はい! よろしくお願いいたします! モスネル様」


「うんうん」


なんだ。この男。さっきから。


というか、いつまでここに居るつもりなんだろうか?


いや、まぁ、確かにあの女たちを追い払ったのはこの男なんだろうけどさ。


別に私でもそれは出来た訳で。


だから、この男が馴れ馴れしく私たちに話しかける理由にはならないハズだ。


しかし、それをされている。


という事は……まさか私よりも強いつもりなのか。


それで、私やエマを自由に出来るつもりでいる。


舐められたもんだ!


「分かった」


「ん? なにが……」


「決闘しようじゃない! 私とアンタ。どっちが強いか!」


「え……?」


「っ! そ、それ。本気で言ってるの?」


「当然でしょ。なんかアンタから舐められてる気配を感じるの」


「くっくく。ホント、面白い子だな。良いよ。決闘やろうか」


「え!? えぇ!?」


「ルールは?」


「レナちゃんが決めて」


「じゃあ学園規定にある通りのルールで」


私はさっさと準備をするべく、学園側に決闘を行うと連絡をする。


そして、決闘場所に向かおうとしていたのだけれど。


その前にと、男が私の手を掴んだ。


「あぁ、一つ言い忘れてた」


「は? なに?」


「俺が勝った時のご褒美。決めて欲しいな」


「フン! もう勝った気でいるの? 別に何でも良いよ。どうせ私が勝つんだから」


「そっか。じゃあ、俺が勝った時は君を頂戴?」


そう言って、胡散臭い男は笑うのだった。

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